21:怪しい現象には理屈が付く

「結局、泥棒に入られた家というのがその家だったわけだね」

「そのようですね。しかも泥棒に入られたのは先日だけだったわけではないそうですよ」

その家のお嬢さんから聞いた話は消えた泥棒に関するものだった。


その泥棒が盗んだのは手提げ金庫とその部屋に置いてあった書類がいくらかだったというのは新聞にも書かれていた。

泥棒事件はそれより前、わたしは読んだ記憶があるようなないようなあやふやなものなのだけれども、新聞にも小さく載ったものがあったのだそうだ。

その時に盗まれたのは泥棒に入られた部屋にあった金に換えられそうな小物が数点に、やはり書類がいくらか。

深夜に勝手口の鍵が壊され、その近くの部屋をいくつかあさられた。使用人部屋も近かったがそこは避けられ、部屋にいた使用人3人はまったく気がつかなかったらしい。

当然使用人がまず疑われたものの、古参1人、中堅1人、新人1人で出身地も採用された経緯もまったく異なり、当日の行動、所持品など怪しいところは見当たらず、そもそも使用人部屋は勝手口やあさられた部屋に面していたわけではなかった。

さらに言えば今回の事件では3人とも厨房にいたため疑われる要素は無かったという。


最初の事件のあとは鍵の交換や防犯用のベルの設置をし、深夜帯の見回りの強化のために人を雇うかどうかの検討がされていた。

そして今回の事件。窓が割られたことには気がつかず、たまたま通りかかった使用人が人気の無い部屋からの物音が気になっただけだったことがまず問題に。

窓に鉄格子をはめるべきか、警備員を常駐させるのには費用がかかりすぎないか、訓練された犬を放すのはどうかといった案が。

また今回も書類がいくらか持ち去られていることも問題に。要するに金品よりもこちらが目当てだったのではないかということ。

そうすると、また狙われる可能性が高いという話に。


とにかくお金がかかる案ばかりで悩んでいるわけだけれど、根本の解決として逃げた犯人はどうなったのかということも。

前回の泥棒と今回の泥棒が同じ線だとしたら、間違いなくまた来る。そして両方とも自警団は捕まえられていない。頼れるのか、という話に。

警備員を雇ったとして、それが泥棒と同じ線につながっていないかという不安まで持ち上がっていて頭を悩ませているというのだ。

その時は皆で困ったね困ったねと言い合って終わったのだけれど、家に来ていた来客も自警団の偉い人だというし、我が家にとっても目の前の通りを犯人が逃げていってしかも捕まっていないのだからそれは不安になることだしで、ほんと困ったねという感じだ。


「犯人、もう捕まらないですよね」

「それはそうだろう。逃げられた時点で終わりさ」

「自警団て以外と頼りにならないものなのでしょうか」

「そう言ってはかわいそうだがね。この町には犯罪捜査の専門組織などないのだし、彼らがいるおかげで犯罪が減っていることも確かだろうからね」

やはり中途半端な印象を持ってしまう。

わたしが思い悩むようなことではないのだけれど、聞いてしまった以上は仕方がない。どうせいずれまた喫茶店で会って話すことになるのだし、少し考えておかないと。

「まあ、今回に限って言えばね、そうだな、悪い方向でまとめると色々と出せはするな」

「悪い方向。また狙われてまた逃げられるというような?」

「いや、そうではなくてね。まず、その家の内部には犯行に関わるものはいないことを前提として。その時間帯にその辺りの警戒任務につく自警団員は、その家の防犯の状態を知っているよね。この時間なら人がいない、この扉からこの窓から侵入すれば人がいない、この塀を越えれば人目につかない、この通りに逃げていけば追跡も容易ではない、といったことだね。

さて侵入する時間と場所が決まった。自警団員は堂々で侵入脱出の経路で待っていれば良い。しっかり警備をしてくれているのだから誰も不審には思わない。そして脱出してきた犯人の逃走を見逃してやれば良い。

今回はたまたま使用人が気がついてしまったからな。その使用人に人を呼びに行かせて時間を稼ぎ、自分は犯人に追いつかない程度に追い掛ける。もちろん事前に見つかって逃げる場合の手段も検討済みだ。

