17:恋をする人④
手紙の送り主がどこにいるのかわかったところで、やることなど決まっている。
「やはり行きますか」
「それはそうだろう。理由はともかくこう何度も送りつけられると怖いからね。思い詰めたあげく何をしてくるかわからないだろう?」
「そうですね。あの、もう行かれます?」
ご主人様はすでに動いている。
階下へ降りて、玄関を出て、相手先の家へ向かう。これはもう乗り込むということで決まりだ。
「うん。いいんじゃないかね。なに、やることなど決まっているよ」
左手を拳に握って二度三度と突き出す。
まさかその仕草は殴るものではないでしょうか。以前はあそこの娘さんを殴ったように覚えていますが。あの娘さんが今回も犯人で、殴ってでも止めるとそういう宣言と受け取ってよろしいのでしょうか。
おかしい。
うちは薬屋で、ご主人様は表向きは薬剤師、裏向きには魔法使いということではなかったでしょうか。
物語の中の魔法使いはもっとこう人には知られないように動いたり、何事も魔法で解決したり、それらしい行動をしているような気がするのだけれど。
目的地はうちから通りを挟んだ反対側の、さらに二軒隣り。
今回はどうするのかと思いきや、以前と同じように躊躇なく呼び鈴を鳴らす。
しばらく待つと人の気配。
以前にもいた使用人の女性が玄関を開けて、不審そうな視線をわたしたちに向ける。またか、という気持ちが手に取るようにわかる。
申し訳ありません。またかなのです。
「すまないね。今回もおそらくあのお嬢さんの用件になるかと思うのだが、私宛に出した手紙に心当たりがあるかどうか聞きに来たのだよ。伝えてもらえるかね」
ご主人様が用件を言づてると、使用人の女性が一度屋内に引き取る。どうやら追い払われたりはしないようだ。
しばらく待っていると、再び玄関が開けられ招き入れられた。どうやら会って話を聞くことができそうだ。
二階に上がると、以前と同じ窓際の椅子に彼女は座っていた。
むっとした表情を隠そうともしない。
手を振って使用人を下がらせる。まあそれはそうだろう。恋文が誰から誰に宛てた物かという話しなのだから。
用件は伝わっているはずだが、彼女からは何も言わない。
ご主人様は特に気にする風もなく、これまでうちに届いた手紙3通をテーブルの上にポンと置いた。
「この手紙に覚えはあるかね」
彼女の視線がちらりと手紙に向かう。
目を伏せて、両手をあわせて握る。握った手が震えているように見える。
「彼がいけないのよ」
低い声。これはお怒りのようだ。
しかし彼と来たか。もっとも彼女がご主人様に恋文を出すというのも考えにくい。別に差出人がいて、それが彼ということか。
「どうしてわざわざここまで持ってくるのよ。何の嫌がらせよ!」
「その、彼というのが差出人かね。その彼がこの手紙を書いてきて、ここへ置いていったということで良いかね」
「そうよ」
「いつのことだね」
「だいぶ前よ。あなたが最初にうちに来た、その何日か前」
なるほど。なんとなく図式が見えてきた。
彼がどこかでご主人様を見知り、手紙を書く。
それをどうしたわけか彼女に預け、彼女は話の流れからご主人様のことではないかと当たりを付ける。
その事実に衝撃を受けた彼女がご主人様の動向を観察、そこから貸本屋での行動を知り、思わず本を奪ってご主人様から怒られる。
しばらく時間を置いたところでなにかしら思うところがあって預かっていた手紙をうちに届けたと、そういう流れではないだろうか。
ここからなら窓越しに、うちに人がいるかどうかは一目でわかる。気づかれずに手紙を届けることなど簡単だ。
「二通目を私のところに持って来たときに、これはもうだめだと思ったのよ」
深いため息に怒りと絶望感を感じて、おもわず同情してしまう。
