第3話 この世界の説明!
広い石造りの廊下を、重厚な足音を響かせながら案内役の騎士の後をついていく。
すぐ横では、彼女が――例の美少女が、体を小さくして歩いていた。
その体を包むのは、ふわりとかけられた毛布一枚。
下は……いや、考えるな。今は距離を取ろう。
(ああ……見えないエロって、こういうことを言うのか……)
妄想が暴走しそうになるのを必死に抑えながら歩いていると、俺たちはそれぞれの個室に案内された。
「……普通だな」
部屋は、まるでビジネスホテルのようだった。
ベッド、机、照明、軽く押すと点灯するスイッチまである。
異世界って、もっと土臭いのかと思ってたんだけど……案外ハイテクだな。
「……ふぅ」
ベッドに沈み込み、ひと息つく。
自然と、彼女のことを考えていた。
「……名前、聞きたいな」
胸の奥がじんわりと熱い。
初対面のはずなのに、ずっと昔から知っていたような、不思議な懐かしさがある。
「異世界転生って……いいものなんだな」
前の世界では、こんなふうに心が満たされることなんて一度もなかった。
白黒の世界。
周囲の人間も景色も、すべてがモノクロだったこの目に――
「……そうだ。あの彼女も、“色”があった」
それだけじゃない。召喚の場にいた、あのもう一人の男も“色付き”だった。
(タカノリを除いて、ここに来てから二人も“色”のある人間に出会った)
これは、偶然じゃない。
間違いなく、この世界には何かがある。
それは俺にとって――生きる意味だ。
「……確実に言えるな。俺は、死んで救われたんだ」
込み上げてくる笑いを抑えきれず、思わず独り言を漏らした。
「はは……生きるって、こんなに楽しいことだったんだな」
やるべきことは一つ。
「この世界を、テンプレート通りに進める」
俺は“勇者”。
ならば彼女は“ヒロイン”。
物語に従って動けば、きっと結ばれる――そう信じられる。
◇ ◇ ◇
数時間後、扉をノックする音が響いた。
「やっと来たか……」
ドアを開けると、そこにいたのは眼鏡をかけたスタイルの良い女性騎士だった。
整った制服に細剣を携え、知性を感じさせる雰囲気の女性だ。
「お待たせして申し訳ありません。少々こちらでトラブルがありまして」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとうございます。それでは、こちらへどうぞ」
案内されたのは、大きな本棚に囲まれた図書室のような部屋。
空気は静かで、どこか神聖な雰囲気が漂っていた。
すでにそこには、もうひとりの男が座っていた。
「どうも」
「……」
この人、無口そうだな。
どうやら俺が話す役目になりそうだ。
「私はあなた方二人に、この世界の基礎知識をご説明する役目を預かりました、“タソガレ”と申します。以後、お見知り置きを」
やはり、説明フェーズか。テンプレ通りだな。
「まずはお二方のお名前をお伺いしても?」
「リュウトです」
「……ヒロユキ」
「確認しました」
タソガレさんは何やら特殊な紙に名前を記入し、それを一瞬で燃やす。
メモは青い炎を上げて消滅した。情報処理の魔法だろうか?
