14:恋をする人①

黒いつやのある、なめらかな髪に陽の光が映り込みあなたを美の女神の化身かのように美しく輝かせています。意志の強さを感じさせる瞳がわたしの胸を刺し、心を奪っていきました。思慮深く落ち着いたたたずまいにはあこがれを抱かずにはいられません。わたしはあなたのことを、とても好ましく感じています――


これはもしかしなくても、恋文ではないだろうか。

文字は書き慣れていないのかあまり上手ではないようにも見受けられるし、一生懸命難しい表現を使おうとして苦心しているようにも見える。

これは真摯に書かれた恋文ではないだろうか。

棚の下から発掘した手紙には封はされていなかった。

切手も無し、消印ももちろん無し。

これは直接郵便受けに投函されたのだろう。この家を、ここに住む人を知っていて、直接持ち込んだと考えた方がよさそうだ。

「これは、恋文ですよね」

「そう読めるが、しかし拙いね」

確かに拙い。

少なくとも学のある大人が書いた物ではないように感じる。

「宛名も差出人も見当たりませんね」

封筒を見回しても、手紙にも、それと読み取れるものはない。

「誰宛かも何も書いていないねえ」

「わたし宛てではないと思いますが」

黒髪がどうとか書いてあるのだからご主人様ではないだろうか。

確かに宛先は書いていないし、ご主人様の交友先や出歩く先を思い出しても、恋文を出しそうな人が浮かばない。

ご主人様もわたしも暮らす世界は狭いのだ。

「特に面識のない大人の女にこの程度の文才で文を出そうと思うものかね。偶然手に入れた人の恋文をいたずらに出してみたか、練習で書いた物を手元に置いておきたくなくて目についた郵便受けに入れてみたか、おまえならどうだね?」