はっきりとは言葉にしないけれど、彼女は彼に特別な思いを持っていたのに、その彼から別の人への手紙を何度も預けられることになったのだ。これはもうお気の毒にと言わざるを得ない。
しかし何を思って彼は手紙を何度も書いて、それを彼女に預けたのか。
もう少し時間をかけて情報を集めれば、難なくご主人様のことはつかめただろうし、何より何の関係もない彼女に迷惑をかけることもなかっただろう。
「どこの誰かは教えてもらえるかね」
ご主人様の問いに答えが返る。どこの誰がこんな面倒なことをと思っていたけれど、この展開は驚きだった。
なんと以前、のどが詰まる咳が出るという症状で、ご主人様が魔法で薬を作った患者さんの家の人だったのだ。
「知っている。直接ではないが、そうか。あの家には男子もいたのだね」
「3人兄妹なのよ。妹が2人いるって聞いたわ」
「そうか兄なのだね。下の妹がどうこうという話はしたことはあるかね」
「下の妹、体が弱いっていう話なら聞いたわ」
こんな形で繋がるなんて。
上の妹さんが下の妹さんの状態を気にするあまり、先走ってご主人様のところへ問い合わせてきたのだけれど、時期的にお兄さんが知ったのはその報告があったであろう時になるのだろうか。
報告を受けて、薬が効いて、気になってご主人様のことを見に来たということだろうか。
そしてご主人様を見初めて手紙を書いて、というところまで想像して思い至ったけれど、この流れなら彼はご主人様を知っているのだから、そのまま郵便受けへ手紙を投げ入れれば良い。その方が面倒が少ないではないか。
「話はわかったよ。迷惑をかけたようだ、すまなかったね」
「別に。どうだっていいことよ」
「これは私から彼に返しておくよ」
「そう。もう私のところへ持ってこないでと伝えて」
「わかった、伝えよう。おじゃましたね」
ご主人様はテーブルの上から手紙を取り、あっさりと暇を告げる。
何か意図があるのだろうか。もう少し何かありそうなのだけれど。
部屋を出て階段を降りると出迎えてくれた使用人の女性がいたのでそちらにも用は済みましたよと暇を告げる。
さっと玄関扉が開かれ、わたしたちは外へ。うーん、若干の追い出された感。
「よろしかったのですか?あの、この手紙ってもしかして」
「面倒だが一応はこの町の名士の一人の家だからね。縁が無いわけでもなし本人でも親でも良いが突き返して、これ以上迷惑を掛けるなと言ってやることにするさ」
ああ、やはりそういうことになりますか。
「よい機会だ。その彼に会って、少し探りはいれておこうかと思ってね」
「これから伺いますか?探りというのは、やはり以前のお薬のお話ですよね」
「そうだね。いずれにせよ彼は何度でもあの家に来る。そうしてうちの前を通るのだよ。長兄なのだ、家の跡継ぎだ。もうこの際だからね、どの程度知っていてどう考えているのか、面識を得るついでだ」
「わかりました。何か手土産とか必要でしょうか」
「いや、それには薬が良いだろう。どちらかというと言い訳用なのだがね。のどを病んでいる妹のための道具を用立ててあげるという形をとりたいのでね」
なるほど、言い訳用。それは確かに必要だ。本人にせよ両親にせよ話を通すのには理由はいる。
ご主人様は手土産用として薬を用意、わたしは恥ずかしくない程度の服に着替えてそれに同行する。
本人に話をするほうが気が楽なのだけれど、都合良く両親が不在とかならないかしら。なにしろ良い家に行くというだけで緊張する。
通りから市場へ出る。町の中でも高級といえる住宅地へ向かうにはここを通ることになる。その辺りは見るからに高そうな家が塀と門とに守られる形で並んでいる。
わたしには縁遠いところだったはずなのに不思議なものだ。ご主人様につれられて、その世界に一歩を踏み入れた。
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