そして犯人は袋小路に逃げ込み、追い掛けていた自警団員はその袋小路の入り口でいったん止まり、追い詰めたからもう大丈夫だとでも言って他の人間を安心させて時間を作る。

事前に検討しておいた案としてはそうだな、袋小路の奥に暗幕でも張って、その裏で塀に掛けておいたロープを登り、ロープと暗幕を回収して裏へ降りるといったところでどうだろう。

明かり一つない小路の突き当たりなど真っ暗だ。入り口から奥を伺ったところで何も見えやしないし、暗幕を掛けておけばなおさらだろう。体勢を整えてからゆっくりと侵入していけば十分に時間を稼げたんじゃないか」

なるほど。いえ、なるほどとしか感想が出てきませんが、そう言われてしまうと本当にその自警団員と犯人がつながっていて、わざと逃がしたように見えてしまう。

「ものは言い様だね。本当に単純に逃げ切られただけかもしれないよ」

それはそれでどうなのでしょう。

「暗幕というのは必要なのでしょうか」

無くても構わないような。別に塀を越えて逃げましただけでも通用する話かなと。

「そうだね。塀を越えて逃げられた、だけでも話は通るけれどね。消えたという話に関連付けてみただけなのだけれど、消えることで現場に混乱が生じるよね。どこへ行ったと探し回ることで犯人が安全に逃げ切れる。それに塀を乗り越えるところを見られると乗り越えて追わなければならないだろう?。その後逃げ切られたとしても、今後塀を乗り越える訓練をさせられるかもしれないし、塀の向こう側へ誰か回れという指示が出るかもしれない。面倒事が増えるよ」

はあ、ものは言い様。なるほど。

「泥棒が夜に黒装束なのがお約束なのは黒の中に黒を置くと見えないからだ。黒装束のまま暗幕の裏に走り込めばその時点で犯人は消えることができる。あとは仕掛けを回収するだけだからね。そこは協力者の時間稼ぎが肝心だな」

色々と納得です。お嬢さんに伝える話としてはこれだけあれば十分でしょう。そこから先何を考えるかはわたしが言うようなことでもないし。

「うん、話だけだと現象としてはわかりづらいか?。一応体験しておこうか」

「体験というのは?」

「消えるというものだよ。なんと言ったかな、奇術の類いにそういうものがあってね。丁度良い、協力しなさい」

言うが早いかご主人様は身をかがめると足下に寝転がっていた猫をさっと抱え上げるとそのまま部屋の奥へ。

何をするのかと見上げる猫を抱えたまま隣りの書斎との間を開け放つと、テーブルの上に猫を載せ、書斎の明かりをすべて消した。

「おまえは部屋の明かりを消して窓の前へ。カーテンを開ければ通りの明かりでうっすらとは見えるだろう。ランタンの明かりもその程度だと思っておけば良い。そこで椅子に座って」

言われるがまま部屋の明かりを消し、カーテンを開けながら窓の前へ。振り返ると書斎の入り口辺りがうっすらと、そして書斎の中はまったく見えず、猫がテーブルの上にいるて、その脇にご主人様が立っていることがわかる。椅子を置き、腰を掛ける。

「うん、視線の高さもそれで良いかな。テーブルに白い布をかけたからね、見えやすいだろう。これで私も白い服だともっと良いのだろうがそこは仕方がない。さて、では猫には消えてもらおう」

ご主人様は猫を載せたテーブルの向こう側で両手を広げて猫を見下ろす。その視線につられてわたしも猫を見る。

先ほどまで見上げるようにしていた猫も、色々と諦めたのか、寝転がる場所が変わっただけだと判断したのかテーブルの上に伏せている。

何となく違和感を感じる。

うん?と思ってよくよく見ているうちにわかってきた。猫の体が少し細くなっている?

