第2話

ダンジョンから出た時にはすでに日が沈みかけている時間だった。

 疲労で重くなった足を引きずりながら冒険者ギルドに入ると、ギルド内には4~5人の集まりが3つ点在していた。          


 各々が見たこともない服装をしていたり、奇怪な道具を持っていたりするが、共通するのは物々しくて近寄りがたいという事だ。

 この町の冒険者は他の町と比較して死にやすく、パーティーの数も少ないという。得られるドロップ品に対して魔物が強いというのが理由のようだが、今日の戦闘を思い返すとせば、危惧するほどでもないと感じた。

 この話を知った上で俺がここで冒険者を始めたのは、単純に隣街に渡る金すら無いためだ。

 

 鑑定のカウンターへと進んだ。


「これの鑑定をお願いします」


 赤い石の指輪に、黄と赤の液体が入った瓶を机の上に置く。

 鑑定のカウンターには初めて来たが、職員は壮年の男性職員で、細身だ。


「ええ、承ります」


 職員はぶつぶつと何かをつぶやくと、手を品々の上にかざした。


「こちらのアイテムは【ステータスの指輪】といい、自身の能力を数値化することができます。」

「そう、ですか...?」


 正直、今の説明を何一つ理解できなかった。


「そうですね、使用する機会があればよくわかると思います。それからこちらが傷を即座に治癒するポーションで、こちらが病を治すポーションです」

「傷を治癒ですか...ところで、これらはいくらで売れるでしょうか?」

「こちらの【ステータスの指輪】が銅貨5枚、回復のポーションが銀貨1枚、病を治すポーションが銀貨5枚になります」

「うそだろぉ!?」


 あまりにもあまりな価格設定に、声を出さずにはいられなかった。

 先日まで俺が働いていた日雇いの仕事では、相場として銅貨4枚ほどが最低基準であり、どれだけ良い仕事でも銀貨1枚を超えることは無い。


「おや、どうされました...?」


 職員は、怪訝そうな表情を浮かべた。


「いえ、想像していたよりもずっと良い値段が付いたものなので」

「なるほど、そういう事でしたか」


職員は、何やら得心がいったようだ。


「もしかして、今日が初めてのダンジョンでしたか?」

「ええ、そうです」

「それはそれは、今日はおめでたい日ですねぇ」

「確かに、そうかもしれませんね......」


 確かにこれだけ稼ぐことができたし、今日くらいは奮発して酒場にでも行っていいかもしれない。疲れを無視すればの話だが。


「あまりピンと来てないようですね。実は、冒険者の一番の死因と言えば、最初のダンジョン探索なんですよ」

「そうなんですか?」


 俺は、今日の手ごたえからして、けがは負っても死ぬことは無いと感じていた。


「ええ、新米の冒険者は大抵がソロですし、戦い慣れていない方も多いですからね。だから今日を生き抜いたという事は、祝福されるべきことなんですよ」

「それもそうですね、ありがとうございます」

「ああ、それから【ステータスの指輪】と回復のポーションは売らずにとっておくことをお勧めしますよ」


 確かに、回復のポーションというものが想像通りの物なら、ダンジョンでは必須だろう。それに病のポーションを売った金だけで稼ぎは十分だ。


「では、そのようにします」





 この日、俺は初めて一人部屋に泊まった。汚くて狭い部屋だが、それでも一晩で銅貨5枚はする。

 この町に来てからずっと5人での共同で部屋に泊まっていた。その全員が日雇い労働者で、常に自分以外の人間の悪臭に悩まされ続けてきたが、今日でそれも終わりだ。

 ギルドの職員に聞いた話では、冒険者としての収入は不安定のようだ。

 職員は「今日が初めての新人として、あなたはとても優秀な成果を上げている」と付け加えたうえで、今日のような成果が毎日上がるとは絶対に考えてはいけないとも語っていた。


 ふと、荷物の袋から【ステータスの指輪】を取り出してみた。右手の中指にはめると、体の中の何かが指輪に吸い取られた感覚があった。



ザク lv21


力3

防5

魔力5


技能:

特性:死人の相





 


 次の日、俺はダンジョンへ向かう事を予定していたが、想像以上に疲労がたまっていたようで、寝台から起き上がることができなかった。


(戦闘自体はあまりしていないはずなのに......)

