第2話 パワハラ男は、相変わらず糞のようです。

 後日、中学生の同級生で旦那の浮気がキッカケで離婚したという子に話を聞いてみた。


「あのね、正直に話すと興信所へのお金は惜しまない方がいいわ。ちゃんと証拠を押さえて、旦那からも浮気相手からもお金を請求するの」

「えぇー? でも不倫の慰謝料って精々三百万くらいなんでしょ? 興信所や探偵を雇う方がお金掛かるんじゃ」

「それは後日、不倫男と女に請求すればいいのよ! 書類を作るのが肝よ? 引っ越し費用とか、その類は別途頂戴するよの? こっちは被害者なんだから、ぐうの音も出ないくらいに証拠を集めて、叩きつけてやった方が訴えやすいわ」


 てっきり黒だから自分で集めても問題ないと思っていたけれど、甘くないらしい。


 そもそも現場を目撃するのも、気持ちが冷めているからと思っていてもショックを受けるし、平常心を保てなくなると経験者ならではのアドバイスを伝授してもらった。


 自分だけは大丈夫——という過信は、とんだ慢心。プロに任せるのが一番だ。


 とはいえ、できることは自分でもしようと、まめに連絡のやり取りを記録した。


 気持ちの悪いハメ撮り写真も、虹色嘔吐レベルの甘ったるい愛の囁きも綺麗に保存してやった。


 全く持って反吐が出る。


 それにも関わらず、旦那は私に陰険な言葉を投げつけてきた。


「お前さぁ……。飯くらいまともに作れないのか? 全く味がない。こんなの幼稚園児の方がまともなスープを作るぞ?」


 この野郎……! この前「味が濃すぎて不味い」って言ってただろう?

 思わずお玉を持つ手がワナワナと震えてまう。スイカ割りの要領でキィィーっと頭をかき割りたくなる。


「君はもっと俺に感謝した方がいいよ? お前みたいな出来損ない、貰ってくれる物好きいないだろうし」


 いやいや、アンタみたいな男に目をつけられて、私の人生真っ暗なんですが?


「女は三つの袋を掴むもんなんだろう? まぁ、君みたいな女に給料袋もキ◯タマ袋も握られたくないけれどね!」


 私だってアンタの汚いキン◯マ袋なんて触りたくもないよ! ついでに給料袋だけれども、そんなはした金じゃたりやしない。もっと踏んだくってやるから、精々コツコツ人貯めておきな!


 それにしてもコイツは……口を開けば私の神経を逆撫でする。まるで自分は正しいのだからと信じて止まない様子である。


「浮気してるくせに、浮気してるくせに……まじで最悪」


 だが、この生活ももう少しだ。

 やっと証拠も固まり目処が立ってきた。


 これであとは浮気相手に突撃するだけだ。

 私は初めて対面する不倫女との会話をシミュレーションしながら眠りについた。


 ———……★


「さて、噂の浮気相手の家に来てみたけどー……」


 旦那から『急な出張になったから帰れなくなった』と連絡をもらった私は、チャンスだと思ってGPS探索アプリを起動させた。


 ちなみに何処に出張なのかと聞いたら『本社がある東京だよ』とか抜かしていたくせに、お前、しっかり県内にいるじゃないか!


 隠れて浮気をするのなら、もっとマシなアリバイを作れと思いっきりソファーにスマホを投げつけてしまった。


 くっ、旦那の浮気が判明してからイライラが増えてしまった気がする。早く決着をつけなければ私の血管がボロボロになってしまう。主にこめかみ辺り、プツンと切れてしまいそうだ。


「ううん、今はそれどころじゃないわ。相手の女の情報を集めなくては」


 まずは内容証明を送ることが大事なのだ。

 それと友人……興信所や探偵でかかったお金は請求できないみたいだから、証拠集めも自分でできることはしようと思うます……つらい。


 いや、それよりも夫達が入っていったマンションだ。何これ、タワマンか?

 県内でも一番の繁華街の中心部に近い、おそらく便利で土地代が最も高いマンション。日和さん、あなたってまさかお金持ちなの?


 力一杯握った拳がワナワナと震えた。

 アイツら、根刮ぎ慰謝料請求してやろうか!


 しかし残念なことに、部屋に入っていった写真も収めていないし、こんな戸数ではどの部屋かも抑えられない。


 万事休すなのか——……?


 長時間張り込みを想定して買ったアンパンと牛乳を握りしめながら、私は悔しそうにタワマンを睨みつけた。


「あ、諦めないもん! アイツらに鉄槌下す迄は、絶対に諦めてたまるか!」


 近くの花壇に身を潜め、出てくる住人達を見張り続けたが、肝心の丸タイは出てこなかった。

 足もパンパンだ。腰も痛い……。なんで被害者である私が痛い目に遭って、奴らはパコパコニャンニャンお楽しみしているのだろう?

 悔しさのあまり空の牛乳パックを握りしめたその時だった。

 不意に近付いてきた若い男と目が合ってしまって、ニッと微笑み返されてしまった。しかもおもむろにスマホを取り出されて。


 ——ヤバ、これって不審者として通報されるパターン?


 アタフタと慌てて逃げる用意をしたが、すぐに距離を縮められて腕を掴まれてしまった。


「お姉さん、何をしてるの? もしかしてストーカー?」

「す、ストーカーみたいなものかもしれないけれど、ストーカーではありません……!」

「ん? 何それ? 結局ストーカーなの? 犯罪者なの? どっちにしろ警察に通報した方がいい案件?」


 警察はやめて! お願いですから‼︎


 友人が言っていた『興信所や探偵を雇うことを躊躇うな』という意味が今になって痛感した。惜しまずにプロに頼めばよかった!


 あの糞旦那のせいで、私は犯罪者になってしまうのだろうか? どうして私ばかりこんな目に遭わなければならないの?


 ボロボロと溢れる涙。流石に驚いた青年も、顔を引き攣りながら心配してきた。


「え、そんなに泣かなくても……、まるで俺が泣かせたみたいじゃん。ねぇ、頼むから泣き止んで?」

「だっで、私……旦那にも浮気された挙句、犯罪者になるなんて……! こんなの踏んだり蹴ったりじゃない!」


 止めたくても止まらない涙。事情を知った彼も同情し始めたのか、掴んでいた腕を話してハンカチを差し出してくれた。


「お姉さん、旦那に不倫されたんだ。え、このタワマンの住人なん? それなら俺が協力してあげようか?」


 胡散臭い笑顔で微笑む彼は佐土原さどはられん。彼のおかげで、私の状況は一気に好転することとなる。


 ———……★


 次回『鉄槌、鉄槌! やっぱり下すなら社会的鉄槌よね?』

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