第3話

寝不足のまま、翌日。


私は緊張した面持ちで、ホームルームに入った教室を廊下から眺めていた。

学校生活を離れてそんなに長くないつもりでいたけど、やたらと鼓動は激しく……つまり私は今、めちゃくちゃに緊張しまくっているわけで。



中学の頃とそんなに変わらないと思うんだけど……分かっていても。




担任の先生が私を呼んで、自己紹介をして……言わなきゃいけないことをすっかり頭から飛ばしてしまった私を見かねて先生が「日生(ヒナセ)は病気療養のため高校へは通っていなかったがようやく落ち着いたので今日から通うことになった」と事情を軽く説明してくれて。



席についてやっと、私は大きく息を吐き出した。

乗り切った、とばかりに。



私にあてがわれた窓際の席からは、中庭がよく見える。

おそらく、妙な存在感を醸し出しているあの木が例の「鬼を封じた」と噂の木なのだろう。


私の教室は3階にあり、中庭を一望できるようだったが、いかんせん遠すぎてここからではよく分からない。

やはり側まで行って調べてみるしかないのだろう。


とりあえず今日の昼休みから行動を開始しよう、と私は視線を黒板へ戻した。





ちなみに、授業について行けるのかどうかが一番の心配だったが、家庭教師の教えてくれる内容の方がよほど難しいくらいで。

これからもしっかり授業を聞いていれば問題は無さそう。


担任の先生は表情が全く変わらない、寡黙な、ちょっと変わった人だったけれど、無関心という訳では無いらしく。

一通り挨拶を終えた後、何故か頭を撫でられた。

感情表現が下手なんだろうか……。



授業を受け始めて私の心はやっと落ち着きを取り戻し……







すっかり忘れていたのだ。

本当の試練は、休み時間にこそやってくるものだと。



中高一貫だということで油断していたら、中学の同級生が思った以上に多かったのも誤算だった。

ほとんどの生徒がエスカレーターで持ち上がりなのだろうと思ったのだが、約半数は高校からの入学だと言う。


ワッと押し寄せる、同級生たち。


久しぶり、病気だったの?気づかなかったよ、今まで入院してたの?

質問攻めで、目を白黒させて答えていたら今度は男子がそそと近寄ってきて、便乗するように

彼氏いるの?好みのタイプはどんな奴なの?






こんなだったっけ。

中学でも休み時間はお喋りとかして過ごしてた気がするけど、こんなに疲れるものだったかな……


何度こちらが質問をして話題転換を試みても結局また私が質問される側になっていて、10分の休み時間が永遠にも感じられる。


チャイムに救われ、安寧の50分を過ごし、また質問攻めに遭い、また安寧の50分を過ごし……

昼休みに入り食堂に誘われた瞬間に、心に決めた。



ほとぼりが冷めるまで、逃げよう、と。





「あ、ごめんね桐生先生にお昼休みは職員室に来るようにって言われてたの忘れてたよ。寄っていくからまた後でね!」


早口にまくし立てながら席を立ち、入口へとダッシュする。


「え、一緒に寄って行こうか?」

「ううん大丈夫、すぐ済むと思うから先に行ってて~」

「そう?じゃ……ああっ琴馬、あぶな……っ」

「え?」



振り返り、言葉を返しながら走っていた私を指差し、悲鳴をあげる同級生。

何だろうと思う間もなく、ドンッと強い衝撃。


「お…………っと」


どうやら、扉を開けて入ってきた誰かに体当たりしてしまったらしい。




その人は微動だにせず私を受け止めたようで、首を巡らせるとネクタイが目に飛び込んだ。

背が高いみたいだし、男性だろう。

この色のネクタイは、上級生だっただろうか。



「ごめんなさい!」


とにかく謝らないと……と私は顔を上げ、そして。


「急いでて前見てなか……ったん……です」


──── 固まった。








金色の髪は襟足が長く柔らかそうで、染めているだろうにそう感じさせない綺麗さがあった。

血のような紅いピアスがよく映えている。



それらも目を引いたが




何よりもその視線。



その人は、値踏みするような、小馬鹿にしたような視線で私を見下ろしていた。

これは、いわゆるアレなんじゃないでしょうか。

思わず引きつった笑みを浮かべ、否定してくれと周りにいる同級生たちに目をやってみるものの……




怯えたように身を寄せ合う女の子たち、目を合わせまいと机を見つめる男の子たち……どれを取っても否定する材料が見当たらない。




──── 「不良さん」です、どうしよう。

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