第12話

鍵をかけ、階段を飛ぶように駆け下りる。

1階下ならエレベータを待つより早い。




「ここだよね……」


307と書いてあるプレートを2、3度確認して、深呼吸する。

チャイムを押すだけなんだけど、やけに緊張してしまうのだ。



すーは、すーは、と胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返し、震える指でチャイムを鳴らそうとボタンに手を伸ばした、正にその時。



カチャリ、と軽やかな音とともに扉が開き、苦笑いを浮かべた先輩が顔を出した。


「……何やってんのお前」


扉を片手で押し開き、呆れたように笑って言う先輩も制服姿ではなく、ラフな格好に着替えていた。



ナイトブルーのワイシャツに、ベージュのノータックのチノパン。


ただそれだけのシンプルな装いなのに、ダサいとは感じさせることなく。むしろ、大人の男性らしさ、みたいなものが滲み出ていて。



まるで、映画のワンシーンみたい……








──── これは、もう。無理だ。








気付かない振りを決め込むなんて、出来そうにない。


認めざるを得ない……

私は、このちょっと不良で本当はすごく優しい先輩に…………



一目惚れしてしまったんだ、って。





だって……ずるい。


「格好良すぎるんだもんなぁ……」

「……そりゃどーも。お前も可愛くして来てんじゃねーか」



うっかり口に出してしまったものの、どうやらさほど気にされた様子もない。


まぁそうだよね。先輩すごく格好いいし慣れてるみたいだし……私は付き合った人も居ないし、経験に差がありすぎる。

こんな素敵な先輩が私なんかを本気で相手にしてくれるわけがないか。



いつまでも動かない私に先輩は「また考え事してんな」と笑って、「入れよ」と促した。

慌ててお邪魔しますと玄関に入れてもらって先輩のあとに続く。




玄関から部屋に伸びる廊下にはキッチンと、バスルームに続く脱衣所、トイレがあり、こざっぱりとしたキッチンでは電気ポットがゴーッと音を立てていた。隣には白と黒のマグカップが並べて置かれている。



キョロキョロしながらついて行くと「部屋の作りは一緒だろ」とまた呆れられた。




部屋への扉は開いており、中にはダークブラウンの厚めのラグマットが敷かれ、小さなガラステーブルが鎮座していた。


テレビ台の下にはゲーム機らしきものと、DVDのデッキ。


壁際には低めの棚が置かれ、そこには本やDVD、CDが詰まっていた。



ベッドの向こうにもベッドにピタリと寄せるようカラーボックスが置かれており、奥の板が外されて向こう側が見えるようになっている最上段には目覚まし時計や小物が並べられていた。その上にはオーディオコンポが備えられている。




適当に座ってろと言われたものの、初めて入る男性の部屋が気にならないわけがない。お兄ちゃんの部屋は別として。



コンポを眺めてみたり、棚に並ぶ本のタイトルを見てみたり……




「何だ、座ってろって言ったのに……そんなに気になるもんか?」


両手にマグカップを持って先輩が部屋に戻って来た。

黒のマグカップを、ガラステーブルの私が座るであろう場所にコトンと置いて、白いマグカップに口をつけながら私の後ろに立つ。

珈琲の香ばしい芳香がただよった。




「気になる本でもあったか?」

「いえ、あの、この漫画私も読んでます」

「ああ、それ。面白いよな」

「はい! あまり漫画ばかり読んでるとおばーちゃんに叱られましたけど」

「ま、どこもそんなモンだ。寮だとそういうのを気にせずに読めるのはいいけどな」

「そうですね。あ、これ聞いた事あるかも」

「ゲームの攻略本か……それなりに有名なやつだな。当時CMもバンバン流れたし」




私もゲームはやらないことはないけれど、中学に入ってからは家業の勉強と学校の勉強で時間も取れなかったし、小学生の頃にお兄ちゃんと遊んだのが最後だったかもしれない。

友達が話しているのを聞くと、やってみたいとは思ってたけど……




「これって確か……喋るんですよね、声付きで?」

「そうだけど……それ、結構古いぜ。シリーズの3くらいまで出てるんじゃなかったかな」

「そうなんですか……私がゲームで遊んだのってずいぶん前で……時々気になるソフトは出るんですけど、ハード持ってなかったし」



そう答えて苦笑すると先輩はふうん、と相づちを打ちながら私の手から本を取り上げ、片手でパラパラと器用にめくって言った。



「とりあえず、ココアいれてあるから飲めよ。冷めちまうぞ」

「あ、はい! ありがとうございます、頂きます!」



テーブルの上の黒いマグカップからは甘い香り。

私はちょこんと正座してココアを口へ運んだ。

口の中に広がる甘いカカオの味と香りに思わず頬がゆるむ。



「砂糖が足りなきゃキッチンにあるけど」

「いえ、とっても美味しいです」

「そっか、ならいいけどよ……っとあったこれか」



珈琲のカップを床に置いてテレビ台の下をゴソゴソ漁っていた先輩が何かを見つけたらしい。

手に持ったそれをポンポンと軽くはたいてパカッと開く。

DVDか何かのパッケージのようだった。



「これで……よし」


ディスクを素早くセットして、先輩が戻ってくる。

その手には、ゲーム機のコントローラーが握られていたけど……



「こ、コードがないっ!!!」

「お前のゲーム歴、一体どこで止まってるんだよ……」

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