22:羽虫の話①
カーテンを開けるといつも通りの景色。赤茶色をした石や土や何かそんなもので作られた3階建ての建物が連なる通りと、この時間からせわしなく行き交う人々の姿。
空の向こうにはうっすらと空船の姿、翼竜は今日はどこかへお出かけかそれともお休み中か。
右手にはこちらも遠く、視界いっぱいに広がる山脈の峰峰。左手には通りの先、人々の一番のお目当てであるだろう賑わいを見せる市場。
今日もいつもとかわらない景色。ただ日差しの中を漂う光虫が多い。
ふと視線を下げるとお隣の喫茶店から店員さんがテーブルを外へ運び出しているところ。今日は天気が良いからね。屋外でお茶を飲みたいという人も多いでしょう。
と、テーブルを椅子を運び出していた店員さん、その手を止めて通りを眺めている様子。一休みでしょうか。こちらは窓を拭いていた手を止めてその様子を眺めます。急ぎませんからね。一休み一休み。
しばらくすると店員さんは店内へ。そして何やら長いものを手に戻ってきました。気になるところでもあったかなと思うものの、あれは箒ではなさそう。網?網かな?網のよう。
それから店先で何度か網を振り回すと、満足したようすで店内へと戻っていく。なんでしょうね。気になる虫でもいましたか。
ま、よし。
わたしも朝の仕事を再開。今日は忙しくなるかそれとも暇か。特にこれといった予定はなかったはずですが、朝食を済ませて片付けたら、店先の掃除、窓拭きをして開店といきましょう。
はい、今日は暇な日のようです。いつも通り朝の支度を済ませ開店したものの、午前中の配送手配をしたところで仕事がなくなってしまいました。
ご主人?ご主人はいつも通り自室で好きになさっていますよ。今のところご主人に伺わなければならないような仕事もなさそう。
店内の片付けといっても毎日するほどのこともなし、薬品の勉強でもといってもそれも毎日するほどのことも現状なし、と。
うん、今朝店員さんを見かけたのも何かの縁、これはもういったん外出中隣にいますの札を出してお茶にしましょう。そうしましょう。
すでに店先のテーブルには数人のお客さん。
みなさん昼間から優雅ですねというところだけど、わたしも実はそうだったりするので見なかったことにする。
ドアを軽く押すとカランカランという心地よいベルの音を響かせる。こちらを振り向いた店員さんと目があったので軽く手をあげて挨拶。カウンター席にはお客さんがすでに一人二人、テーブル席の方が空いているようだったのでそちらへ。
「いらっしゃい。今日はどうする?」
「そうですね、コーヒーと、あとは焼きたてクッキーにしましょうか」
「はーい、少しお待ちくださーい」
椅子を引いているうちに声をかけられたのでいつも通りに注文。一応持ってきた小説を置いているうちに小皿に大きくて食べ応えのあるサイズのクッキーが3枚積み上げられた状態でテーブルへ運ばれてくる。うーん、毎回注文してから思うのだけれど、しまったな、昼前の時間の量じゃないような気がしてきたわ。
ま、よし、最悪お土産にしましょう。
クッキーを1枚咥えたところで店員さんがコーヒーを2つ持ってテーブルへ。そのまま自分も椅子を引いて座ってしまう。
「よろしいのですか?」
「ま、いつものことだけどお昼まではこんな感じよ」
ま、いつものことですね。
「そういえば、今朝上から見えましたけれど、こう」
手に何かを持つ形で振ってみる。
「あー、あれね。や、光虫を捕まえてみようかなって」
おや、光虫。
世間では虫だ妖精だ魔法生物だと意見もさまざまありますが。
「この時期は増えるんだよう。それでさ、いつもは風にのってふわふわしているみたいなのが、なんかね北へ向かって動いているっぽいのよ」
「わたしはあれ、一度触ってみようと思って手を出したら指先で消えたことがあって。それっきりですね。気にしないことにしていますが」
「ね。不思議よね。人の目線の高さにはいないしさ。今日は多いのかなって気がして何となく捕まえてみたんだけど、どうかな、まだいるかな」
網には入ったので試しに虫かごに移してみたのだそう。
捕まることもあれば捕まらないこともある、あれは普通の生き物ではないのでしょう。
手にしていたコーヒーカップを置くと、店の奥へ。
光虫のようすを見に行ったのでしょう。
すぐに見せた姿は虫かごを手にして、それを掲げてふりふり。あれは逃げられましたね。虫かごをその辺に置くと席に戻ってきます。
「まーいないわ。確かにかごに入れたのにね。目の隙間よりは大きかったから逃げるってのはないと思うんだけど、まーた消えたかな」
「やはり消えるものですか」
「消えるね-。まえね、捕まえてガラス瓶に入れたこともあったのよ。蓋してたのに、消えたわ」
お手上げポーズ。
「消えますか。やはり不思議生物ですね」
「そもそも生きているものなのかもよくわかんないけどね」
そういえば光っている埃説もありましたか。
埃があんな光り方をして風に逆らってまで動くことなんてないでしょうけれど。
「そういえばさ、」
わたしの注文したクッキーを1枚取ってかじってから続けます。うーんわたしのクッキー。まあいつものことですが。
「いつだっけな、お使いで来たお客さんと話題になってさ。あのー、ほら、知ってるかなあっちの方の森の向こう?だかにあるって」
西の方角を指さして続けます。
うーん、あちらの森の向こうとなるとわたしが知っているところは一カ所しかないのですが。
「なんとかいう孤児院なんだけどさ。そこからコーヒー豆売ってくれって来てさ。その人とも光虫の話になって」
やはり孤児院でしたか。わたしの出身の孤児院なような気が。
「向こうではほとんど見ないって。森の中は全然だし、孤児院でも少なくてこの辺じゃ増えるこの時期でも1日に1つ2つ見るかなって程度だって。場所によって全然違うんだね」
「そうですね。見た、という記憶がほとんどありませんね」
「え、何、あなたそこの?」
「はい。あちらにほかに孤児院があるという話も聞いたことがありませんし、おそらくそこですね」
「はー、や、ごめん。こんな話してよかったのかな?」
「大丈夫ですよ。わたしは孤児院の出なことに特に思うところもありませんし」
「よかった。あのさ、やっぱりお屋敷の下働きだとか大きいお店の下働きだとか、そんな感じのお勤めの人が多いみたいで、あまりよく言わない人もいるんだよね」
「それはわかります。わたしも特に何かできるというわけではないので、今の勤めに引き取られなければ行き先はおそらくそんな感じだったと思いますよ」
「そうなんだ。そしたら、今のところって」
「良いですね。良すぎてこれでいいのかと思うくらいです」
「そうだよねえ。こんな時間にコーヒー飲んでるくらいだもんね」
「ね、そう思いますよね」
ふふっとお互いに笑う。
わたしもこんな時間にこんなことをしているし、店員さんも座り込んでおしゃべり。
とてもとても豊かな生活だと思う。
その後も軽く世間話をして、クッキーをわたしは2枚、彼女が1枚を食べ終わったところでコーヒーの残りをぐっと口の中へ。
苦くて香ばしい香りと軽い酸っぱさを飲み込みと挨拶を交わして席を立つ。そろそろお昼も近づく時間。お客さんも増えるでしょうしね。ご迷惑になる前に退散しますよ。
会計を済ませ、結局読まなかったなと思いながら小説を振り振りしながら自分の店へ。表玄関の鍵を開け、札を閉店中に掛け替えたら店内へ。玄関の鍵は掛け直して午前中の業務終了。お昼の支度にしましょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます