4日目 夜:お姉ちゃんと添い寝

 お姉ちゃんが帰って来てから、僕は平常心を装った。ここ数日のいつもの光景になった二人の食卓も、その後のお喋りもお風呂も、取り乱したり変な振る舞いになったりはしなかったと思う。


 お姉ちゃんに悟られてはいけない、明日直接現場を押さえないといけないと僕の心が訴えかけていた。


 お風呂から上がってしばらくゆっくりとしていると、途端に強烈な眠気に襲われた。瞼が異様なほどに重い。そんな僕の隣でお姉ちゃんが微笑みかけてくれている。


「もう眠い? じゃあそろそろ寝よっか」

「……うん」

「よーしよしよし、お姉ちゃんがベッドまで運んであげようねー」


 お姉ちゃんに体を預けて、ベッドに寝かされた。お姉ちゃんも隣に来て、僕の顔を見ている。セクシーなネグリジェから見える白い柔肌も、頬に触れるお姉ちゃんの手も全部が全部刺激的なのに、僕の心は強く反応してはくれない。それもこれも、明日のことが気がかりだからだろう。


 お姉ちゃんはただ笑顔で、僕の頬を優しく撫でている。体温が心地よくて、また瞼が一層重くなった。


「ねえ凪くん」

「ん?」

「きっとね、これからたくさんのことがあると思うの。辛いこともしんどいことも、しばらくはあるかもしれない」

「うん」


 お姉ちゃんの口調は、まるで子供に絵本を読んで聞かせているようだった。


「心細いことも、寂しいこともあると思う」

「うん」

「だけど、凪くんなら乗り越えられる。大丈夫だよ」


 どうして、今そんなことを言うんだろう。眠気に支配された頭でも、その答えはわかる。明日、お姉ちゃんがいなくなるからだ。イジメっ子の人生を破滅させて、自分も捕まるつもりなんだ。中学生数人を殺したとなれば、初犯でもどれだけの実刑がつくかわからない。


 ひょっとしたら、死刑かもしれない。


 そう考えただけで、胸を手でおさえずにいられなくなった。目頭がじんわりと熱くなって、視界が遠のいていく。


「お姉ちゃんは、いなくならない?」


 耐えきれずに聞くと、彼女はちょっとだけ眉根を下げて困ったように笑った。


「うん、いなくならないよ」


 わかりやすい人だ。嘘を吐いているという顔をしている。仮に僕が何も知らなかったとしても、嘘なんだろうなと察してしまいそうな表情だ。そんな顔をされたら、これ以上追求できないじゃないか。ずるいよ、お姉ちゃんは。


「お姉ちゃん、今日はぎゅってして寝ようよ」

「ん、あはは、いいよ」


 僕はお姉ちゃんを思い切り抱きしめた。この温かさを、僕の胸の中で少し肩を震わせているこの人を僕は失いたくない。いつまでも、僕はお姉ちゃんの弟じゃいられない。子供じゃいられないんだ。


「お姉ちゃんにふさわしい男になるよ」

「……っ! も、もう、どこでそんなセリフ覚えたの?」

「ただの本心だよ」

「まったくもう、しばらく見ない内にマセたね」


 ダメだ、段々と意識が遠のいてきた。お姉ちゃんの体温があまりにも心地よすぎて、胸の感触が気持ち良すぎて、瞼がいよいよ開かなくなってきた。


「大丈夫、君がちゃんとこの世界を生きられるようにお姉ちゃん頑張るから」


 意識が落ちる寸前、消え入るように囁くそんな言葉を聞いた気がした。

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