しょうことやまと
1
「もう嫌っ!あなた何とかしてっ!」
ガタガタと和室で震える女性に、男性は落ち着けと肩を揺らす。
「大丈夫だ!お前の気にし過ぎだ!」
「気にし過ぎなんかじゃないわ!あの子がこの家に来てからずっとずっと、変な事が起こってるんだもの!」
「だがっ…!」
「あなただって本当は分かってるくせにっ!」
女性はそう泣き叫ぶ。髪を振り乱し正気を保っていない女性に、男性は困惑していた。
すると、
「………おばさん?」
まだ幼い、女の子の声が和室の襖の奥から聞こえてきた。まるで鈴の音のような可愛らしい声だが、その声を聞いた途端女性は「ひっ!」と肩を跳ねらせた。
「おばさんだいじょうぶ?ないてるの?」
「い、いやっ!こっち来ないで!!」
「
明らかにその声に怯えた女性は、壁際まで後ずさり身を丸くした。まるで声の主から逃げ隠れるように。
「あのね、しょうこおはなつんできたの。とってもかわいいおはななんだよ?おばさんにあげるね」
ギシ……ギシ……
ギシ……ギシ……
近付いてくる小さな足音と共に、少し大きな足音が重なって聞こえてきた。
「しょ、
「いるよー。“やまと”もおばさんのことしんぱいしてるって!」
男性の問いに、襖の向こうからそう返答する。その言葉に二人はサッと顔を青ざめた。
「おばさん───」
スウ、と襖がゆっくり開いた。
そして隙間から丸い小さな目の上に、大きな目が二人を覗いた。
「おはなあげるから、はやくげんきになってね」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
女性の悲鳴が、家中に響き渡ったのだった──。
○
───
「あの………このタワーマンションが?」
「ああ。俺たちの拠点だ」
「スゲェだろ!いつでも遊びに来ていいからな!」
「昌巳、君の部屋も用意したからな。泊まりたい時は是非泊まりに来てくれ。そして私との甘い夜を───」
ハーリスは容赦なくシャズの頭に拳骨を喰らわせた。
残条町──
東京都の外れに存在する町。山に囲まれ、大きな川が流れ、海が近くにある自然豊かで高層ビルも幾つかある栄えた大きな町だった。
今三人の目の前には、首が痛くなるほどの高いタワーマンションがあった。このタワーマンションはラズベリー財団が管理しているタワーマンションで、一番最上階の階が全てハーリスたちの部屋として使われるようになったのだ。
あの件の事件から二週間。まだ心の整理はついていないが、父親も妹も前を向き生活している。昌巳も二週間ぶりにハーリスたちと会えたため、心も軽くなり元気が出た。
「荷解きは昨日終わったばかりだ。この町を中心に俺たちは怪異事件を追う。ちょうど日本支部と昌巳の家から近い場所だしな」
「はあ、なるほど」
「色々片付いたからなあ。これで心機一転!気合い入れて怪異事件を調べられるぜ!」
「あ、それならちょうど新しい調査依頼が来てます」
と昌巳はタブレットをショルダーバッグから取り出した。
「マジ?どんな依頼だ!」
「ウキウキするな」
「昌巳、内容は?」
「はい。えっと………日本支部で保護した怪異憑きの少女の調査、だそうです」
「は?」
ハーリスたちは後ろから昌巳のタブレットを覗き込んだ。
「名前は
「苗字が違うな」
「はい。実は宮島彰子ちゃんは一年前、ご両親を交通事故で亡くしてしまい、そのあと親戚中にたらい回しにされてたみたいです。そして田上さんの家で引き取られたようですが………」
宮島彰子、六歳。
数週間ほど前、突然警察署に通報が入った。通報したのは
警察が駆け付けた時、誰もが驚いたと言う。家の中は、まるで嵐でも吹いたかのように家具や家電、置き物などが倒れ破壊され、めちゃくちゃになっていたらしい。
さらには、居間らしき和室に包丁を持った女性が頭から血を流して倒れており、そのすぐ近くに宮島彰子が気を失っていた。
通報した男性、田上正樹は居間のすみで身体を丸め、何かをブツブツ呟き正気ではなかったそうだ。
