第2話 スーパーカーの乗り心地

 にわかには信じられない。


 僕の愛車。

 軽自動車がスーパーカーになってしまうなんて……。


ドドドドドドドドド……。


 眼前のスーパーカーは軽快なエンジン音を発する。


『私はアーサー。 主人マスターに仕える忠実な車なのです』


 ちゅ、忠実な車……。

 このスーパーカーが……。


 僕の……車。


 ゴクリ。


 思わず唾を呑んじゃうな。


 だってさ。

 

 この真っ赤なボディを見てよ。

 傷一つない、ピカピカのペイントだよ。

 ホイールだってさ。


「すげぇ豪華……」


 軽自動車とは比べもんにならない高級感。

 ホイールのディスク部分は扇風機のプロペラみたいになってる。

 ブラックシルバーの美しいホイール。

 この部分だけでも相当にカッコ良いって……。


「これが……。僕の車……」


 中はどうなっているんだろう?


『車内が気になっているようですね』


 突然。

 ドアが縦に上がる。


ウィイイイイイイイイン!


「うお! 開いた!!」


『どうぞ。お乗りください』


 シ、シザーズドアだ……。

 縦開きのシザーズドア。

 スーパーカーの代名詞。

 僕みたいな超庶民が決して乗ることはない憧れのスーパーカー……。

 こんな車……。中古でも数千万円するだろう。

 たった1台で家が買える値段だ。

 そんな車を僕が……。


 中を除くと新車の匂い。

 シートの匂いなのかな?

 芳香剤じゃないけど、なんか高級感のある匂いだぞ。


 この車の匂いっていいよね。

 車を買う時は、この匂いが結構、記憶に残るんだよね。


 中に入るには車体が低いからグッと体を屈める必要があるんだな。

 ふふ、スーパーカーって感じだ。

 入り口を含めて、以前に乗っていた軽自動車の方が車内が広い。

 天井の低さはさることながら、全身の密着感は、さながらレーシングカーだ。

 この辺は当然といえば当然だろう。


 運転席に座ってみる。


「おお……」


 全身を包み込むような感覚。

 クッションの柔らかさは硬過ぎず、柔らかすぎず。


 良い!!


「座り心地最高だな」


 シートは最高だ。

 これなら何時間乗っていても疲れないだろう。

 良すぎる……。

 

 ハンドルはどうだろうか。

 ちょっと握ってみる。


「うう……。この密着感。手に馴染む。これ革か……」


 良い……。


 フロントガラスからの景色を見る。


「ふふ。やっぱり低いや」


 軽自動車より車高が低いから視野もそうなるよな。


 ふと、違和感に気がつく。


「あれ? これってもしかして左ハンドル??」


『いけませんでしたか?』


「いや……。別にそういうわけじゃないけどさ。前に乗っていた軽自動車が右ハンドルだったからね」


『スーパーカーの基本は左が多いようですね。女神ヌラはその基本に沿って私をこのような姿にしたようです』


 なるほど。

 スーパーカーは海外が主流だからな。こうなるのは当然か。

 高級車って感じだな。


 次は計器類を見てみようか。


「おお。アナログな針とデジタルの両方か。カッコ良いな……。おお! バックミラーがモニターだ」


 まぁ、バックミラーがモニターくらいは普通車でも常識か。

 前の車でも付属でつけるか悩んだんだよな。電気がどうなっているのかわからないけど、通電はしているみたいだ。


「そういえばさ。これってマニュアル? まぁ、一応、免許は持っているけどさ」


 前の軽自動車はオートマで、マニュアル車は運転したことがないんだよね。


『基本はオートマとなっております』


「基本?」


主人マスターの御命令でエンジンのトルクを切り替えることが可能になっているのです』


「命令って……声のこと?」


『左様です』


「おおお……。声帯認証とは最新すぎる……」


 そもそも喋る車自体が最新だもんな。


『私は 主人マスターの意識と連動しており、 主人マスターの思考と声帯によって行動を取るようになっているのです』


「じゃあ、鍵はないのか?」


『ございません。エンジンの動作、車内のセキュリィロックはすべて 主人マスターの意思に連動して自動で行われるのです。また、エンジンはスタートスイッチがありますので手動でも動かすことが可能です』


「万能だなぁ」


『ありがとうございます』


 よし。


「じゃあ、早速試運転といこうか」


『はい』


 ハンドルを持ってぇ。

 アクセルをグイッと。

 

 すると、エンジン音は大きくなって車体はゆっくりと動き始める。


ドドドドドドドドドドド……。


「おお! 動いた!!」


 まぁ、当たり前だけどさ。

 感動するよ。


 車体は安定感を保ちながらスゥーーっと前に進む。

 時速は40キロ前後だが、上品で気持ちのいい走行だ。


「うん。良い!」


 急に異世界の暮らしが始まったけどさ。

 こんなスーパーカーと一緒なら楽しいかもな。


 そういえば、喉が乾いたな。


「なぁ、アーサー。ナビとか出せるのかな?」


『ございますよ。女神ヌラは私に大賢者ナゾットの知能を与えました。この世界の情報はナゾットの知識によって補完されるのです』


 周辺の地図はホログラムのように空中に浮いて表示された。


「へぇ……。じゃあ、そのナゾットの知ってることならアーサーはわかるのか?」


『はい。同時に 主人マスターの知能とも連動しておりまして、現世の知識や言語は 主人マスターの情報によって補完されます』


「なるほど。道理で会話がしやすいわけだ。僕の知識なら、日本の文化もよくわかっているよね」


『左様でございます』


 ふふふ。

 これはいいぞ。従順な車だ。


「じゃあ、コンビニを表示させてくれ」


『申し訳ありません。この世界にコンビニは存在しないようです』


「あ、そっか……」


 そうだった……。

 ここは異世界。剣と魔法とモンスターがいる世界なんだ。

 いきなり詰んだな。

 よくよく考えたら苦労するかも……。

 僕はサバイバルの経験はないしなぁ。


「飲み水ってどうするんだろう?」


『ここから30キロ離れた場所に湧水がございます。とても美味しく、魔力の回復効果もある飲料水でございます』


「おおおお! じゃあそこ行こう」


『承知しました』


 ドライブがてら良い感じだ。

 ふふふ。アーサーがいれば異世界でも困らないな。


「おまえ優秀だな」


『………………ありがとうございます』


「なんだよ。妙な間があったぞ?」


『そ、そうですか?』


「あれ? おまえもしかして……。褒められて照れたのか?」


『…………はい』


 可愛いな。


主人マスター。大変です。敵が現れました』


「え? て、敵!?」


『前方300メートル先。緑の肌をしたモンスター。ゴブリンのようですね』


 ここは異世界。モンスターがいる世界だもんな。


『戦いますか? それとも戦闘を回避しますか?』


 ふふふ。

 そんなのは決まっているよ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る