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『お盆は帰って来ないの?』


 母親からのメッセージに、一言『うん』とだけ返した。少しして既読マークがついたけど、そのままなんの返信もなかった。

 小さくため息をついて、スマホを布団の上に投げ出す。仕事を終え、帰宅してしばらく経った頃の通知音に、パブロフの犬のように飛びついてしまった自分が嘆かわしい。

 お盆も近いというのに、彼からの連絡は途絶えたままだ。

 考えて見れば、『フィオーレ』でアルバイトを初めて以来、もうずっと実家に帰っていない。以前帰省した際、母に恋人らしき男性の影を感じたのも理由の一つではある。浮気をした父に捨てられて以来、女手一つで私を育ててきた母が、初めて女性としての幸せを掴もうとしていた。

 その時私はもう、できるだけ帰らない方がいいと思った。私に気を遣う事なく、母には幸せになって欲しい。だから生活費も奨学金とアルバイトでほぼやりくりし、できる限り自分の力でやっていこうと決めている。

 ――なんて調子の良い理由をつけながら、結局は彼の側にいたいというのが帰省しない一番の理由だったりもする。

特にお盆や年末年始といった長期休暇は、飲食店にとって一番のかき入れ時だ。彼が大変な時は、できるだけ側にいたい。支えたいとか助けたいというだけではなく、一緒に難局を乗り切る絆のようなものが、私達二人の間にはあったのだ。

 でも――当たり前のように「あった」と過去形で考える自分に気づき、愕然とする。今の私達は、どうなんだろう。今の『フィオーレ』も大きな困難が立ち塞がっているのは間違いないけれど、今まで私達が乗り越えてきたものとはまるで性質が違っているように思える。

 なんとか頑張ろう、踏ん張ろうという私達の想いをあざ笑うかのように、足元からどろどろと深いぬかるみに沈んでいくような嫌な感覚があった。

 以前のようには彼も、私を頼ってはくれない。求めてもくれない。

 いっそ今年のお盆は、実家に帰った方が良かったのだろうか。残ったところで、別に……。

 頭の中で暗い想いをぐるぐると巡らせていると、再びスマホの通知音が鳴った。母からかと思いきや、彼からのメッセージだった。


『聞いて欲しい事がある。今から会いたい』


 一瞬にして目が覚め「いいよ」と返信する。一度脱ぎ散らかした服をもう一度まとい、身支度を始める。リップを塗ろうと鏡を覗き込んだ瞬間、ふと違和感を覚えた。

 ――聞いて欲しい事がある。

 どういう意味だろう。

 浮いた気分が一気に急降下する。わざわざこんな時間に呼び出すなんて、軽い話で済むはずはない。

 もしかしたら、いよいよ彼は私との関係を――そんな最悪の想像ばかりが私の中でどんどん膨らんで大きくなった。

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