……あれ? そういえば――
「すみません、もう一人の方は?」
そう。彼女がいない。
あの――金髪の美女。いや、“美女”なんて言葉じゃとても足りない。
――異次元の美しさ。完璧すぎて、もはや人間じゃないとさえ思えた。
流れるような金色の髪は、光の角度によって虹色に揺れて見えるほど繊細で、
雪のように透き通った肌は、目を逸らすのがもったいないほど滑らかだった。
顔の輪郭、まつげの角度、指の先、唇の形、呼吸のリズム……
その一つひとつが“芸術”を超えていた。
現実に存在すること自体が奇跡。
いや、正直に言おう。
彼女がいないこの部屋の空気は、もはや“色”も“匂い”も“音”さえ失ったように感じる。
それほどまでに、あの金髪の美女の存在は、俺の中で絶対だった。
「彼女は現在、少々手が離せない状況です。ですので、先にお二人をご案内させていただきました」
「……そうですか」
会えないと知っただけで、胸がズキリと痛む。
「では説明に入ります。まず、お二方は“魔法”についてどの程度の知識をお持ちですか?」
「……」
やっぱりヒロユキは無言。
俺が答えるべきだな。
「魔法は、俺たちの世界にはなかった。でも、物語や本での知識ならあります」
「なるほど。では、まず魔法についてご説明しますね」
タソガレさんが本棚に向かって指を動かすと、一冊の本がふわりと浮かび、俺たちの前に開いた。
その瞬間、文字が宙に浮かび上がり、次第に形を成して――
まるで映像のように、立体的な魔法の仕組みを説明し始めた。
「この世界では、魔法は生活の一部です。建物の建築、料理、家具の操作……日常すべてが魔法と共にあります」
「はい」
「というのも、人間には“魔力”というエネルギーが備わっておりまして、それを効率的に扱う術こそが“魔法”です」
「……じゃあ、次は“魔力量の測定”ってところですか?」
「っ……よく分かりましたね」
テンプレだ。ラノベあるある。
「はい、魔力量を見るにはこの“魔皮紙”を使用します」
「魔皮紙?」
「魔物の皮から作られた特殊な紙です。材料の種類、厚さ、魔法陣の構成によって機能が異なり、常に新しい紙が研究・開発されています」
へぇ……その説明は新鮮だな。
条件が多い分、応用も利きそうだ。
「では、どうぞ」
渡された魔皮紙は、手のひらサイズ。
薄く、布のような手触りがある。
俺は軽く意識を集中し、魔力を流すような感覚を送ってみた。
――ボッ。
一瞬で燃え尽きた。だが、まったく熱くない。
どうやらヒロユキも同じ結果だったらしい。
「そ、そんな……魔皮紙が一瞬で……!?」
タソガレさんが驚愕の声を上げる。
「何か、問題でも?」
そう、“とぼける”のがテンプレだ。
「あ、あなた方の魔力量は……この魔皮紙では測れないレベルです! さ、さすが勇者様……!」
「は、はあ……」
「す、すみません。取り乱しました。魔力量は充分ですので、生活には支障はないかと……では、ここからは――」
彼女が言いかけたその時、背後から柔らかくも威厳ある声が響いた。
「ここからは、私から直接お話ししますわ」
部屋の空気が変わった。
「初めまして、勇者様。私はこの国の女王――サクラと申しますわ」
「じょ、女王様!? ど、どうしてこちらに……」
タソガレさんが目を見開いて驚く。
その女性――サクラ女王と名乗った少女の目は、“赤”く輝いていた。
他は無彩色。だが、瞳だけが、強く、鮮やかだった。
(目だけに色がある……これも、“色付き”ってことか?)
「……女王、ですか? では、あの王様は?」
「ええ。先程、私がクーデターで“処理”しましたの。犯人はこの私ですわ」
「!!!?」
何を言ってるんだ、この人……。
「あなた方には、真実をお伝えしますわ」
次の瞬間、部屋が暗くなり、本棚の本が一斉に光を放ち始めた。
魔法の文字が宙に浮かび、モニターのように映像が展開される。
「勇者召喚は、私が生まれるよりずっと昔から繰り返されてきました。回数は記録に残されておりません」
つまり、今回が“初めての勇者召喚”ではないと。
「あなた方の世界では、“魔王”という存在をご存知?」
「いや、存在しない。でも、物語では有名な存在だ」
「私たちも同じですの。魔王は今はもう、伝説の存在ですわ」
「つまり、“兵器”として俺たちを呼んだとか」
「流石ですわ、勇者様」
「女王がクーデターを起こしたって情報で、だいぶ絞れましたから」
当たりだったようで、サクラ女王は微笑んだ。
「私たちは、あなた方に何も求めません。私たちの都合で巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
サクラ女王が頭を下げると、タソガレさんも同じように頭を下げた。
現在の国のトップがここまで頭を下げている。
文句の言いようなんて、ない。
「……頭を上げてください」
この状況、テンプレではない。けれど――
「僕たちは、まだこの世界に来たばかりです。今の段階で正しい判断ができるか分かりません。……だから、これからあなたがどうするのか、この世界で見させてもらいます」
これが、俺なりの“中立”の答えだ。
「ありがとうございます。王宮として、今後のお二人の生活を全力でサポートさせていただきますわ」
「よろしくお願いします」
「タソガレ。この方たちには最低限の生活案内を。そして希望があれば、それに沿うよう手配を」
「はっ、かしこまりました!」
こうして俺たちは、“勇者”として異世界での生活を始めることになった。
だが――
(あの女王。父親を“殺した”のに、あの目は……一切、揺れていなかった)
やっぱり、“色付き”は何かが違う。
それだけは、確信できた。
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