第10話 ゼロヒャク何秒?

 ウネルスネークは鎌首をもたげた。


 蛇が敵に対して威嚇するポーズ。

 その高さだけでも10メートル以上はある。

 人なんか一呑みって感じの大蛇タイプのモンスターだ。


 このモンスターの体は素材として売れる。

 なんとしても、そのままの状態で倒したい。


  火炎魔法イグニッションの魔法を使えば一撃なんだけどな。

 それを使っちゃうと素材として売れないんだ。


 アーサーはゴブリンを車体の衝突で倒した。

 だったら、この蛇も体当たりで倒してやればいいさ。


 あーー、しかし、気になるな。


「懸念材料が一つ」


『なんでしょうか、 主人マスター?』


「あの蛇はゴブリンより硬いんだよな? ってことは、ぶつかったらボディに傷がつくんじゃないのか?」


『ご安心ください。ボディ攻撃アタックによる攻撃は魔力障壁によって緩和されます。また、小さな傷は自動再生能力によって修復が可能なのです。よほど分厚い鉄壁でもないかぎりは心配はいりません』


「じゃあ、攻撃による凹みは気にしなくていいいってことだな?」


『そのとおりです』


 だったら、


「思い切りやれんな」


 ブレーキを踏み。

 エンジンを蒸す。


ブォォオオオオン! グォオオオンッ!!


『私に組み込まれたエンジンは、 主人マスターの願い『超人的な力』によってパワーアップされております』


「へぇ! だったら相当なパワーが出そうだ」


『車の加速力は、ゼロ距離から100キロに到達するまで、その時間が何秒なのかでその性能がわかるそうです』


 聞いたことがあるぞ。

 

「いわゆる時速0→100kmゼロヒャクってやつだな。たしか、10秒を切れば速いんだっけ?」


『実用車ならそれで十分でしょう』


「おまえは何秒なんだ!?」


『私のタイムは──』


 と言いかけたところでウネルスネークが襲ってきた。


『キシャァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 おっと、答えを聞いてる時間はないか!

 ブレーキを離して発進だ!



 ああ、いいですね。

 この感じ。

  主人マスターとの一体感。

 初めて出会った時のことを思い出します。


 私はウネルスネークの攻撃アタックを目の前にして、 主人マスターと初めて出会った時のことを思い出していた。


 あれは雪の降る、寒い冬のこと──。

 

「やっぱ廃車かなぁ」


 中古車の業者は売れ残りの私を見て、そんなことを言った。

 黄色と黒のボディカラー。人気の軽自動車SUV。そんな車が5万円なのだ。これだけでも、なにかあるのは当然のことだった。

 それもそのはず。以前の乗り手が、私を酷使していたのだ。

 その人は、日本全国を回る仕事をしていて、その足に私を利用していた。

 気がつけば、私の走行距離はたった3年で30万キロを記録。定説では10万キロが廃車の目安だという。そんな中、私の走行距離は30万キロだった。人気の車種とはいえ、廃車にするには十分な距離だろう。だから覚悟していた。ああ、廃車されるんだって。


 私の廃車が前日に迫った。

 そんなある日。


「これ、買います」


 そういってくれたのが今の 主人マスター

 中嶋 世那火せなかだった。

 業者はヘラヘラと笑って、良いことばかりを並べ立てた。


「いい車です! 人気のSUVですから!」


 走行距離には一切触れない。完璧な営業トーク。

 流れはそのまま試乗になった。


 今も覚えている。

 私の胸はときめいた。

 まさか、私を試乗してくれる人がいるなんて。

 誰もが、私の走行距離を見てスルーをしている。

 それなのに、この人は私のハンドルを握ってくれたのだ。

 温かい。 主人マスターの体温が伝わる。

 あの時の一体感は、私の生涯で決して忘れることはないだろう。

 

「いい車でしょう。ターボもついていますからね。坂道も楽々です」

 

