3-5 運命の出逢い

 時が過ぎ、六月になった。私は松山書店の就職試験の会場に来ていた。入社試験は、本社ビルの会議室で行われる予定だった。


 ふと前を見ると、リクルート・スーツ姿の男性が、所在なげに立っていた。

「あの、もしかして就職試験を受けに来た方ですか?」私は思い切って、そう尋ねた。

 男性はくるりと振り返った。細面で眼鏡をかけた、ちょっと格好の良い青年だった。

「ええ、今日、松山書店の入社試験を受けに来たんです。あなたもですか?」

 その言葉に、私は頷いた。

「私も受けるんです。リクルート・スーツだったから、もしかして、と思って……」


 私たちは連れ立って、二階の会議室まで歩いた。試験の緊張がほぐれず、私は息を詰めていたところだったので、青年 ⎯⎯その人の名は「与津さん」と云った ⎯⎯と話すことで、少しリラックスできた。


「じゃ、また後で」

 私たちはそれぞれの席に着き、試験が始まった。思ったよりも難しい試験だった。その日は筆記試験だけで、面接は無かった。

 帰りしな、一緒に試験会場にやって来た与津さんと少し話をした。


「また会えるといいですね、二次試験で」

「僕もそう思うよ。必ず試験に受かって、また会おうね」

「約束ですよ。それまでお別れですね」


 与津さんは右手を差し出した。

「また会えますように」

「二次試験で……」


 私たちはそういって帰路に着いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る