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花火大会のメイン会場となる新川の河川敷までは、店から五百メートル程離れている。もう間もなく花火のスタートを控え、交通規制が敷かれた周辺の道路は歩行者でごった返していた。
そんな中、俺達は三人で話をしながら歩いた。話題は主に店の事だ。今日の出店の不人気ぶりや稲谷シェフの悪口、そして少し前に現れたりー達の事。
「そう、『マンマミーヤ』に行くんだ。良かったね。あそこいい店だったもんね」
「結構チーズきつかったけどね」
思い出したかのように、有希さんは顔をしかめる。
「でも今の『フィオーレ』よりは絶対いいよね。有希っぺだって、稲谷さんの中華よりはいいでしょ?」
「それはそうよ。稲谷さんは料理っていうかなんていうか……生理的に無理かな」
有希さんが珍しく辛辣な言葉を放つので、俺と琴ちゃんはふき出してしまった。有希さんにも「生理的に無理」な相手なんているんだ。流石に稲谷さんが可哀相になってしまう。同じ言葉が向けられたとしたならば、俺はきっとこの世から消えてしまいたくなるだろう。
「陽君はまだ続けるんでしょ? 有希っぺもいるし」
「そりゃまあ、色々不満はあるけど、今すぐどうこうってつもりはないよ。結構長くやってるバイトだし、それなりにやりがいもあったし」
有希さんの事はスルーして、俺は答える。自分で言いながら、なんだかびっくりするぐらい白々しく聞こえた。長くやってるとかやりがいとか、果たしてそんなのは『フィオーレ』でのアルバイトを続ける理由になっているんだろうか? 結局のところ、俺は「有希さんと会える」というその一点だけの為に『フィオーレ』で働いているんじゃないかと思えてくる。
だとしたら――有希さんや琴ちゃんにとって、『フィオーレ』で働き続ける理由って、なんなんだろう?
「ウチらはほら、主婦だからさ。一応生活も掛かってるし。仕事変えたからって、今より良くなる保証もないでしょ? そう簡単にこっちが駄目だから次っていう訳にもいかないから」
「そうそう。平日日中の仕事にしては時給も悪くないし、土日休めるし、子どもの具合が悪いから休みたいって言えば融通も利くし」
「悟さんも良い人だし、久坂さんだって、悪い人ではないし」
「なんだかんだ言って、それなりに居心地がいいんだよね。今のところ」
二人の言葉は、俺からすると達観しているようにも感じられた。俺達はシェフやマネージャーがどうしたとか、料理の内容がとか、色々と不満を持つけれども、二人からするとそんなのは二の次で、給料だったりシフトの柔軟さといった居心地の良さこそが重要だというのか。
言われてみると、確かにアルバイトの本質は自分の都合に合わせて金を稼ぐ事こそが第一義であり、やりがいだの顧客満足度だの店の評価だのは二の次三の次なのかもしれない。とするならば、確かに都合に合わせてそれなりに高い時給で働けて、更に有希さんという素敵な女性に会える『フィオーレ』の仕事はかなり恵まれていると言えるのかもしれない。
ただ……それでも俺の中では、「もっと良い料理を、サービスを提供したい」「客に喜んで貰いたい」なんて思いが強くて、二人のように割り切って考える事はできないのだった。
「あ、そうだ」
河川敷に着きそうという頃になって、琴ちゃんが思い出したように言った。
「ウチの旦那に、お好み焼きとイカ焼き買ってきてって頼まれてるんだよね。ちょっと買って来てもいい?」
「そんなの帰りでいいんじゃない? じゃなかったら、一緒に行くよ」
「大丈夫大丈夫。ほら、帰りになると混んだり無くなったりするでしょ? だからちょっと、今買って来ちゃうから。もうすぐ花火も始まるし。この辺で待ってて」
「ちょっと、琴ぉ!」
呼びかける有希さんを尻目に、琴ちゃんは小走りに駆けて行ってしまった。
思いもかけず、有希さんと二人きりになってしまう。琴ちゃんにとっては思惑通りなのかもしれないけど。
二人きりになると、途端に会話が途絶えてしまった。いつも琴ちゃんが間に入って取り持ってくれるから三人だとそれなりに話が盛り上がる訳であって、有希さん一人に相対すると、どうして良いかわからなくなってしまう。
決して話す事がないとか、そういう訳じゃあない。普段一人で有希さんの事を考えている時なんかは、次に会ったらあの話をしよう、こんな話をしてみようと想像が膨らむのだが、いざ有希さんを前にすると、一人の時に思い描いていた全てが綺麗さっぱり真っ白に飛んでしまい、用意していたはずの言葉は全て消え去ってしまうのだからどうしようもない。
この、二人きりになった時の微妙な空気感に、有希さんも絶対に気づいているはずだ。もしかしたら有希さんも、どうしたものかと困っているかもしれない。そう思うと、尚更言葉に詰まってしまう。
「あ、あの……」
とにかく何か言わなければ、と俺は血迷った言葉を口走ってしまった。
「浴衣……綺麗ですね」
俺は自分の口から飛び出した言葉に後悔し、余計に気が動転するばかりだった。
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