振られても困る。

わたしは恋をしたことも恋文を書いたことも人の恋文を手に入れてもてあそんだこともない。

首をかしげて「困ります」の仕草をしていると、ご主人様は手紙をテーブルの上に放り投げて「これは保留」と宣言する。

「放っておいても問題はなかろう。それよりも猫だよ。これ、どうする。人慣れしているところを見るとどこかの飼い猫か?」

いきなり話が変わる。

もっとも何だからわからない手紙よりも猫の方が優先度が高くなるのは仕方のないところだ。

「飼い猫でしたら、裏を開けてあげたら勝手に帰ってくれるとかしてくれないでしょうか」

「ああ、それでいい。とりあえずそうしよう」

さっと手を伸ばすと、首根っこをつかむというのだろうか、背中側から首の付け根の辺りをぐっとつかむとぶら下げるように持ち上げる。

猫というものはこういう持ち方で良いのだろうか。

なんだかびっくりしたような顔をして、また手足を突っ張らせて固まっている。

ご主人様は猫をぶら下げたまま部屋を出て階下へ降り、勝手口まで連れて行くとそっと床に置いてわたしに場所を譲る。

ほらほらというようにわたしの背中を押すので、勝手口を開けてしゃがみ込み、猫に問いかける。

「開けましたよ。怖い人もいないしもう帰って大丈夫ですよ」

猫に声をかける。わかってくれるだろうか。

しかし猫は外をちらりと見たきり行くことをせず、こちらを見てわたしの足下ににじり寄ってくる。

これはいったいどうすれば良いのか。

「どうしましょう」

「どうと言われてもねえ。外へ出してみたらどうだい」

足下の猫を抱きかかえて外へ出してみようとすると腕の中でビチビチと暴れ、腕の中から降りるとすっと扉の内側へ。

うーん、これはどうしたものでしょう。

「勝手に入ってくるのか、なんだこれ、懐かれたのかい。私はこういう生き物を飼ったことがないからね。おまえの方がわかるのではないかね」

どうしたらよいかわからないので手を出しにくいのだそうだ。

さきほどの持ち方も、わからかったから適当につかんだだけらしい。

「飼い猫ならお家の方が探していますよね。迷い猫、とかで市場で聞いてみたらわかるでしょうか」

「そうだね、そうしよう。こんな顔をしてこちらを見られると困るね。追い出せないじゃないか。とりあえず今夜はここに置いておいて、また明日だね」

ご主人様も猫の仕草に根負けしたようにため息をつき、妥協案を提示する。

ご主人様も、なのだ。

わたしだってこんな可愛い顔をしてすり寄られては困ってしまう。

「仕方がないですね。今夜は泊って行きなさい。あとでご飯は用意してあげますからね。おとなしくしているんですよ」

通じているのかわからないが、言い聞かせてみる。

猫はにゃーと一声鳴くと、わたしの足におでこをぐりぐりと押しつけてきた。

おおう、これはいけない。どう考えても情が移る。

きっとどこかの家の飼い猫なのだ。探しているに違いないと自分に言い聞かせながら腰を上げる。それにしてもこの態度、わたしたちに構え、ここで飼えといっているようにしか見えない。

とりあえずよくわからなくなってしまったので、猫の寝床を用意して、わたしたちの夕食と一緒に猫のご飯も用意して、それから明日市場で聞いて回れるように迷い猫の紙でも作ってみよう。

迷い猫。どう書くと良いだろうか。


まだ小さく子猫だと思われる。

毛並みは長め、全体に灰色にところどころ白が混じり、ふわふわ。野良にしては毛並みが良い。

しっぽは細く長め。

耳が立っていてよく動く。

小さい子供たちに追い回されても怖がったりはしていなかったし、わたしたちに媚びを売れる程度には人に慣れている。

最初は市場に、その後子供たちにあとを追われながら家に飛び込んできたところを保護しました。

書いておくとするとこんなところか。絵心があれば似顔絵でも添えるところなのだけれど、わたしは絵を描く方はさっぱりだ。

これを何カ所に貼れば良いだろう。

うちの店先と、お隣の喫茶店と貸本屋にも貼らせてもらおうか。あとは市場の掲示板にでも貼らせてもらえば良いだろうか。

「これを4枚ほど用意してお隣と市場に貼らせてもらいましょう。あとは字だけだと寂しいので、絵が欲しいところですね」

夕食後のお茶を飲みながら、テーブルに紙を広げて下書きを作る。

それをご主人様に見せながら提案してみる。

「いいんじゃないかね。枚数と、絵か。そうだね」

言いながら腰をあげる。

これに関してはわたしにも案があった。ご主人様もおそらく同じ案に行き着いていると思う。わたしは簡単な、効率的な手段をすでに知っていると思う。

ご主人様について三階に上がり、書斎に入る。

「おまえもこれが良いと思っていたのだろう?」

「はい。絵も、たしか図鑑がありましたよね」

「そうだね。図鑑に似た猫が載っていないか見てみよう」

大きな図鑑は書斎の隅にまとまっている。その中から動物図鑑を探し、さらにその中から猫を探す。

分類はしっかりしているので探すことはたやすい。

あとは似た絵があるかどうか。

これは細すぎる、これは耳が大きすぎる、これは毛並みが、これはしっぽが。なぜ猫というだけでこんな何種類もあるのか。猫と言ったら猫だけで良いではないか。それでこの猫と同じような姿形の絵を載せてくれていたら良かったのに。

……見つけた。

体つきも毛並みもこれが良さそう。もうこれにしよう。

「これでどうでしょう」

「うん。十分似ているね。大丈夫だろう」

わたしが探している間に準備が整えていたのだろう、ご主人様はテーブルに紙を広げて待っていた。

やることは以前と同じことだ。

図鑑の絵を紙に転写する。

それを迷い猫の説明を書いた紙の下半分、空いている場所に写す。

できあがった迷い猫の紙を丸ごと、必要な枚数分だけ転写して完成だ。

ご主人様が魔法陣を動かす。わたしは横から紙をさっと差し出し、さっと回収する。

考えていたよりも多めの紙に転写を終え、文章と猫の絵がきれいに写っていることを確認したら作業は終わり。

本当なら枚数分、すべて手書きだったのだ。書き写すのはたぶんわたしの仕事になっていたのだ。それを転写、転写、転写で済ませる。魔法って素晴らしい。

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