2-4 編集室での面接試験
「すきです山河市」というフリーペーパーを知ったのは、つい先日のことだ。同じ市内に住んでいて知らなかったのは、購読している新聞が違ったからである。「日売新聞」にだけ折り込まれるフリーペーパーだったのである。
私は、もう一度地図を確認した。場所は山河駅から歩いて十五分の所にあった。商業施設の多いエリアで、よく行くカフェが近くにあった。だから大体の場所は知っていたのだ。
私は「すきです山河編集室」と書かれたドアをゆっくりと開けた。
「あの、ご免下さい」
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
中は事務机が六つ程並べられた殺風景な部屋だった。入り口近くにいた美人の女性がすぐに応対してくれた。
「こんにちは。私、今日バイトの面接に来た『黒崎あんず』と申します」
私がたどたどしくそう告げると、受け付けてくれた女性 ⎯⎯ 後で知ったのだが、その女性は「清水あけみ」さんと云う名だった ⎯⎯ は、にこやかに返答した。
「お待ちしておりました。『すきです山河市』編集室へよくおいで下さいました。こちらへどうぞ」
女性に先導されて、事務所の奥の応接ブースへと案内された。
「今、編集長をお呼びしますね」
「はい。ありがとうございます」
それから程なくして、帽子を被った老年の男性が入室してきた。
「やぁ、君が黒崎君か。大体のところは長山圭子さんから聞いているよ」
「今日は宜しくお願いいたします」私は、ぺこりと頭を下げた。
私は目の前に座った男性から名刺を受け取った。綺麗でシンプルな名刺を見て、私わ思わず名前を口にした。
「高幡編集長さまですね」
「急な連絡の時には、上の携帯にかけてね」
「はい。私、黒崎あんずと申します。今日は、叔母の長山圭子さんの紹介で参りました」
私が一息にそう告げると、高幡編集長は満面の笑みで答えた。
「小論文、良く書けていたよ。なかなか筋がいい」
「ありがとうございます」
私ははにかみながら、そう言うのが精一杯だった。
「本はどんな作家を読むんだい?」
「大山照美先生などを中心に読んでいます」
「割と硬派なんだね、純文学でしょ」
高幡編集長の言葉に、私は頷いた。
「あの小説群に書かれた街が好きなんです。まるで本当に実在しているかのような温かい感じの街が」
私は思っていることを口にした。小説家の大山先生は、自らの住んでいる町をベースに、自分の小説作品の中に架空都市を創り上げていることで有名だった。私もそのファンのひとりで、実在しない街「浦田町」に憧憬の念を覚えていたのである。
それから私は、高幡編集長とフランクな話をし、面接を終えた。緊張していた割に、拍子抜けするような面接だった。その三日後、私は電話で、面接試験の合格を告げられたのだった。
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