警察はすぐさま救急車を呼び、病院で診てもらった結果三人とも命に別状はなかった。
しかし、目を覚ました妻──田上美和子は錯乱し病室で暴れ回ったのだという。
助けて、呪われる、あの子は悪魔の子だと叫びながら。
これにより田上美和子は精神病院へと移り、通報した旦那の田上正樹も同じ病院で入院した。
一方、気を失っていた宮島彰子は事件の詳細を覚えていなかった。情報を聞き付けたラズベリー財団は田上家の尋常じゃない荒れ模様と美和子の証言に、怪異事件の可能性が高いとみて宮島彰子を保護したのだった。
「それから宮島彰子ちゃんを調べた結果……その子に何かが取り憑いていることが判明したそうです。術師や霊媒師がその怪異を取り除こうとしたのですが………」
「あーなるほどー、話が見えてきた。失敗したのネ」
「はい………まるで歯が立たなかったようです」
「で、私たちに回ってきたのか………」
「はい……」
「ふむ……術師でも霊媒師でも適わない存在か。面白い」
ハーリスはニヤリと笑う。
「今から日本支部へ向かうぞ」
「え?じゃあ」
「ああ、その調査依頼、受けようじゃないか」
「言うと思った。ま、ソイツが一体どのくらい強いのかオレも興味はあるぜ」
「仕方ない……これも仕事だ。小さい子供は苦手なんだがな……」
「アルバート、タクシーを呼んでくれ」
「はーい」
「え、あの、財団の人呼ばないんですか?」
「今日はタクシーで行きたい気分なんだ」
「は、はあ……」
それどんな気分なんだろう……と昌巳は声に出さず心の中で呟いたのだった。
──ラズベリー財団日本支部
残条町の中心にある、まるで四角形の塔のような真っ白な建物。それがラズベリー財団日本支部の建物である。
「昌巳!」
「お父さん!」
日本支部に入るや否や、この日本支部の支部長を務めている昌巳の父、影百合昌彦が出迎えてくれた。
昌彦は昌巳に笑顔を見せたあと、ハーリスたちに頭を下げた。
「今回の調査依頼、受けて頂きありがとうございます。我が日本支部に所属している術師でも適わなく、情けないことにもうお手上げ状態だったんです………」
「宮島彰子ちゃん、と言ったか。その子を保護したのはいつだ?」
「五日ほど前です。病院で詳しい検査をし、身体に問題が無いことが分かったあと保護致しました。今は地下五階にある結界部屋に隔離しております」
「地下ぁ?確かまだ六歳なんだよな?女の子を地下の部屋に閉じ込めてんのかよ」
「それは……しかし 仕方がないんです。あの子に憑いているものは、予想以上に厄介でして………」
隔離している、と言う言葉にアルバートは顔を険しくする。昌彦も、まだ幼い女の子を地下に隔離すること事態良く思っていないようだ。苦渋の決断だったのだろう。
「ではご案内致します。昌巳、お前は待合室に居なさい」
「え?」
「いや、昌巳も連れて行く」
「し、しかし……」
「昌巳は俺たちの助手だ。言っただろう、昌巳は必ず守ると」
「そうそう!だから心配すんなよ」
「昌巳は必ず私が守りますお義父さん」
「は、はあ(お義父さん?)……分かりました。では行きましょう。昌巳、くれぐれもこの方たちから離れないように」
「う、うん」
日本支部の広いロビーの右側にある三つのエレベーターに向かい、その内の真ん中が開く。「B5」と書かれたボタンを押し、エレベーターは地下五階まで下り始めた。
「日本支部は地上十五階、地下五階の計二十階。地下五階は主に外道術師や捕まえた怪異を閉じ込める隔離部屋として使われています。隔離部屋には強い結界が貼られているため、出ることも中から声を出しても外には聞こえないようになっております」
「なるほど」
「宮島彰子ちゃんが居る部屋にも結界が貼っております………ですが、あとどれぐらい持つかどうか………」
そうしているうちに、地下五階に到着した。
エレベーターの外には、長い廊下が一つだけあり、その左右に幾つもの扉が存在していた。
「これ、全部隔離部屋なの?」