 そんな中、 主人マスターは、私の走行距離を見て鼻で笑った。

 軽快に話す業者のトークを聞き流しながら、口角がわずかに上がる。

 そんな美味しい話があるわけないだろ、とでもいうように。

 いや、合点がいったのかもしれない。

 人気の車種が5万円なのだ。当然なにかある。


 それは納車の日。

  主人マスターが私を運転して、家を目指したその帰り道。私は動かなくなった。


 キュルルル……。キュルルル……。


 私のエンジンは情けない音を出して、うんともすんともいわなくなったのだ。

 私はまたも廃車を覚悟した。

 ああ、これは失望されたな。

 いよいよだ。

 この人は私を嫌って、廃車にするだろう。そう思った。

 だが、


「ははは。やっぱりな。こうなると思ったんだ」


  主人マスターは苦笑いで、許してくれた。


「せっかく買ったんだ。修理してやるよ」


 その笑顔を今も忘れない。


 それからも二度三度。私の体は故障して動かなくなった。

 それでも、マスターはその都度、私を治して使ってくれた。その修理費用は100万円を超えていただろう。手間暇を考えれば、新車を買った方が得をしていたかもしれない。それでも、


「なんでだろうな? 修理すると愛着が湧いちゃったよ。ははは」


 そんなことを言って、呆れ顔で笑うのだ。

 その笑顔の、なんと素敵なことか。


 ああ、 主人マスター

 あなたから受けたご恩は、一生涯忘れません。


 そんな時。

 あの事故が起こった。

 トラックとの衝突事故。


ドンガラガッシャーーーーン!!


 ああ、そんな!

 大きな鉄の塊が、 主人マスターの体を潰す!

 このままでは 主人マスターが死んでしまう!!

 私のエアバッグでも、シートベルトでも、この方を守ることができない。

 そんな!

  主人マスターが……。死んでしまう!!


 私はこの人を助けたい!!

 助けたいんだ!!

 もっと走りたい。この方のために!

 私は、受けたご恩を返していないんだぞ!!


 この世に神がいるなら聞いて欲しい。

 私の命はどうでもいいのだ。

 どうせ廃車される運命だった。

 だから、せめて、この方だけでも助けてください。

 お願いします。神よ……!


 その願いは通じたのだろうか。

 気がつけば異世界だった。

 しかも、以前よりもパワーアップしている。

  主人マスターが女神ヌラに願いを出して、新しい力を与えてくれたのだ。

 考え、言葉を話す能力。大賢者ナゾットの知能。そして、


 『超人的な力』


 そう。

 私にはこの力があるのだ。

 

  主人マスターを全力で守る。

  主人マスターのために戦う。

  主人マスターのために走る。


 私は 主人マスターの車なのだ。


 ──ウネルスネークを前にして、私のエンジンはフルスロットルだった。


 聞いてください 主人マスター


 私の能力を。


 私はあなたのために強くなった。


 時速0→100kmゼロヒャクのタイムは──。




『──0.1秒です』





 え……!?


 い、今0.1秒って言ったか!?

 時速0→100kmゼロヒャクだぞ!?

 ゼロ距離から100キロに到達するのが、たったの0.1秒だと!?


 しかし、それを確認する間はない。

 凄まじい勢いで発進した車体は、ウネルスネークの体に激突した。



ドゴォオオオオオオオオオオオッ!!



 その衝撃で、蛇の体は50メートル以上も吹っ飛んでいった。


「くはぁあ……。すごい」


『発進から、わずか0.1秒で100キロの速度を実現しております』


「えぐい性能してるな」


『タンタカタンタンターーン!』


「うわ! ビックリした」


『レベルが3になりました』


「おおおお!! ってことはモンスターを倒したってことだな?」


『内臓の破損が確認されました。息をしていません。即死ですね』


 うーーむ。

 僕の車は有能すぎる……。


『選択してください』


 え?


「なにを?」


『覚える魔法は1つだけとなっております』


 僕の眼前には2つの魔法が表示された。


 どうやらレベル3以降は取得能力の選択制らしい。

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