4日目:午後

 今日は、お昼までお姉ちゃんがずっと一緒にいた。朝ご飯を食べて、二人でグダグダとテレビを見て、たくさんくっついて甘えて甘えられて。そうしてお昼ご飯の後、またお姉ちゃんは出かけていった。


 一体、彼女は何をしているんだろう。


 復讐、という言葉が頭をよぎる。みんなにも復讐をするということなんだろうか。


 だけど、お姉ちゃんにとっての直接の害は、両親だけだろう。あそこに書かれていた他の人たちは、僕にとっての嫌な人たちと僕の両親だ。両親は確かに僕を捨てたけれど、僕は別に恨んじゃいない。


 お姉ちゃんは一体、何の復讐を彼らに、どのようにするつもりなんだろう。


 僕はまた這いつくばって部屋を出て、リビングと思しきスペースに出る。昨日は見られなかった棚などを物色した。


 テレビ棚には、昔一緒に遊んだゲームが並んでいる。お姉ちゃんとの思い出が、この棚には詰まっていた。よく見ると、ゲームに付箋が貼ってあって、「凪くんと一緒にたくさんモンスターを捕まえた」とか「凪くんに勝てなくて何度も対戦に付き合ってもらった」とか書いてある。


「僕との思い出、大事にしてくれてるんだ……」


 テレビ棚から離れて、今度はテーブルの隣にある棚を漁る。なんだか見ちゃいけないものを見ているようで申し訳ないと思ったけれど、それでも僕はお姉ちゃんのことをもっと知らなきゃいけない。


 彼女の苦しみを、より深く理解しないと、明日が来ても僕は何もできないだろうから。これ以上、お姉ちゃんだけを苦しめてはいけない。僕のことで、お姉ちゃんに手を汚させてはいけないのだ。


 この棚には結局、これといったものはない。


 だけど、十円玉が一番上の引き出しの隅に転がっていた。これで、昨日後回しにした部屋の鍵を開けられるかもしれない。僕はまた這って進み、内側から鍵がかかったままの奇妙な部屋の前に来た。


 壁を使って起き上がり、細く浅い穴にコインを差し込む。ゆっくりゆっくりと何度も回して、ようやく、カチャッという音がした。


 なんだかこの部屋からはすごく嫌な感じがして、心臓が早鐘を打ってしまう。何かすごく嫌な予感がする。


 だけど、僕は知らなきゃいけない。知りたいんだ。


 お姉ちゃんを助けるために。


 ドアノブを回して、扉を開けた。


 そこにあったのは、写真だ。壁一面に貼られた写真と、そのそばに貼られた大量の付箋。僕の両親の写真もあれば、僕をイジメた奴らの写真もある。恐る恐る近寄って見てみると、付箋には彼らのことが書かれていた。


 そして、お姉ちゃんが何をしているのかも。


 お父さんの写真の付近に貼られている付箋には、お父さんの弱みを作るという計画が書かれていた。本当は殺そうとも思ったけど、私には人殺しはできなかったとも書かれている。そうして結局彼女がやったのは……。


 お父さんと寝ることだった。そしてそれを写真に撮り、お母さんに送りつける。お父さんには新しい恋人がいたらしく、そっちにも同じ写真を送りつけた。


 その行動が実を結んだのが、昨日のこと。


 新聞の記事が貼られている。不倫した男性が妻と別の不倫相手によって刺され、死亡したと。


 ふと、昨日のお姉ちゃんの様子が頭に蘇ってきた。お姉ちゃんが僕を押し倒したとき、顔を青ざめて泣いたのは、こういうことだったんだ。


「お姉ちゃん……」


 お父さんが死んだというのに、不思議と特に感慨はなかった。お母さんも捕まったらしいけど、これまた何も感じない。思ったよりも薄情な自分に驚くけれど、それよりもお姉ちゃんのことのほうが僕は大事だ。


 お姉ちゃんは自分の両親と僕の両親に、復讐した。


 残りは……あいつらだ。


 イジメっ子たちの付箋も見てみる。彼らに関しては、苦戦しているようだった。まだ子供ということもあり、社会的に破滅させられそうな弱みがない。弱みを作る方法も思い浮かばず、どうしたらいいか悩んでいるのが付箋に書かれた文言を見て手に取るようにわかる。


 そして、僕は顔が青くなるのを感じた。


 ある付箋に、こう書いてあったから。


 ――もう最終手段に頼るしかない。できないなんて甘えたことは言っていられない。


 お姉ちゃんは、あいつらを殺すつもりだ。


 きっと、ギリギリまで粘って、今日弱みを作れなかったら、明日にでも……。


 それかもう、一度に全員殺すための種を撒いているのかもしれない。一人ひとり別々の日と場所で殺すのは、リスクがある。途中で捕まるかもしれないし、人に見られるリスクも高くなる。


 五日間というこの生活の期限は、もしかしたら、全員一箇所に集めて殺す前の最後の時間のつもりで……?


 だとしたら、お姉ちゃんは、一緒に破滅する気だ。


「そんなの、そんなのダメだよ……」


 僕はその場で呆然としていたいのを必死で抑えて、部屋を出ようとまた地面を這う。


 その瞬間、地面に何か光るものを見つけた。


「……なんだろう」


 近寄って見てみると、鍵だった。もしかして、と思って足枷の鍵穴にさして回してみると、カチャリという音を立てて足枷が開いていく。


「これだ」


 これで、明日、お姉ちゃんが出かけるときに後をつけるしかない。


 僕は鍵を元の位置に転がして、部屋を出る。お姉ちゃんと過ごしている部屋まで戻って、十円玉を二日目の午後に読んだ本の中に隠した。

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