3-4 桜と檜
私は四月の空の下を、カエデさんと歩いていた。カエデさんとは、時々カラオケに行ったり、学食でランチを共にしたりする仲だった。
「カエデさん、就職はどうするの?」
桜並木の桜はすっかり散っており、道路に花びらが残るだけになっていた。
「私、もう一度、樹木医になる勉強をしているの」
カエデさんは嬉しそうに答えた。
「いいね。私、将来『小説家』になりたいんだ。今、編集のバイトで腕を磨いているところなんだ」
「夢があるね。今だったら、小説投稿サイトなんかもあるから、ずっとデビューし易くなったんじゃない?」
「そうなのよ」
私は頷いた。小説投稿サイトというのは、インターネットのホームページのひとつで、小説をネットで発表するものである。
「まだ、書き終わっていないんだけど、そろそろサイトを選ばなくちゃならなくて……」
私がはにかむと、カエデさんが少し真剣な表情になった。
「でも、『小説で生活する』なんて、すごく難しいことなんじゃない?」とカエデさん。
「そうなのよ。だから私、ひとまず就職しようと思っているんだ」
私は辛い想いを抱きながら、そう返答した。
「私、出版社か本屋さんに就職しようと思っているのよ」
「どこの本屋さん?」カエデさんが反応した。
「近くの松山書店なの」
「あの本屋さん、この辺りでは一番大きいよね。販売の方?」
「そうなの。昔から販売の仕事がしたかったしね」
私はそう言うと、すっかり緑色になった桜を見上げた。そして続ける。
「私、少しタイミングが遅いの。この桜みたいに。いつも葉桜になって、見頃を逃してしまうの」
カエデさんが頷いた。
「でもね、いいんだ。いつも『来年がある』って思うの。今年の桜を見逃したって、また次があるって。桜の木はそう簡単には枯れないしね」私は笑いながら、そう言い添えた。
「樹木って、不思議よね。すごく優しい感じがするの。そしてすごく長い時間を生きているんだ」
カエデさんが愛しそうに、桜の木を見てつぶやいた。
「私って、桜の木に似てるのかな?」
私がそうおどけると、意外に真面目な顔でカエデさんが答えた。
「似てるね。華やかなところが……」
「そうかしら」
カエデさんが頷いた。「よく似てる。私は桜よりも檜の方が好きなんだ。桜は見て楽しめる。檜は実用的でいろんな人の役に立つ。私は檜でいたいのよ」
「私は桜ね」
私たちの笑い声が、天高く響いた。それは、青春の一ページであり、私の短大生時代の一番の思い出となった。
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