第32話

 20××年4月1日 15時20分


「乗せてくれてありがとう。本当に助かったよ…」


「いえ…」


 雄二が当たり障りのない返事をしながら運転を続ける。バックミラー越しには血まみれの状態の男女が二人映っていた。


「「……」」


「いたい…びょう…びょういいんにいききたい…」


「ああ。大丈夫だ。必ず連れて行くからな。…えっと、君の名前は?」


「……」


 雄二が少しだけ返答に悩む。


「…山田です」


 雄二がなるべく表情を変えないよう気を付けつつ偽名を口にする。


(悪い人間ではないと思うがまだ信用はできないからな)


「そうか。俺は佐藤。そっちの彼女は鈴木だ」


「そうですか。…っ!?」


 雄二が佐藤の右腕に付いていた噛み傷に気が付く。


「…?どうかしたのか?」


「いえ…その怪我、大丈夫ですか?」


「ああ…この噛み傷か?…クソ!頭がおかしいやつがその子に噛みついて来やがったんだ。取り押さえようとしたら俺にも襲って来た。完全にイカレたやつだったよ……」


「……」


 雄二の警戒度が最大レベルまで引き上がる。


(佐藤という男の様子はまだ正常だ。だけど、女の様子がさっきからおかしい)


 男が呼びかけても応答がぼんやりとしたものになっていた。


(……ヤバい)


 雄二が何か武器になりそうな物をさり気なく探し始める。


(…これしかないか)


 車内に設置された発煙筒をズボンに仕舞う雄二。


「山田くん。彼女の様子がおかしいんだ。近くにある病院に向かってくれないか?」


「……」


(その辺の道路に下ろすか?…いや、後腐れないように病院の近くまでは行こう。そこから先は状況次第だな)

 

「…分かりました」


 20××年4月1日 16時44分


 雄二が近隣の病院を目指し運転を続ける。


「……」


「……」


「………おおおお」


「…大丈夫だ。あと少しで病院に着く。そこで治してくれるさ」


「びょ…びょびょ…びょいいいんんん……」


「……」

 

 多大なストレスを抱えつつも運転を続ける雄二。


「山田くんは…学生か?…なあ、いったい世界に何が起こっているんだ?集団ヒステリーとかそういうやつなのか?」


「…分かりません。俺も「イカレ」た人間が争っているのを見て逃げてきただけなので何とも……」


「そうか…」


 車内に沈黙が訪れる。そして決定的な異変は五分後に起きた。


「ぐあああああああ!?」


「っ…!?」


 背後から聞こえてきた声に雄二が慌てて山道の路肩に車を停車する。


「…えっと、大丈夫…ですか…?」


 雄二が恐る恐るバックミラーを確認する。そこには男の頭部を咀嚼する女の姿が映っていた。


「きょわわわわわわわわ!!」


「…あ~…大丈夫なわけがないよな~……」


「きょわああああああああああああああ!!」


「ぐっ…!!」


 後部座席から飛び掛かってきた女の頭部に発煙筒の先端をめり込ませる雄二。


「くそっ!!」


 転がるように車内から脱出した雄二が発煙筒を点火。なるべく遠くを狙い投擲する。


「きょわわあああああああああああああああ!!」


 投擲された発煙筒の元へと猛スピードで女が走り始める。


「はあっ…!はあっ…!はあっ…!…クソ女が……」


 悪態を付きながらも生きる為に思考を回転させる雄二。


(どうなってるんだ!?感染する速度が速すぎるだろ。それにあの女ゾンビ走ってやがった。おかしい。何かがおかしい…)


「……」


 慌てて車内に戻ろうとする雄二。だがそれを待っていたかのように車内からゾンビが飛び掛かる。


「きょわああああああああ!!」


「っ…!?」


 顔半分が無い状態の男がそれでも雄二を喰らおうと顔を近づける。


「くそが!!」


 雄二を掴もうとしてきた男の腕を左側に弾き、頭部を引っ張りながら足を刈り取り、地面に叩きつける。


「きょわああああ!!」


「ぐっ!!」


 メキ!という音と共に男の頭部が180度回転する。


「はぁ!?」


 そして雄二の右腕に強烈な痛みが走った。


 「ぐああああああっ!?」


(噛まれたっ!?噛まれたっ!?噛まれたっ!?)


「があっ!? う、うがあああああああああああああああああああああああ!!」


 それを理解した瞬間、雄二の最後の理性がプツンと切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る