第五話:唄羽、奥多摩の地で初陣を飾る語[2040/4/8(日)]

 それは深夜の事だった。

 日付が変わる間際、唄羽は布団に入り目を閉じた。


カンカンカンカンカンカンカンカン!


その瞬間、土蔵どぞうの横に設置された半鐘はんしょうがけたたましく鳴り響いた。


「モノノケ、ですか」

「そうみたいだな」


唄羽は部屋から飛び出してきた清森と合流する、


土蔵横の半鐘は霊力を込めて鍛えられた鋼――『黒鋼こっこう』で作られている。練度の高い黒鋼は強い霊力をレーダーのように感知して振動するため、強力なモノノケが現れると誰が叩くでもなく半鐘が鳴るのだ。


 屋敷に緊張が走る。唄羽と清森以外は、すでに身支度を整えていた。


「……ここから近いな」


守ノ神が真っ黒な小刀をひたいに当てる。『守護刀まもりがたな』と呼ばれる、つばが無く刃もこしらえも真っ黒な小刀だ。

 この守護刀まもりがたなも黒鋼で作られており、モノノケ調伏ちょうふくの初動においてはモノノケを探し出すアンテナの役目を果たす。


「私と桜子は先に行く」

「二人で対処できそうだったら連絡するから。よろしくね」


そう言って守ノ神もりのしんと桜子は夜の闇に繰り出していった。


 屋敷の広間には唄羽と清森が残される。


「唄羽、守護刀まもりがたなは持ってきてた?」

「はい。持ってます」


清森に言われて唄羽は守護刀まもりがたなを取り出した。


「よし。じゃあ守護刀をこう、こんな感じで持って……と」


清森が守護刀を両手で握り、胸元で構える。


「……『祖より下りて鳳凰ほうおう麒麟きりん四神しじん八方はっぽう五行ごぎょう。我は土佐より来たりし木戸の言霊師。宿せし気はモク、授かりし名は清森なり』」


口上を名乗り終わると、清森は眩い光をまとう。

 光が収まると、清森は調伏装束しょうぞくに身を包んでいた。

赤い襦袢じゅばんに緑の小袖こそで浅葱あさぎ色の袴。

足には黒い脚絆きゃはんを巻き、履物は足袋足袋たび草鞋わらじになっている。

顔は雑面ぞうめんで隠されていて、面には木戸家の家紋が書かれている。


「これがモノノケ調伏調伏ちょうふくに使う装束を出す口上。一応これでフルサイズな。短縮も出来るんだけど……」

「は、はいっ。やってみますっ」


唄羽も京都にいた時に、母や叔母の蓮から調伏の手順などは一通り教わっていた。が、実戦で使うのはこれが初めてだ。


「そ、『祖より下りて……』」


唄羽は緊張した面持ちで口上を名乗った。口上に呼応して、霊力れいりょくで編まれた装束――霊装れいそうが転送・構築される。現れた装束は白い襦袢に黄色い小袖。袴は緋色で、足に赤い脚絆を巻いている。それに加え、唄羽の長い栗色の髪は白い紙縒こよりでポニーテールにまとめられている。


「できましたっ」

「よし、行こう」


二人を待っていたたけるが現場への移動を先導する。


「じゃ、ついてきて」


武は山の木々の間を、まるで瞬間移動するように移動していく。

この移動法は『縫飛ぬいとび』という。言霊師特有の移動法である。モノノケの出現場所に迅速じんそくに駆けつけるため編み出されたこの移動法は、ひと飛びでゆうに十メートル以上を移動できる代物だ。


「早う行きましょう!」


とん、とん、とん。三本の放物線が規則正しく夜の闇を縫う。向かう先は山の麓。ここへ来る道中に見えた田園地帯だ。


彼らの長い夜が始まろうとしている。

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