第31話

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


(し……死ぬ!?死んじまう…!!)


 命の危険により溢れ出すアドレナリンが再び肉体のリミッターを外す。


「この…化け物が!!」


 ゾンビの後頭部を掴み、体重を使い窓ガラスに叩きつける。グチャ!という感触共にゾンビの力がゆるむ。


「ハアッ!ハアッ!…クソがっ!!」


 窓ガラスに刺さり歪んだゾンビの頭部を引き抜き、地面に転がす。


(急げ!急ぐんだ!!)


 大慌てで車内に乗り込む雄二。ブレーキペダルを踏みこみ、エンジンキーを回しエンジンを作動させる。そこでようやくブザーも停止した。

 

「…ヤバかった。今のはマジでヤバかった……」


 ドアのカギを閉め安堵の息を洩らす雄二。ハンドルの前に顔を乗せ呼吸を整える。


「……」


 シフトレバーをパーキングからドライブへと切り替えアクセルを踏み込む。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 目の前には動く死体の姿。


「くたばれ」


 減速させる事無くそのゾンビ目掛けて車が突っ込む。鈍い衝撃音の後にゾンビの体は吹き飛びボンネットへと衝突した。


「…ふふふ…ふはははははは!!」


 心の奥底から噴き出す笑い声を止める事が出来ない雄二。日常生活では絶対に味わう事ができない禁断の感覚に雄二の脳は焼かれていた。


「あははははっははは…はは……」


「はああ……」


「…行こう」


 ゆっくりと車を前進させながら雄二は次の目的地を目指し始めた。


 20××年4月1日 15時00分


「……」


 ガタガタと揺れる山道を下りつつ車はゆっくりと進み続ける。


「これからどうすればいいんだ?」


 答える存在などいない。それでも何事かを口にしていなければ雄二は正気を保てそうになかった。


「……」


「…腹が減ったな」


 比較的に安全な状況になったからだろうか。雄二はかつてないレベルの空腹感を感じていた。


(確か、まだおにぎりと菓子類が残ってたよな)


「……」


 多数の自動販売機が設置された休憩エリアに車を停車させる雄二。


(ゾンビは…いないな)


 何度も何度も周囲を確認し、ようやく食料に手を付ける。


「……」


 エネルギーを摂取した事により雄二の脳が再び回転を始める。そして朧気ながら今後の指針も固まり始めていた。


「まずは食料だ。水とレトルト食品の確保が最優先。次に医療品をどうにかしないと」


 残ったゴミ類を袋にまとめ再び車を発進させようとする雄二。だがその行動を制止する声が響いた。


「待って!! 止まってくれ!!」


「…っ!?」


 車内に設置されたバックミラーに男女一組の姿が映りこむ。


「お願い乗せて!!」


「……」


「リア充は死ねよ……」


 衝動的にバック走行で男女を轢き殺そうかとも考える雄二。


「……」


(違う。今考えなければいけない事はそうじゃない)


(いいのか?あいつらを乗せても?放っておけばいいじゃないか。面倒事は御免だろ?)


「……」


(第一あいつらを助けて俺に何のメリットがある?この車だってお前が苦労して手に入れた成果だろ?放っておけよ?ここで見捨ててもどうせゾンビ共に喰われて無かった事になるさ)


「そうだな。その通りだ」


 言葉とは裏腹にドアのロックを解除する雄二。


(本当にその通りだ。でももし仮に、俺が逆の立場だったのなら、それこそこれが最後のチャンスだと考える。あの男女の行動はいたって正常なものだ。そりゃああんな必死の表情で叫ぶわな…)


「……クソが」


 雄二が自分自身の甘さを呪いながらもドアを開け声高に叫ぶ。


「早く乗れ!!」

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