第14話 デートの前日

「庭付き、3階建て。屋根付きの車庫もございますよぉ」


 不動産屋はニコニコと営業スマイルを見せた。

 そこは王都から少し離れた場所。自然に囲まれた静かな屋敷だった。

 以前は子爵クラスの貴族が住んでいたらしく、一般庶民では住めないような、なかなかに豪華な屋敷だった。


 賃貸料金は保証金込みで20万コズン。

 保証人はなくて、毎月10万コズンの賃料を先払いさえしていればいくらでも住めるらしい。

 流石は異世界。元の世界よりも手続がシンプルだ。


 賃料は高いかもしれないが、モンスターを狩って素材を売り続ければ楽勝で稼げるだろう。

 立地は最高。断る理由はない。


「じゃあ、ここに決めます」


 元の世界じゃワンルームマンションだったからな。

 まさか、異世界でこんな大きな屋敷に住めるとは思わなかったよ。

 

 さて、次は家具類だな。

 ベッドやタンス。テーブルと椅子は必要だろう。

 あと、カーテンやマットも欲しい。


 アーサーは車庫を眺めて感動していた。


『こんな素晴らしいガレージを……。ありがとうございます』


「ははは。以前は青空駐車だったからな」


『ええ。ここは屋根があります。とても素敵です』


 ふふふ。

 なんだか、すごく嬉しそうだな。


「よし。んじゃ、次は家具類の買い出しだ」


『承知しました』


 僕たちは王都グランデルモで家具類を買った。

 持ち運びは亜空間収納箱アイテムボックスがあるので楽だ。


「ふむ。一通り揃ったな。最低限、住むには不便しないだろう」


 ふふふ。

 この屋敷を拠点に冒険か。

 移動はスーパーカーのアーサーがいるしな。

 楽しい異世界生活になる。


 まだ夕方までには少し時間がある。

 モンスターを狩って資金を貯めるか?


『明日の準備をおすすめいたします』


 明日は受付嬢のリンさんとドライブデートだ。


「家は買ったしな。なにを準備すればいいんだ?」


『明日は、リンさんが作ってくれた手作り弁当を食べるのですよね?』

 

「……………あ、そうか。食べる場所だ!」


『どうせなら景色のいい場所がよろしいかと』


「よし。ドライブデートに最適な景色のいい場所をナビに表示してくれ」


『承知しました。私には大賢者ナゾットの知識があります。景観の優れた場所をピックアップすることなど造作もありません』


「助かるよ」


 すごいな。

 アーサーがいれば旅行雑誌はいらなくなるや。


『5つほど候補が見つかりました。ナビに表示させます』


「よし。全部、行ってみよう」


『え!? 全部ですか?』


「ああ、距離にしたら100キロちょっとだ。爆走すれば余裕だろう」


『了解です』


 さぁ、デートの下見だぞ。


 僕はアクセルを踏んで、エンジンを加速させた。


 アーサーが選んだ場所はどれも最高だった。

 流石は僕の愛車だよ。センスは抜群だ。

 

 下見が済んで、王都に帰ってきた頃にはすっかり夜になっていた。


「明日は完璧だな。ふふふ」


『まだ、やれることはあるようですよ』


「え? 他になにがあるんだ?」


『乗車前にプレゼントをするのがよろしいかと』


「え!? なんで!?」


『リンさんと出会ったことを、感謝の気持ちとしてプレゼントするのです。デートが始まる直前に、花束などを渡すと喜ぶようですよ』


「おおおおお……。なんか手慣れているな」


『ナゾットの知識です。彼は生涯で10人の女性を愛し、20人の女性を妻にしたそうです』


「いや。計算があってないぞ?? 結婚した数の方が多い。逆じゃないのか?」


『大賢者ですからね。政略結婚などもあったようです』


「へぇ。すごいな。まぁ、女の子の扱いには慣れてるってことか」


『そういうことですね』

 

 僕たちは花屋を探した。

 もう夜なので、ほとんどの店が閉まっていたが、なんとか1軒だけ見つけることができた。

 明日の朝には、手ごろなサイズの花束を用意してくれるらしい。

 店員が、僕のことを貴族かなんかだと勘違いしていたのは面白かったな。

 庶民は花なんか送らないらしい。まぁ、異世界特有だよな。


「アーサーのおかげで明日のドライブデートが最高の1日になりそうだよ。あんがとな」


『緊張しますね』


「ん、まぁな」


『初めて助手席に乗る女性ですからね。私のエンジンはドキドキしておりますよ』


「は? 緊張っておまえがしてるのか?」


『はい。 主人マスターの好きになった人ですからね。緊張するのは当たり前ですよ』


「ははは! おかしな車だなぁ」


『デートが成功するように祈っております』


「ああ、ありがとう」


 僕はワクワクしながらベッドに入った。


 リンさん……。明日は私服だろうな。

 ギルドでは制服なので、ちょっとパリッとしてて女子アナチックなんだよな。

 私服だとイメージは変わるだろう。どんな服着てくるんだ?