見ているうちに少しずつ猫の体は細くなってゆき、え、え、と思っているうちに体だけでなく顔も細くなってゆき、え、え、と思っているうちに、猫はテーブルの上から消えてしまった。

「‥‥消えました。え、すごいです。本当に消えるんですね」

「驚いてもらえて良かったが、実はこれは本当に消えたわけではないよ。先ほど言ったろう、黒に黒は消えると。背景は黒だ。私は猫を黒い布で包んだだけだよ。そうだな、部屋の明かりを付けるまでもない。立ち上がったらテーブルの上面が見えてしまうからな、椅子に腰掛けたまま少し前へ。黒と黒の境目が見えてくるよ」

言われて椅子のままで一歩二歩前へ。するとテーブルの上に何だか塊のようなものがテーブルの上にうっすらと見えてくる。

「あ、そういうことですか。先ほどまではまったく気がつかなかったのですが」

「光量、視線の角度、距離、いろいろな要素は絡んでくるが、まあ種明かしとしてはこんなものだ。知識と実体験が一致しただろう」

「面白いものですね。奇術とおっしゃっていましたけれど、こういう技が世の中にはあるのですね」

「そうだよ。今見せたもの消えるもの意外にも浮遊、脱出、幻像だとか様々なものがある。私なら魔法でやるようなことが科学や奇術でも可能になっている。まあ魔法が廃れるわけだよね。科学や奇術は魔力などなくとも普通にできるのだから」

「魔法でもできるのですか?」

「魔法の方が簡単ではあるが実際にできる者がいない。私なら簡単だけれどもね」

そういえば先ほどの猫が消えるのもご主人様は両手を広げてやっていたなと思い至る。布、どうやって動かしていたのでしょうね。

不思議に思い至ったところで、ご主人様は猫を布の中から左腕で抱きかかえるようにして取り上げる。そしてその前、私の視線から遮るように右手を広げ、尻尾の先の方から頭の方へ動かしていく。

つられて右手の動きを見ていたわたしの視線の先で、右手が動いたあとの猫の体が、消えていた。

尻尾が、腰が、背中が、肩が、首が、頭が、右手が通り過ぎた部分がすべて消えてしまった。左腕は確かに何かを抱えるような形のままだけれど、そこには何もなくなってしまった。服がそのまま見えている。猫は消えてしまった。

「これが私の魔法による消失現象だね。まあ種はあるわけだけれど。立ち上がって、こちらに回ってごらん」

わたしがよほど変な顔をしていたのか、ご主人様は非常に楽しそうだ。

立ち上がってご主人様の左側に回り込むように場所を変える。

んん?猫、いますね。

「猫、いますよね。先ほどはまったく見えませんでした。本当に消えてしまったと思ったのですが」

「なぜ私たちの目は物を見られるのかという説明が必要なことなのだけれども、とりあえずそれは置いておくとして。私が手を動かした後にはね、光を曲げる壁のようなものができていてね。光を曲げることで猫ではなくその向こう側の私の体が見えるようになっていたということなのだよ。専用の道具を作れば魔法でなくとも実現できるが、魔法ならば道具を使わずにすぐに実演ができる。この辺りが科学と魔法の差だろうな」

拍手。

少し自慢げなご主人様ですが、これは見応えがありました。

知りたければ解説もしてもらえるそうですが、難しい話だよと言われたのでそれは聞かないことにしました。


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それで結局泥棒のことはどうなったのかという話。

あれからまた隣の喫茶店で会ってしまったお嬢さんとこのときの話をすることになった。

おそらく彼女も少しの期待をしてわたしに泥棒のことを伝えたのだろうし、結論ではありませんがこういうことも考えられるねということで。

家の方でも重要な物を置く部屋の窓には鉄格子を付けることが決まり、専門の警備員を雇うことと番犬を飼うことも真剣に検討しているという。

そこへさらに自警団員も怪しいといえば怪しいのではという一意見を投入したところ、自警団の偉い人を呼んで相談することになったらしい。

自警団内でも出自の怪しい人や普段の言動が少し不安な人というのは何人もいたらしく、調査することになったのだとか。

併せて自警団員が回ってくる時間には使用人も立ち、回ってきた自警団員に声を掛けていることで防犯体制が強化されていますよと見せる。そうした対応が自警団内で広まることも対策としては重要と考えているそうな。

犯人自身は捕まっていないし、もし協力者が自警団内にいるのならそれもまだ捕まってはいないので、まだ不安はあるといえばあるけれど、こうして対策は立てられたし良かったのではということだった。


もう一つ、犯人が消えることになった袋小路について。

結局真っ暗闇というのは他の犯罪も起きかねないということから、街灯の増設が決まったらしい。当然その袋小路も奥まった場所に一基が設置。

残念、消失が見られた舞台は無くなってしまいました。

でもこれでこの町の安全性が少し上がったということで良かったのでしょう。

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