16:恋をする人③

しかして恋文はまたしても届いた。

3通目。今度は今まで以上に情熱的で直接的なものだった。それは書き手の本気が感じられる文章だった。


好きです。あなたになんとかこの気持ちを伝えようと今まで苦心を重ねてきました。遠回しな言い方をなんとか考えて書いてきたけれど、これではいけないともっと気持ちを素直に書き記すことにしました――

今までの他の文章を参考にしながら必死に書きましたというものから、急にわかりやすい文章に変わった

一生懸命考えた難しい言葉や表現を駆使していたのが今回はその技巧が減り、直接的な書き方になっている。

無理をして大人びた小説じみた文章を書いていた物を、自分の言葉に置き換えることに成功したのか。

若人の恋文などこれで良い。いや、わたしはこれまで恋文を書いたことも受け取ったこともないですけれどね。

遠回しな言い方では通用しないと判断したのだろうか。

しかしご主人様は毎回意図を把握しながらも放置しているのだが。はっきりきっぱり言葉にしたところで特に気にしてはくれないと思うのだが。


「どうしましょうか」

手紙をテーブルの上に開き、ご主人様と一緒にどうしたものかと思案する。

「このままだと次もまたその次も来そうですよ」

「これで内容が過激化したり行動に移すようになったりしたら目も当てられんな。何かしら手を打った方が良いか」

「手を打つといっても、直接投函されていますよね。わたし、下にいても一度も気がつきませんでした」

そうなのだ。この手紙は毎回直接郵便受けに直接届いている。

差出人はわたしやご主人様が店にいないときを知っていて投函しているのだ。誰がいつ投函しているのか知るためには、一日中見張っていなければならない。

「見張るのは無しだ。そんな面倒なことはしたくないぞ」

わたしだってやりたくはないけれど、何か方法はあるのだろうか。届けに来たところを捕まえて訪ねるのが一番手っ取り早いように思うのだが。

「こんなことのために労力を費やすのは私の趣味ではないよ。とはいえこれはこれで手をつけると解決までやらなければならないからな。一番良いのは放置すれば次がないことだったのだけれどね」

手紙を手に取りひらひらと振りながら、ご主人様は居間を出て階段を上がる。

やっぱり一通目、二通目を放置したのはそれで終わるのが一番楽だったからなのだ。

三度目の正直の三通目が言葉通りに効果を発揮したということで、でも手紙の差出人の思うような結果にならないことだけはわたしにもわかるな。


行き先は書斎だった。やはり何かしら役に立つ魔法があるのだろう。

机の端の方に手紙を置くと、書棚から丸められた大きめの紙を取り出し、それを机の上に広げていった。

地図だ。

「これはこの町の地図だよ。これと手紙を写し取った振り子を使って差し出し場所を特定するのさ」

手紙を広げると、その中央に振り子を置く。

振り子は鎖の先に小さな三角形をしたオレンジ色の石が付けられているものだ。

ご主人様がその上からなにやら紫色をした粉を振りかける。

振りかけられた粉はぼやっとした炎のような光を発しながら手紙の上で消え、光を浴びたオレンジの石が次第に紫色に変わっていく。

「これでできあがり。あとは地図の上で振り回すだけだよ」

すっかり紫色にかわってしまった振り子を持ち上げると、ランプの光を反射してきらりと光る。きれいだ。これだけでも身を飾るのに使えそうなほどきれいなものだ。

それを地図の上にかざし、ゆっくりと円を描くように回していく。

しばらく回しているとその円がゆっくりと位置をずらす。

振り子なら円の中心線はまっすぐ下へ向かっているはずだ。それが傾いていく。

世の中には万有引力というものがあると物の本で読んだ。

地面はに引く力があって、それがすべてのものをまっすぐ引っ張っているのだと。

振り子の円が傾くというのは、ありえないことだと思う。

小さな魔法なのだとは思うけれど、わたしは今、すごいものを見ている。


振り子の傾きがなくなるように手を動かすと、また一方に傾いていく。

それを繰り返していくと振り子は一カ所にとどまって傾くことをしなくなった。

「ここだね」

そう言った場所はなんとなく、この辺りの地形に似ていた。

「これはこの辺りではないですか?」

「そうだね。ここが市場、ここがこの通りだね。町全体の地図だから詳細な場所がわからないだろう?」

これがこの町全体だという。

全体と言われても、わたしはこの町の全体像がまったくわからないので、ほうほうとうなずきながら眺めることしかできない。

「そこの、3と書かれた巻物をここへ広げておくれ」

指さした先の棚、先ほどこの地図を取り出したのとは別の場所に数字が書かれた巻物がいくつも置いてある。

その中から3と書かれたものを探し、机の上に広げた。

「これはこの通りですか?ここが市場?」

「そうだよ。これでどの家かがわかる。まさか近所だったとはねえ」

今度の地図はわたしにもわかる。

市場、通りと言われた場所がより細かく描かれた地図なのだ。ここが市場で、通りで、ここがうち。

その上で先ほどと同じように振り子を回していく。

傾く、修正するを繰り返すと、ある家の上で止まった。

「おや」

ご主人様が少し驚いたような声を上げる。

まさに、おや、と言いたい家だった。そこは以前、貸本屋からご主人様の本を奪った女の子の家だったのだ。

「これは驚いたね」

「はい。でもどなたからでしょう」

「あの家で私たちが知っているのは使用人の女とあの娘だけだね。あとは両親と、せいぜいもう一人か二人使用人がいるかもしれないと考えられる程度か。兄弟姉妹がいるかどうかはわからんね」

「でもこの手紙、言葉遣いからすれば男性から女性へ宛てたものですよね?」

「いやわからんよ。女性から女性かもしれん」

「女性からですか?そういうことってあるのですか?それに何となく書き方が男性のような?」

「知らん。ないと断言はできないという程度だね」

男性から女性への手紙なら父親か、いるかどうかもわからない兄弟とか男性使用人の可能性がある。

女性からだとそれが母親とかあの使用人の女性とか、あの娘さんとか、そういう可能性になってしまう。

なんだかわからなくなってきましたよ、ご主人様。

「考えてみたところで仕方がない。私たちはあの家のことはまったくといって良いほど知らないのだよ。わかるわけがないだろう」

その通りですね、ご主人様。

しかしこれで手紙を入れていく犯人の所在は特定できた。あとは誰が何の目的でそんなことをしているのかという部分だ。

その解答はこの家にいる誰かが教えてくれるだろう。次の目的は決まったのだ。

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