世界の敵になりました。

甘栗ののね

第1話

 ボクが悪魔になったのは2026年の冬だった。


「我の試練に耐えられたなら他の者たちは見逃してやろう」


 悪魔が空からやって来た。その悪魔の襲来が地球に眠っていた神々を目覚めさせ、地球はあっという間に神と悪魔の戦場に成り果てた。


「さあ、どうする人間よ。早くせぬと全員」

「ぼ、ボクがやります」


 ボクは悪魔と契約した。悪魔の課す試練に耐えたら友達を見逃してくれると約束した。


「やめろ正斗!」


 ボクには友達がいた。イジメられていたボクを助けてくれた大切な友達だ。


「さあ、人間よ。耐えてみせよ」


 悪魔の課した試練は単純だった。悪魔の力に耐えて自我を保っていられたらボクの勝ちだ。


 ボクは耐えた。頑張って耐え抜いた。


「なかなか面白い。よかろう、見逃してやる」


 ボクは、頑張ったんだ。本当に頑張ったんだ。


「まさ、と……」

「アはは、こンなに、ナッチャッタ……」


 ボクは耐え抜いた。けれど体は耐えられなかった。


 心は人間のままボクの体は悪魔になった。


「やめろ! あいつは友達なんだ! 人間なんだ!」


 友達を助けることができた。ボクはそれで満足だった。


「友達なんだ! やめてくれ!」


 神は容赦なくボクを殺そうとした。ボクが悪魔になったから。醜い悪魔になったから。


 でも、それでもボクを友達と言ってくれる人がいた。


「正斗! 必ず助けてやるから、俺が人間に戻してやるからな!」


 嬉しかった。その言葉だけでボクは本当に、本当に救われたんだ。


 たがら。


「ありがとう。龍斗くん」


 ボクは神に殺された。その後のことはボクは知らない。


 神と悪魔の戦争がどうなったのか、龍斗くんがどうなったか、死んだボクにはわからない。


 ただ、最後まで龍斗くんはボクのことを友達だと言ってくれた。


 ボクの親友。ボクには友達がいたんだ。悪魔になっても友達と言ってくれる友達が。


 あれからどれぐらいの時間が経ったのかわからない。


 ボクは死んだ。でも、ボクの意識はずっとあった。死んだはずなのに天国にも地獄にも行かず、ずっとボクの意識はどこかわからない場所を彷徨っていた。


 時間の感覚はなかった。それはよかったのかもしれない。もし時間の感覚があったらきっと頭がおかしくなっていたかもしれない。せっかく悪魔の試練に耐えたのに、頭がおかしくなったら意味がない。


 時間がどれだけ経ったのか。ボクはいつの間にか眠っていた。


 そんな時、声を聞いた。


「目覚めなさい、悪魔よ」


 それは神の声だった。


「感謝しなさい。要龍斗はやり遂げました」


 神は言った。龍斗くんが約束を果たしたと言った。


「あなたのために要龍斗は我らの使徒として魂が消え去るまで戦い抜きました。我らは要龍斗との約束を果たすため、お前を蘇らせます」


 神は語った。龍斗くんは消えたのだと。


「要龍斗の最後の言葉を伝えます。『気にするな。俺が気にくわなかっただけだ』」


 龍斗くんらしいな、と思った。本当に龍斗くんらしい。


 龍斗くんは本当に自己中だった。ボクをいじめから助けた理由も、自分の近くにいじめなんてクソみたいな物があるのが気にくわないから、という理由だった。


 きっと、今回も気にくわなかったのだろう。龍斗くんはボクが死んだのが気にくわなかったのだ。


 本当に龍斗くんらしい。


 本当に。


「契約に従い、お前を生き返します。本当に不本意ですが」


 龍斗くんはどうなりましたか。


「消えました。この世界から完全に」


 どうして、ボクを生き返そうなんて、そんな約束をしたんですか。


「自分のために命を張った奴が不幸になるのが気にくわないから、と」


 本当に龍斗くんらしい。本当に、本当に、馬鹿だ。


「さあ、目覚めなさい。悪魔よ」


 こうしてボクは目覚めた。友達に助けられて、蘇った。


 ボクが目覚めたのは2026年の冬だった。クリスマスマスを迎えるための電飾が街を彩っていた。

 

 十五歳。中学三年生。高校受験真っ最中にボクは目覚めたのだ。


 世界は何事もなかったかのように日常を過ごしていた。神と悪魔の戦争なんか存在しなかったかのように、普通の生活がそこにあった。


「……龍斗、くん」


 世界はボクの知っている世界で、ボクの知らない世界だった。

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世界の敵になりました。 甘栗ののね @nononem

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