「ああそうだよ。安心しなさい。今このフロアには怪異は居ないからな」
「居ない?」
「はい………このフロアに居た怪異は、宮島彰子ちゃんに取り憑いた何かによって、一匹残らず殺されてしまったんです」
「はあ!?」
昌彦の言葉に四人は驚く。
「宮島彰子ちゃんがこのフロアに来た瞬間、いきなり全隔離部屋の結界が破かれました。そのあとは地獄の光景だったそうです。隔離されていた怪異があっという間にバラバラに切り刻まれ、あっという間に血の海になったと………その時居た職員が震えながら言っていました」
「彰子ちゃんは?」
「彼女は職員たちのおかげで残状を見ることなく避難しました。………今、彼女はたった一人このフロアに居るんです」
と昌彦はエレベーターから降りた。四人も昌彦に続く。
「………確かに死臭がするな」
「うげっ、血の匂いがプンプンするぜ……」
「気が滅入るな……」
「え?ボク全然しませんが……」
「俺たちは多少鼻が良いからな。昌巳が羨ましいよ」
ハーリスたち三兄弟は、怪異の血の匂いと死臭に顔を顰めながら進んだ。
「こちらが、宮島彰子ちゃんが居る隔離部屋です」
フロアの一番奥にある部屋に辿り着いた。昌彦はスーツの懐からカードキーを取り出すと、扉の左横にある機械に当てた。
そして───扉がゆっくりと開いた。
『さあ皆で、レッツダンシング!』
「ダンシングー!」
「…………ん?」
扉の奥に広がる光景に、四人は思考と止めざるをえなかった。
大きな部屋の四方を囲むように大きなしめ縄が飾られ、また壁には何百枚もの札が貼られていた。
そんな異様な装飾には不釣り合いの、可愛らしいクマやウサギ、イヌなどのぬいぐるみが部屋を埋めつくし、壁際にある本棚にはたくさんの絵本が置かれていた。そして………大型テレビの前で楽しく踊る女の子が居る。
「………なんだコレは」
「えっとですねえ……まだ小さな女の子ですから、寂しくないようにぬいぐるみや絵本を置き、あとテレビを置き精神を少しでも安定させようと………」
「まるで託児所だな………」
「本当に隔離部屋なのかよ。ぬいぐるみ多すぎだろ」
「いやあ、彰子ちゃんを見てまだ小さかった花凜を思い出してしまい、ついぬいぐるみをたくさん買ってしまいました。あははは」
「娘に甘い父親かお前は」
「……………」
あまりにもしめ縄とファンシーなぬいぐるみの不釣り合いさに、さすがのハーリスも思考追いつかなかった。そして昌巳は呆れたような顔をしながら父親を見つめていた。
すると、ハーリスたちの存在に気付いたのか、テレビの前で踊っていた女の子が振り向いた。
腰まで伸びた切り揃えた髪に、頭の上には赤い大きなリボンを着けていた。目は丸く、顔立ちも可愛く形作られている。また服はセーラー服を模したような白いワンピーススカートだった。
「………だあれ?」
女の子、宮島彰子はダンスを止めトトト…とハーリスたちの元に近寄ってきた。
見るからに、可愛らしい普通の女の子である。大人二人を精神病院に追いやり、隔離部屋に居た全ての怪異を殺害する恐ろしい何かが取り憑いているとは、到底思えなかった。
「……俺はハーリス・エンドロックだ。君が宮島彰子ちゃんかい?」
ハーリスは身を屈め彰子と目線を合わせる。出来るだけ優しく声を掛けると、彰子はコクリと頷いた。
「うん、しょうこだよ。おにいさんがいこくじん?」
「ああそうだ」
「わあ!しょうこがいこくじんとおはなししたのはじめて!」
「はは、そうかそうか」
天真爛漫に笑う彰子に、ハーリスも微笑んだ。
しかし本題を忘れてはいない。
「……俺たちは、君に取り憑いている怪異を調べに来たんだ。何か知ってることがあれば教えてほしい」
「かいい?それって───」
“やまと”のこと?
なんでもないような、さも当たり前のように、その言葉が小さな口から出たのだった。
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