第11話
食堂棟を覗いた後、再び中庭に戻ってきたところで先輩は立ち止まる。
「17時半か、飯には早いな……そういやお前、荷物とかはどうなってんだ?」
「今日のお昼におばーちゃんが持ってきてくれてるはずなんですけど……えーっと部屋は……407号室かな」
「407だぁ?」
「はっはい! 貰った鍵に407ってシールが貼ってあります!」
「どれ。……ほんとだな。何だ、俺の1つ上の部屋か」
「……え」
手渡した鍵に貼ってあるシールを見ながら言われた台詞に驚いた。
「あの先輩、寮って男女別だったりとかするんじゃないんですか?」
「まぁ一般的にはそうなんだろうけどな。ここは生徒の自主性を尊重するとかいうモットーらしくて、ごちゃ混ぜだ。もちろん、そのぶん不祥事には厳しい処罰があるわけだがな。過去にまぁちょっとした騒ぎがあった時は男も女も一発退学だったとかいう話は聞いた」
具体的には語られなかったけど、まぁ男と女という時点でおそらくどういった「騒ぎ」だったのかは予想がつく。
「ああ、そういうモットーだから寮母さんとかもいないし……メンテナンスの人は昼は常駐してるが、2、3ヶ月に一度は夜回りもさせられるぞ」
「ひ、ひとりでですか……?」
「3人。外回る奴と、居住棟回る奴と、食堂棟回る奴な。大概誰か誘って回ってるみてーだけど」
本当に、高校と言うよりは大学の寮って感じなんだな。
もちろん見たことは無いけど……
それにしてもおばあちゃん、エビで鯛を釣るんじゃなくて鯛でオキアミ釣ってるよ……?
「ばんざーい……」
堪えきれず、控え目に喜びをちょっとだけ表現してエレベーターホールへと駆け出した。
先輩は破顔し
「面白ぇ奴。おい、俺に鍵持たせたままドコ行くつもりだよこの天然娘」
そう言ってゆっくりエレベーターホールへ向かってくる。
「あ、ああっすいません~!!」
「エスコートしろってか? いいぜ任せときな」
鍵を受け取ろうと手を差し出したら、ポケットにしまわれてしまった……でも先輩、笑ってるし……
「うう、そんなつもりでは……でもありがとうございます!」
私は満面の笑みで言って頭を下げた。
部屋の間取りは1Kだったが、8畳から10畳……正確には分からないけど、広くて綺麗な部屋だった。
淡い色のフローリング、淡いグレーの壁紙、パステルオレンジのカーテン……備え付けられているのはセミダブルの高級ベッドとモダンな焦げ茶色の勉強机、ごく一般的な大きさの薄型テレビ。
洗濯機も備え付けられているが、家電用品は持ち込みをするなら申請して撤去して貰えるのだそうだ。
クローゼットも広くて、別世界に来たような気分になってしまった。
窓も大きく、日当たりがよくて明るい。
「あ、これかな?」
ダンボール箱が2つほど部屋の真ん中に置かれていた。
昨日の今日だから宅配が間に合わないので、数日分の着替えと歯ブラシや洗面道具などはおばあちゃんが持ってきてくれたのだ。
軽く中身を確認したところで先輩は帰ろうとして ──── 思わず、引き止めて。
「何で。俺がいても別に役に立ちゃしねーぞ」
「あ、うう……でも、その……」
自分でもどうして引き止めてしまったのかわからないのだ。理由を聞かれても答えられるわけもなくて。
いや、ないこともないのか。
もう少し先輩の声を聞いていたいという理由ならあるけど……言えるわけないし。
もう食事の時間だし、せっかくだから一緒にと言うにはまだ30分近くあってかなり無理があるし。
「そんなに怖かったのか? ……しょうがねぇな、全く」
言い淀んでいたら、どうやら昼の「オバケ事件」をまだ引きずっていて1人になりたくないのだろうと解釈してくれたらしく。
呆れたように言いながらも苦笑いした先輩は私の頭を撫でた。
……子犬とかの扱いだよね、これって……
「んじゃ行くぞ、ほら」
気付けば彼は既に戸口の所に立っていて。
「あの、どこへ?」
「俺の部屋だよ。この真下 ──── ああ、そういやまだ制服のままか。じゃあ、着替えが済んだら俺の部屋まで来な」
言うと、先輩はさっさと扉を閉めて行ってしまった。
なるほど、この部屋ではラグマットも何も無いからフローリングに直に座ることになるし、もてなそうにもコーヒーも紅茶もまだない。
気をつかってくれたんだろうな。優しいのに、それを見せないとこは損な性格だよね。
「はっ、あまり待たせちゃ失礼だよね。着替え着替え!」
私はダンボールを開けて中身を確認し、適当に ──── それなりに可愛い私服を引っ張り出し大急ぎで着替え、備え付けられている姿見の前に立つ。
薄手の、花の刺繍が入ったシャツの上にピンクのカーディガン。下は膝下までのAラインスカートで、靴下も校則で決められた紺色のものでなくブラウンの足首までのもの。
おかしな所はないか、くるりと一回転して。
「よしっ、大丈夫! ……って何でこんなに気合い入れてるのよ私……」
少し恥ずかしくなって、自分にツッコミながら部屋を出た。
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