第4話

「本当に、この街は平和だね!」


 二人が契約して三週間が経ったが、それといった事件や騒ぎがない。あまりにも動きがないため、悪魔はソワソワしている。その落ち着きのない様子をみて主人は、


「いないね、わるいあくま。」


 幼女が一人で住むには広すぎる屋敷で、紅茶の置かれた殺風景な流しテーブルに一人ポツンと座っている。

 ティーカップに注がれた琥珀色のダージリンを飲み込むと、


「びせ、お腹すいた。」


 唇を尖らせて食事の要求をする主人の姿がそこにあった。


「あー、もうそんな時間か。くそうっ、どうして僕がこんなことを……。」

「メイドさんやめちゃったから。」

「そうだね! 僕が来てからやめたんだった!」


 リーベは貴族の生まれで、街に多額の寄付金を払っている事をヴィセは後に知った。大きい屋敷に住んでいて、家政婦も雇っていたそうだが、ヴィセが来てから不運が続き「悪いことばかり起きる。家主が死んだのもリーベのせいだ。」と言ってやめていった。

 結果、ヴィセが家事を担当することになった。


「絶対に僕のせいじゃないのに。」


 二つ目の約束ということもあり、文句を言いつつも夕飯の支度に向かう。いつも身につけているロングコートを脱いでシャツの袖をまくると、茶色のエプロンを身につけた。

 子供は厨房に入るなという決まりを律儀に守るリーベは、大きなソファで絵本を読んでいる。

 主人に目的達成前に死なれては困ると推測する悪魔は、今日もがっつり栄養をつけてもらえるよう、地下にある食糧庫から保存してあった牛肉をせっせと運んだ。

 三十分後、キッチンからお皿を持ったヴィセがリビングに戻ってきた。


「できたよ。」

「おー。」


 リーベは読んでいた本を閉じていつの間にかソファに積み上がった塔の上に重ねた。

 席に着くと相変わらずの表情でナイフとフォークを手にした。顔には出ていないが、ぶらぶらさせる足とリズムを打つカトラリーがリーベの心情を物語る。


「ウィンナーシュニッツェル。」

「はじめてびせが作ってくれたやつ。」


 牛肉をたたいて伸ばし、塩胡椒で味付けしたのち、卵とパン粉をつけて揚げたものがウィンナーシュニッツェルだ。一般的にはレモンをかけて食べる。

 契約して初めて作った夜ご飯もウィンナーシュニッツェルだった。長生きしている経験と感覚と備わった器用さでレシピを見れば大体作れるが、


「前よりおいしくなってる。」

「当たり前だ。慣れたからね。」


 前回はリーベに酷評され、心が折れかけてからヤケクソになって悪魔なりに工夫を重ねた。


「バターの量を増やして、塩を減らしてみた。ソースはリンゴンベリーを使ってるから食べやすいと思うよ。」

「ふーん。」


 悪魔の解説にあんまり関心がないようで、リーベはいい加減な返事でおかずを口に頬張った。

 向かい側で頬杖をついて座るヴィセは大きなため息を吐いた。

 しばらくすると咀嚼音とカトラリーが重なる音の他に、屋敷の外から喧騒が聞こえた。


「なんか外が騒がしいね。」

「見に行く。」


 リーベは最後の一口を無理に頬張ると、早々に身支度をした。ヴィセもエプロンを外しコートに着替え、さらに鎌を持って家を出た。

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