 めちゃくちゃ可愛いからな……。手作り弁当も気になるし……。

 年齢も気になるよな。年下だとは思うけど、女は年齢がわからないよ。

 そういえば女性に年齢を聞くのは問題があったな。でも、何気なく質問するならいいのかな?

 ……その辺は、アーサーに確認してみるか。ふふふ。

 ああ、明日が楽しみすぎる。



〜〜受付嬢のリン視点〜〜


 私はリン・ペンドーラ。


 女剣士ベルダ・ペンドーラの娘。

 A級冒険者のベルダといえば、この界隈では有名だろう。

 そんな女の子供なのだ。将来は冒険者になって、母のように剣を使う。そんな風に思われていた。

 でも、あの事故があってから私は変わった。


 冒険者だった父が、クエストに挑戦して命を落としたのだ。


 冒険者には危険がつきもの。

 クエストで死ぬことは冒険者の本懐。

 私は、そんな常識に懐疑的だった。

 残された遺族のことを考えて欲しい。死ぬなんて、絶対にあってはならないことなんだ。


 もっと誰かを助けたい。

 

 15歳の成人を迎えて、その想いはますます強くなった。


 回復魔法を習得しようとした。

 魔法が使えれば、命を救えると思ったから。

 でも、私には剣技の才能しかないらしく、魔法を覚えることはできなかった。

 

 結局、ギルドの受付嬢に就職。

 冒険者に資料を提供して、その死亡率を下げる。

 それが私ができる努力だった。

 なんだかちっぽけで、気持ちは満たされない。

 元気に出発した冒険者が、命を落として帰ってこないことを何度も経験した。

 所詮は受付嬢。私のアドバイスくらいでは、その死亡率はほんのわずかしか減らすことができないのだ。

 

 それから2年が経った。

 女は16歳にもなると、ポロポロと結婚する人が出始める。

 私は17歳。結婚の適齢期といえば、まぁ、そういう年頃だ。周囲の友達で、結婚をしている人間は大勢いる。


 でも、私は彼氏さえできない。

 結婚の予兆なんて微塵も感じられないだろう。

 恋に興味がないわけではない。

 母は、ギルドで恋人を見つければいいっていうけれど。

 なんだかな……。


 何かが違う。


 ギルドの冒険者には優しい人が大勢いる。

 でも、何かが違うんだ。


 それは冒険者特有の殺伐とした臭い。

 その証拠に、子供の扱いが雑だったりする。


 とても真面目で、誠実そうな人がいても、子供に対して暴言を吐いたり、その子のお尻を蹴り上げたり。

 そんな光景を見ると、芽生えそうな恋の気持ちもスッと息を潜めるのだ。


 ギルドは危険な場所。

 だから、子供が近づいてはいけない。

 それは常識。その子のためを思っての叱咤。

 教育という名の暴力。それはわかっているんだけどなぁ。

 子供に対する接し方が厳しいと、なんだか悲しい気持ちになる。


 そんなある日。

 あの人が現れた。


 その出立は、黄色のパーカーで装備品もつけていなくて。

 とても不思議な格好をしていた。


 その空気感は独特で。

 おっとりとした吟遊詩人のようでもあり、それでいて農夫のようでもあった。

 ああ、でも、そんな例えすら払拭するような。

 次元を超えた違和感。まるで、別世界から来たような存在だ。


 私の幼少期。

 白馬に乗った王子様がお姫様を救いにくる話が好きだった。

 剣士だった母は、


「あんたはロマンティストだねぇ」


 って苦笑いしながら、

 

「白馬に乗った王子様ぁあ? ははは。そんな男、いるわけないでしょ」


 私は、いつか、そんな王子様が現れるんじゃないかと、心の片隅で思っていた。

 私を……。救いに来てくれるんじゃないかと……。


 白馬に乗った王子様が──。


 その人は3人の子供たちを連れていた。

 駄賃をあげる代わりに、大量に獲れたゴブリンの耳を運ばせているのだ。


「持てそう?」

「うん。いけるよ」

「あそこのカウンターまで運ぶんだけどさ。無理すんなよ」

「うん。大丈夫」


 その物腰はとっても温和で。

 今まで感じた冒険者の嫌悪感は一切ない。

 子供のことを気遣って、一緒に荷物を運ぶ。


 こ、こんな冒険者……。初めて見た。


ドキドキドキ……。


 鼓動が高鳴るのがわかる。


 この人は……。


 この世那火せなかという冒険者は──。


 私の王子様かもしれない。

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