 結局その日は1日中寝たのち、ダンジョンに向かったのはまた次の日だった。





 ダンジョンに向かう道すがら、今までの日雇い生活を思い出していた。

 日雇いの仕事で生活するのは、とても苦しいことだった。

 終わりの見えない労働の日々は思考を停止させ、時間を奪い忘れさせた。

 狭窄した視野の中に見た、富める商人とその息子と妻......。


 冒険者を続ければ、確かに前よりはマシな生活ができる。しかし、そこに命をかける価値はあるのか?

 今はまだ信じられなくてもいい。疑わず、ただできる事だけをやればいい。

 一度疑ってしまえば、足がすくんでしまいそうな気がした。





 先日と同じように衛兵にダンジョンへ入れてもらうと、昨日ゴブリンを殺した小部屋に入った。

 そこには前回と同じで、丸腰のゴブリンが1匹立っている。ただし、気のせいかもしれないが、昨日戦ったゴブリンよりも少し筋肉質だと感じた。

 俺は今朝、槍に手を少し加えている。槍の先端に自分の顔と同じくらいの大きさの岩を結び付けたことだ。俺の槍を扱う技術が未熟なら、振り回す武器にしてしまえば良いと考えた。


「うおぉー!」


 全力で石槌を振り下ろすが、簡単によけられてしまう。石を取り付けた時は破壊力が増して良いと思っていたが、実践ではスキが大きすぎるか。

 咄嗟に手を放すとゴブリンと反対の方向へ走り、荷物から石を取り出した。この石もゴブリン対策で持ってきていたものだ。

 少しずつ近づきながら石を投擲する。

 床の石槌を取ろうとしていたゴブリンは、意識外からの石に気づくことができなかったようだ。

 石がぶつかったゴブリンは鳴き声をあげながら後退する。


 急いで槍から石を取り外すと、次の作戦を考える。

 石は命中したものの、ゴブリンがけがを負った様子はなく、決定打にはなりえないと思われた。


(足を狙うか?いや、槍の長さを考えればかなり近づく必要があるな......)



 とりあえず様子見として石を一つずつ投げ込んでいく。

 ゴブリンは、この決して良好とは言えない視界の中でも、投擲された石を避けてくる。


 2,3個ほど岩を投げ、そのすべてが避けられた時、急にゴブリンはこちらに突っ込んできた。その表情からは明確に焦りが感じられる。

 相手が突っ込んでくるのに合わせて槍を突き出すと、ゴブリンは槍を手で弾くように逸らそうとしたが、結果的に胸に浅くない創傷を生むことになった。

 苦悶の表情で迫りくるゴブリンの力は想像以上で、俺は地面に突き倒される形になった。


 「ガァァー!」


 唾をまき散らしながら目と鼻の先で叫ぶゴブリンは、俺の両腕を強く拘束している。必死の抵抗を試みたが、力の差があるのか全く歯が立たなかった。

 意を決し、歯を食いしばりながらゴブリンに全力の頭突きを見舞った。視界が揺れ、ゴブリンの絶叫が脳の奥で繰り返し響いた。

 腕の拘束が緩むと、俺は好機とばかりに右腕を振りほどき、ゴブリンの首を強く握り、絞めあげた。


 勝利を確信しかけた時、俺の腹に激痛が走った。ゴブリンにみぞおちを殴られた、と少し遅れて理解する。

 次に頭に焼けるような痛みが続いた。ゴブリンが、俺の髪を掴んでいるようだった。

 初めのうち、髪を掴む手に爪を立てて抵抗したが、やがて抵抗する気力を失った。


 ゴブリンは口に鋭く生えそろった牙を剥く。

 ゴブリンの口腔内が視界を埋め尽くす頃、俺は再び無我夢中でもがいていた。腕をバタバタと動かし全力で叫ぶが、全て無意味で、抵抗する力もだんだんと失われていった。


 喉をつんざく衝撃と共に、猛烈な圧迫感と熱。息ができない...大切な物を取りこぼしたような喪失感。


「たすけ......」


 俺は意識を手放した。

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骨然変異 @takoyade

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