第9話

5時限目は校舎案内ですっかり潰れてしまったが、6時限目の授業はちゃんと受けさせてくれるつもりらしい。

先輩は休み時間に入る頃を見計らって教室まで送り届けてくれた。



当然、休み時間にはクラスのほぼ全員に囲まれるハメになったが。





「日生さんから白神先輩のコロンの香りがする……!?」


恐れおののく女の子達を見て思わず苦笑い。

あ、今の苦笑いちょっと先輩に似てたかな、なんて思ったりして。



「転びかけた所を助けてもらったの」



こうやってありもしない事実が作られていくんだなぁ。





それにしてもみんなが口々に教えてくれる「白神先輩」と、私がさっきまで一緒にいたあの人の姿がどうにも結びつかない。



色んな女生徒に手を出してて、子供をおろした娘もいるとか、暴走族のリーダーに喧嘩を売ってそのままチームを壊滅に追い込んだとか、ヤクザと繋がっててカツアゲしては流してるとか……


この話をしてくれる彼らのうち1人でも当事者であるというなら、信じざるを得ない部分もあったかもしれないけど。


どれもこれも全て「らしいよ」なのだ。




白神先輩というらしいあの人に喧嘩をふっかけて返り討ちにあった男子と、それを見ていた女生徒ならいたが ──── それは、売る方にも問題アリなわけで。






「うーん。幽霊の正体見たり枯れ尾花……ってやつかな」

「えっ何が?」

「ううん、なんでもない。チャイム鳴ったよ、席につかなきゃ」

「あ、うん……」

「白神先輩……かぁ」




チャイムに救われ、次の授業の教科書を出しながら私は小さく笑った。


もう、決めたから。

彼のことを……自分の直感を信じようと。


守ってくれた時の彼を思い出すと、とても演技だったとは思えないし、それに、彼の笑った顔は ────




「……ちょっと、好きかも」


深い意味なんてないけど、見るとちょっと幸せな気分になるというか……何でも許しちゃうというか。



ファーストキスを有無を言わせず奪われたのに、怒る気にもなれなかったし……ボディガード代って言ってたからノーカウントでもいいのかもしれないけど。



──── でも、数えておこう。



そう決めて、頬が緩むのをそのままにニコニコしながら黒板を見ていたら先生に「おっやる気満々だな、結構結構」と言って当てられた。


私のバカ。






当てられた問題は簡単だったから良かったものの、そのあとは何とか顔を引き締めて授業をやり過ごし……


ホームルームでは担任の桐生先生が真っ直ぐに私の席までやってきたから、てっきりサボりを叱られるんだと思ったら「無事か」と言われて思い切り面食らった。




どうやらクラスメイトが事情を説明してくれていたらしい。

……泣き叫ぶ私を先輩が無理矢理引きずって行った、くらいの話にはなっていそうだけれど。




「大丈夫です、何も酷いことはされてませんから。授業に出なくてすみませんでした」

「そうか。ならいい……5時限目は保健室にいた事にしておく」

「ありがとうございます……」




釈然としないが、先生たちも先輩にはあまり関わろうとしないんだな……きっと大問題でも起こらない限り触らぬ神に祟りなし、という事にしておきたいんだろう。そして、今現在先生たちがそういうスタンスであるということは、ここに至るまで大事件は起きていないのだ。



先輩の噂のほとんどは尾ヒレに背びれに胸びれやらがゴテゴテくっ付いて原形を留めないくらいに盛られたものだと、私は確信した ──── 。











「ではホームルームを終わる。以上」

「起立! 礼!」


ああ、やっと1日が終わった……6時限目までって、こんなに長かったっけ……

ずっと家にいた時とは時間の流れ方が違うなぁ。



朝起きて、朝のおつとめをして、おばあちゃんと一緒に朝ごはんを作って……昼前に家庭教師の先生がやって来て、少し勉強したら3人でお昼ご飯を食べて。


その後も小休止を挟みながら勉強して、3時にはおばあちゃんがおやつとお茶を用意してくれて。

夕方まで勉強をしたら、晩御飯の準備を手伝って。


あとはまた夕方のおつとめを済ませたら、テレビを見たりお風呂に入ったり……




自由時間が無いようで、意外と合間合間に雑談があったりしたし、気楽だったのかもしれない。

祓い屋のお仕事の時は勉強もお休みだったし……




こんな風にキッチリ時間割があったわけじゃないから、この生活に慣れるには少し苦労するかもしれないな。



何より、通うという行為がそもそもなかったし。



とそこまで考えて、私は大事なことに気が付いた。

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