第四話:五行家の兵、火村屋敷に集う語[2040/4/7(土)]

 奥多摩の駅前市街地から少し離れると、野山の合間に田畑が混じってくる。そのさらに合間に、点々と古い民家が立ち並んでいる。

 さて、その人里を一望する高台に古めかしい平屋建ての日本家屋が建っている。武家屋敷とは少し違った独特の間取りのそれが、火村家の屋敷だ。


「お疲れ様。到着ですよ」


運転手の薬研やげんが後部座席のドアを開ける。玄関に続く足元は砂利道で、唄羽はおろしたてのパンプスを履いている。唄羽は足をくじかないように注意深く足を踏み出した。


「では、荷物はお部屋に運んでおきやすので」

「いえ、自分で出来ますから……」


後部座席に積み込んだ荷物に手をかけた唄羽を薬研が制止する。


「皆様、首を長ぁくしてお待ちのようですから。ここで手奈土のお嬢さんを引き留めちまったら、俺が皆さんに叱られまさぁ」


薬研は砕けた口調でそう言った。


「……せやったら、お言葉に甘えさせて頂きます」


唄羽は運転手に小さく会釈えしゃくし、飛び石を渡っていった。


 呼び鈴を押し、唄羽は玄関の引き戸を開けた。ガラガラと大きな音がした。


「ごめんくださーい!手奈土唄羽ですー!」


声を張って家の中に呼びかける。長い廊下の向こうから着物姿の女性が歩いてきた。


「あらまぁ唄羽ちゃん、お久しぶり」

「すいませんたまきさん。こないにギリギリになってしもうて……」

「いいのいいの、気にしないで」


唄羽を出迎えたのは火村ほむらたまき。火村本家の現当主・まもるの配偶者であり、火村屋敷を切り盛りしている。


「この前うちに来てくれたのが……確か、中学入る前くらいでしょう?しばらく見ない間にずいぶん大きくなったねぇ」

「そんな事ないですよ」

長い廊下沿いに整然と和室が並んでいる。その突き当りにある広間では、すでに宴席の用意が整っていた。


「唄羽!久しぶりじゃない!」


福岡・金崎かんざき本家の長女、当主名代みょうだい桜子さくらこ


「ずいぶん遅かったじゃんか。事故にでもあったんじゃないかって、みんな心配してたんだぜ?」


高知・木戸きど本家の当主、清森きよもり


「うん、無事に着いたようで何より。そろそろ着く頃だと思っていたんだ」


宮城・水面みなも本家の当主、守ノ神もりのしん


桜子さくらこさん、清森きよもりさん、それに守ノ神もりのしんさんまで……!」


一通り挨拶を済ませた唄羽は、何かを探すように広間を見渡す。


「あ、あのう……」

たけるを探しているのか?」

「ああ……。多分、じきに起きてくるでしょ」

「昼夜逆転してるからな、アイツ……」


三人が話していると、襖を開けて誰かが入ってきた。


「おはよ……。あ~ねむ……」

「おはよ、武。……もう夜だぞ?」

「いや、まだギリ日没じゃないし……」


清森と話していた武が唄羽に気づく。


「わっ、ヴェーッ⁉︎」


武が奇声を上げる。


「ううう唄羽⁉︎いつここに⁉︎」

「ついさっきですけど……」

「そ、そんなぁ……」


すっかり落ち込んでしまった武がその場に崩れ落ちる。


「全く。寝巻きで客人の出迎えなど当主名代として……、いや、それ以前に人間として失格だぞ。武」

「うう……。いやもう全くもって、守ノ神のおっしゃるとおりです……」

「そうだそうだ、守ノ神の言うとおりだぞ」

「いや、清森には言われたくないわ」

「ちょ⁉︎」


 唄羽、桜子、守ノ神、清森、そして武。ここに集まった若者達は、皆『言霊師ことだまし』と呼ばれる異能力者だ。異能の力――『霊力れいりょく』を込めた言霊師の言葉は人心、物質、果ては天地をも動かす。……とはいえ、そんな彼らも戦いを離れれば普通の若者。こうして一つところに集まればこうして冗談を言い合う仲なのだ。


「唄羽。明日入学式なんでしょ?今日はゆっくり休んだほうがいいんじゃないかな」


武たちのコントじみたやり取りを見て、唄羽が笑いを漏らす。その肩を桜子がポンポンと叩いた。


「あっ……。そ、それもそうですね。ほな、さっそくお部屋に……」

「では、ご案内しますよ。ついてきてちょうだい」


環に促され、唄羽は自室に向かった。

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