宇宙船地球号は、あと何回、まわれるだろうか?

あめはしつつじ

二年後の流れ星

 死ぬ前に一度、宇宙旅行に行ってみたい。

 そんな願いが、叶えられるようになった。




「それじゃあ、おじいちゃん、いってらっしゃい」

「おじいちゃん、お土産、楽しみにしてるね」

「こら、つつじ、そんなこと言うもんじゃないの」

「えー、どうしてー」

 

 可愛い娘と孫娘と、儂は見送られる。

 周囲を見回すと、儂と同じくらいの年の、爺さん婆さんが、家族と別れを惜しんでいる。


「おじいちゃん、これ」

 孫のつつじが、儂に紙袋を渡す。

 中身が詰まっていて、ずしりと思い。

「船内だと、あまり、甘いものが、出ないって言うから」

 娘のみそらが、儂に言う。

 紙袋の中には、ぎっしりと饅頭が詰められていた。

「薄皮で、あんこがぎっしりなんだよ、おじいちゃん」

「ありがとう、つつじ」

 左手で紙袋を、右手で孫娘を抱きしめる。

「それじゃあ、おじいちゃん、行ってくるよ」

 娘を抱きしめる。

 儂は、二人に別れを告げて、搭乗員待合室に向かった。


 搭乗員待合室は、とても静かだった。

 儂には価値が分からないが、高級であることは分かる調度品で、揃えられていた。

 ソファに腰掛けると、柔らかく包み、沈み込む。

 落ち着かない。

 儂は、立ち上がり、ぶらぶらと、待合室の壁際に飾られている、美術品をぼんやりと、眺めていると、

「おう、雨橋んとこの、爺さんじゃねえか」

 儂に話しかけてきたのは、枯野の爺さんだった。

「枯野。そうか、お前も、今年か」

「お鉢を回す、お鉢が回ってきたのさ」

 彼は、人差し指を八の字にくるくると回しながら、そう言って、儂の紙袋を指差した。

「それ、なんだ?」

「饅頭だ」

「葬式饅頭か?」

「おい、枯野」

「俺らは、人身御供だ」

「仕方、ないだろ」

「嫌な時代になったもんだ」

 彼は、言うやいなや、ひょいと、儂の饅頭を一つ取った。

「ここらで、一つ、お茶が怖い。それじゃあ、茶柱、人柱。アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー」

 我が子のため、その赤子のため。

 回る、回るよ、次代に回る。

 生まれ変わって、恵み合う。




 リデュース・リユース・リサイクル。

 完璧な循環型社会が形成された。

 しかし、資源は無限ではない。

 宇宙船地球号は満員だった。

 増える、人の口。ならば、減らす口。

 口減しのための宙流し。

 必要のなくなったクルーに、与えられたのは、地球号に比べ、小さな小さな、小さな小舟。

 必要最低限の、資源と循環システムを搭載し、母船から、宇宙エレベーティングで、引き上げられる。

 衛星軌道上をしばらく周回した後、遠心カタパルトによって、地球と火星との周回軌道に乗る。

 火星を周回する際、地球への資源支援貨物を受け、舟は地球へと帰る。

 質量が大きくなった分、軌道離心率は小さくなる。

 舟は周回軌道から、少し内側に収縮する。

 つまり、地球への落下軌道をとる。

 舟は再利用されるが、荷とクルーは、その形状を問われない。

 地球の循環システムへ、還っていく。

 流れ星として、大気圏で、ちりぢりと。

 

 これを散回帰と呼び、その周期は約二年。

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宇宙船地球号は、あと何回、まわれるだろうか? あめはしつつじ @amehashi_224

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