第10話
そうだった、今日からは寮なんだ。
一応、鍵と地図は貰ってあるんだけれど……10分くらい歩くって聞いたし、誰か寮生の子がいたら一緒に帰ってってお願いしようかな……
そう思って周りを見回していた時だった。
ひっと短く悲鳴が上がったのだ。
声を上げた同級生の女の子は私の方を見ているようだが……
「よう」
背後から声がして、振り向くと机の前には、1時間ほど前まで一緒にいた人 ──── 白神先輩の姿。
「先輩」
思わず笑顔になってしまう。理由なんて知らないけど、会えて嬉しいと思ってしまったのだから仕方ない。
先輩はぎょっとしていたみたいだけど。
「お前、通学か? 寮か?」
「寮なんですけど、まだ一度も行ったことなくて……」
「はーん……ならちょうど良い。連れてってやるよ、俺も寮だ」
「えっ良いんですか! ありがとうございます、すぐに支度しますね!」
「ああ、廊下で待ってる」
渡りに舟とはまさにこの事なのね……!
教科書やルーズリーフを鞄にいそいそと詰め込みながら、チラと顔を上げて、桐生先生と二言三言交わして廊下へ向かう先輩の背中を見送る。
もしかして、その為にわざわざ来てくれたんだろうか。他に用事があったわけでもなさそうだし。
「日生さん……」
「こ、琴馬……」
同級生たちが心配そうに私に近寄ってくるけれど、私はにっこりと笑った。
「先輩、みんなが思ってるような怖い人じゃないよ。私は大丈夫だから! じゃあまた来週ね~」
鞄の口を閉じ、立ち上がるとパタパタと走って廊下へ向かう。
どうしてこんなに心が踊るのか、とかは考えない事にした。今は、まだ。
「こら走んな、また転ぶぞ」
廊下の壁にもたれて待っていた先輩から不機嫌そうな声が飛んできて、思わず吹き出してしまった。
……優しい人、なんだよね。
この学校の寮、「青桐寮」は学校から徒歩10分程度のところにあるという。
学校を出てすぐの大通りは片側二車線、バス停と、コンビニと、衣料品店なんかが目にとまる。
今朝は車で送ってもらったから、ゆっくり見てる暇もなかったのよね。
少し離れたところにはチェーンの食べ物屋さんもいくつかあるようだったけれど、先輩はそっちではなく細い路地のような道へ向かった。
「ここ近道だけど、遅い時間は通るなよ」
「ふむふむ」
「朝はさ、あっちの道は自転車の奴らが多くて危ねぇんだよ。寮から自転車で来るやつも多いからな。あとバイク通学も3年生は認められてるから、裏門の方も歩く時は気をつけろよ」
「バスとかは走ってないんですか?」
「あるにはあるが……寮からだと遠回りになるから使う奴はいないな」
路側帯のない細道に入るととたんに周りは住宅ばかりになり、目印がなくて少し分かりづらい印象を受ける。
めちゃくちゃに方向音痴というわけではないけど、地理に強いというわけでもないのでちょっと不安だ。
アパートなんかが立ち並ぶ住宅街を抜けるとまた少し広い道に出て、目の前には大きくて綺麗なマンションが見えた。
超高級マンションてやつだなー、いつかあんなところに住んでみたいものよね、なんて思ってジロジロ見ていると
先輩は私の手を引いてそのマンションへと向かった。
そんなに興味深く見てたつもりはないんだけど……見たそうにしてたかな、と恥ずかしくなったのだが ──── 次の言葉で、私は数秒固まった。
「着いたぞ、ここが青桐寮だ」
目の前のマンションを指さして先輩がそう言ったのだ。
「……で、朝は5時半から8時まで、昼はなし、夜は18時から21時までな。休日は営業時間が違うから注意しろよ、昼もやってるし。まぁわかんなくなったらここに営業時間が書いてあるから見に来るんだな」
「……はぁ……」
「食堂はこんな感じか。風呂は部屋にもあるけど狭ぇし、大浴場行った方がいいな、この食堂棟の上にあるから。19時から24時までだ。サロンも24時には消灯するが自販機はいつでも使えるから」
こと細かに先輩は説明してくれているのだが、私は目の前の「ソレ」に圧倒されて生返事を返していた。
さっき見ていた超高級マンションの「中」に私はいる。
オートロック、インターホンは当たり前。
エントランスホールでパネルにキーを挿すと扉が開いてエレベーターホールに入れるとかいう、トレンディドラマに出てきそうなあれである。
建物はコの字型で、玄関からエレベーターホールに入り真っ直ぐ進むとすぐに中庭と駐輪場があり、その先には食堂棟があった。
形にすると「・コ」という感じだろうか。
もちろん「・」が食堂棟である。
建物のどこからでも中庭と食堂棟が拝めるような造りだ。
食堂棟は3階建てで1階が食堂、サンルーム、喫茶室(サロンと呼ばれているらしい)。
購買もあって、20時までならパンなどを買ってサロンで食事をしてもいいらしい。珈琲紅茶の類は自販機にあって無料。
2階は大浴場で、3階はコインランドリーとトレーニングルームになっていて運動部の人がよく利用しているとか。
「なんか海外の大学の寮を参考にしてるんだと」
ぽかーんと口を開けていた私を見て先輩は言う。
「これでも一応名の知れた名門金持ち学校だしな。学園長だけじゃなく一族全員が資産家でいろんな分野に手を出してるからこれだけ出来るんだろうぜ」
「それにしたってこの設備……凄すぎます」
「まーな。だからわざわざ必要も無いのに実家を出て寮に住む奴も多いらしいぜ?」
「わかる気がします、これだけのマンションなら」
おばあちゃんなりの贖罪、とは聞いたけど……
これ、絶対知ってたよね。ありがとうおばあちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます