09:幕間 何事もない日の午前

目覚ましが鳴る前に起きる。

以前は鳴るまで待ってからポンと止めるなんてこともしていたけれど、今は普通に鳴る前に起きて、鳴る前に止める。目覚ましは保険だ。

寝間着から仕事着に着替える。仕事着兼普段着だ。エプロンをはずせば外出時にも見苦しくない程度の服は用意している。

ここからご主人様を起こすまでが忙しい。


まずは地下へ降りて湯沸かし器の点検をする。

石炭の量を確認して物足りなければ足して、燃えかすを片付けて袋詰めにして収集業者に回すため裏口から出す。

前日に出たゴミもこのときに一緒に裏口へ出しておく。

それから二階の掃除と洗濯、朝食の用意を一気に済ませる。

まずはハタキをかけて、箒とちり取りでゴミを片付けて、汚れが気になるようなところを拭いていく。

ご主人様もわたしも活発に外出するような質ではないし、室内をぐるぐると動き回ることも少ないので汚れることは無いけれど、それでも二人で生活しているのでそれなりには埃も出る。

洗濯は大変だろうと覚悟していたことなのだが、実際にはそれほどでもなかった。

何しろ湯と石けんと洗濯板が使えるのだ。

洗濯板はともかく湯と石鹸は孤児院にはなかった物だ。どちらも気にせずにどんどん使って良いと言われたときの感動がわかるだろうか。

冷たい水に震えながら洗濯物を揉まなくても良いのだ。感動だ。

洗った物は三階の裏手にテラスがあるので、天気の良い日はそこへ干す。

一、二階に比べて三階は少しだけ小さい造りになっていて、二階の屋上部分がテラスになっているのだ。洗濯物を干すにはもってこいの場所だ。

天気が悪い時や、すす煙が気になる時は地下の干し場を使う。

こちらは陽の光が当たらないので物足りないが、湯沸かし器の熱と換気扇がついているので空気の入れ換えも常に行われ、洗濯物を一応は乾かすことができる。

ここまでを一気に済ませて、時計を見る。

余裕があればここでお茶でも入れて一息。なければそのまま朝食の準備に取りかかる。

台所の窯に石炭を投入して火をつけ、お茶を入れるための湯を沸かし、オーブンでパンを焼く。

付け合わせには今日はレタスとトマトを。

ご主人様からは「朝は軽くね軽く」と念押しされているのですべて少量で用意する。

テーブルに並べるのは新聞と湯の入ったポット、茶器一式。

お茶は紅茶にしてみた。

食事は暖かいものを召し上がっていただきたいのですぐにすべてを並べるのは避ける。

ポットは保温トレーの上に置き、カバーをかける。

この保温トレー、表面が結構な暖かさで、湯は沸かないけれど熱を維持できるという優れもので、保温のことを考えると他では代用できない圧倒的なもの。これのおかげで食事が終わった後まで湯の暖かさを維持できる。

準備が整ったところでご主人様を起こしに向かう。

最近ではこれが朝方の最大の労働だ。あの寝起きの悪さはなんとかならないものか。

わたしも食事を一緒にとるようにしているのでできれば早く起きて欲しいのだ。おなかが空くのだ。

朝食がすむとご主人様はそのままゆっくりしているので、わたしは三階の掃除をする。

基本的には掃き掃除。必要があれば拭き掃除だ。

寝具を整え、アイロンをかけ終わっている洗濯物もこの時に部屋へ片付ける。

冬の寒い時期であればストーブの灰を片付けて薪の追加をする。

掃除が終わるころにはご主人様も動き始めるので、食器を片付けてから一階へ降りて玄関を開ける。

ようやく開店だ。


世間はすでに動き始めて久しいので、通りは賑やかだ。

玄関前と店内の掃除を済ませ、商品の整理整頓などをして過ごす。来客があったりなかったり、配達の対応をしたりしているうちにお昼になる。

お客は来ることの方が珍しいので、基本的には暇だ。

暇なので、この時間は勉強だと思って、薬剤や薬草について書かれた本を読んだり、新聞を読んだり、何かしらの本を読んだりしている。

文字、言葉、言い回しや様々な知識をこの時間に蓄えるのだ。

本は棚から好きな物を持って行って良いと言われているので、背表紙の柄や題名から気になった物を適当に選ぶ。

たまにご主人様から面白かったからと押しつけられることもある。

そういうときは早く読めとせっつかれるので優先する。感想を言い合いたくなるのだそうだ。

この日は急な来客もなく、配達の荷物を発送したところで業務終了。

玄関の鍵をかけて閉店の札を見えるように窓際に置き、カーテンを引く。

次は昼食の支度だ。


昼食の支度のために台所へ入る。

オーブンの火を強くして湯を沸かし、パンを焼く。

お昼のメインには塩漬けした豚肉を薄く切って炙ったものを。

付け合わせにはキャベツの酢漬けを肉を焼いた後のフライパンに投げ入れて塩こしょうで味を調整。。

お茶はコーヒーを用意する。

彩りが全体に茶色くなってしまったけれど、これはこれで良し。トマトでも切って添えようかなと言う程度。

本来なら一番しっかりとした食事をとらなければならない時間なのだろうが、ご主人様もわたしも食事に量は求めていない。

それほど重労働をするわけでもない。この程度で十分なのだ。

テーブルに食事を並べる前にご主人様を呼ぶ。

今日はどこにいるか。書斎か、と向かったところでさっそく見つかった。

棚から取り出した何冊かの本を床に並べ、その前に行儀悪く足を組んで座って眺めている。次に読む本を選んでいるのか。

食事の用意ができたことを伝えるとあっさりと腰を上げる。

選別に決めてを欠いているようす。手に取らずそのままにして書斎を後にする。


テーブルに食事を並べ、コーヒーを入れる。

湯気の上がる温かい食事を二人分。

わたしが教わった給仕の仕方ではご主人様一人分で、自分は合間合間に台所ででもそっと食べるというものだったが、ご主人様の「たった二人だし給仕が必要な規模でもない。せっかくだから二人仲良く話しでもしながら食べよう」というわがままでこうなった。

最初は戸惑ったが、慣れてしまえばこれはこれで良いものだ。

ここで午前中の業務報告をする。

とはいっても来客なし、配達の荷物の発送完了で終わりだ。

あとは掃除、洗濯、炊事で気がついたことがあればそれを報告。食品を少し買い足したいので出かけることを伝えておく。

あとは今日は天気が良くて洗濯物がよく乾きそうだだの、いつものまるまると太った猫が颯爽と通りを歩いていただの、どうでも良いことを話す。

ご主人様はご主人様で天気が良いおかげで今日は床で転がって本を読むには良い日だなどと、どうしようもないことを話していていた。

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