骨然変異
@takoyade
第1話
記憶が心にいくつも浮かぶ。
スケルトンとして薄暗い洞窟のような場所を歩き続けたことを。
そしてその洞窟で時折見かけた、生者が妬ましかったことを。
そんな自分は、今や人として生きることに何の違和感も抱いていない。
あの薄暗い洞窟......ダンジョンと呼ばれている場所から、この町までたどり着いたのは一年前の事だ。
自分が長い間過ごしていたダンジョンは、人間の間では富を吐き出す場所として知られていた。
今日まで日雇いの仕事で食いつないでいたが...明日からはまた違う仕事を始めることになる。
次の日、俺は冒険者ギルドに居た。
冒険者ギルドとは、この町の近くのダンジョンを管理する組織であると同時に、俺の収入の源でもある。
俺が冒険者ギルドに加入することに決めたのは、傭兵ギルド等とは違い、加入条件として実力が求められないからだ。傭兵ギルドでは試験を突破しなければならないが、冒険者ギルドは「魔力があれば」誰でも加入できる。
「おはようございます、ザクさん」
カウンターの奥から呼びかけてきたのは、イレーナという女性で、「ザク」とは、冒険者登録をする時、思い付きでつけた名前だ。
「おはようございます。今日はダンジョンに行ってみようと思います」
ダンジョンに入るためには、冒険者ギルドに登録しなければいけないのだが、そのうえで、ダンジョンに入ることを事前に申告しなければならない。
「分かりました。何日もぐられますか?」
「今日中に戻ってくることにします」
ダンジョン呼ばれる洞窟は、地下にいくつもの階層があり、実力者は何泊もダンジョンで泊まりながら下層へ進むのだという。
「分かりました。では、お気をつけて」
ダンジョンの入り口に居る衛兵に冒険者カードを見せれば、ダンジョンに入ることができた。
ダンジョンの内部は暗くて前が見えづらいので、「蛍石」を取り出す。この石はダンジョン内でのみ、辺りを明るく照らすもので、ギルドで安く売られている。
蛍石の明かりは、松明の明かりよりも少し明るいといった程度で、頭に結び付ければ、少なくとも前方の視界は良好だ。
「じめじめして...暗いな...道に迷ったらどうしようか......」
カビのような匂いと共に、湿気が波のように肌を撫でる。
歩き始めて10分か、あるいはそれ以上かの時間が流れた時、道の先に小部屋が見つかった。
ダンジョンの通路に点在する小部屋には、必ず「魔物」と呼ばれるモンスターがいる。
俺は小部屋に入る前に、荷物を通路に置く。そして短槍を両手で構えた。
この短槍は俺の足元から腰までの長さで、冒険者ギルドで安く借りられる得物だ。
「すぅー、はぁー」
深呼吸を1つすると、ゆっくりと小部屋に足を踏み入れる。
小部屋の中に光が入ると、現れたのはゴブリンと呼ばれるモンスターが1体だった。そのゴブリンは、蛍石が眩しいらしく、目を手で覆っている。
「今だ!」
好機だ、と全力でゴブリンに向かって走り、槍の先をゴブリンに向けたまま突進した。
ゴブリンは手で目を覆っていたが、近づくにつれて、指の隙間からこちらを見ていることが察せられた。
ゴブリンが左に避けると、俺は追うのをやめて向かい合った。
ゴブリンは丸腰で、背は俺より頭一つ小さかった。遠目には人の子のように見えるが、手足の長さがアンバランスで、顔は醜悪だった。
俺は槍を持つ手を滑らせて、できるだけ遠くに届くように調整してから、ゴブリンへと突き出した。
ゴブリンはたやすくそれを手でつかみ取ると、棒を引っ張りあうような構図になった。
俺の頭は昂り、視界は揺れ、体中が沸騰しているように感じられた。
まとまらない思考の中で槍を放すと、よろめいているゴブリンの腹を全力で蹴りつけた。
助走をつけつつ跳躍すると、地面に転がるゴブリンを両足で踏みつけた。
「ウガァーーーーーー!!」
ゴブリンは痛みに悶絶し、うずくまっている。
私は地面に転がる短槍を拾い上げると、慎重に狙いをつけ、首に槍を差し込んだ。
人間として初めての戦闘を終えて、俺は倦怠感で動けなくなっていた。常に張りつめていたはずの緊張は、もはや遠いところにあり、代わりに重くなった体が言う事をきこうとしない。
もう今日はダンジョンから出ようか等と考えていた時、部屋の真ん中にこげ茶色の木箱が現れた。
「これがドロップ品か...」
イレーナさんに聞いた話だが、小部屋の魔物を全て倒すことで、ドロップ品と呼ばれる宝箱が現れるようだ。中身は様々で、傷を癒す魔法の薬や魔法の武器、魔法の宝など...とりあえず、俺の収入はこのドロップ品にかかっているという事なのだ。
こげ茶色の木箱の蓋を外すと、中に入っていたのは指輪だった。その指輪は、銀の金属でできており、赤く、こじんまりとした石がはまっている。
「綺麗な指輪だな」
イレーナさんからは、ダンジョンのドロップ品はギルドなどの施設や魔道具で鑑定されるまで使用してはならない規則になっていると聞いた。
必ずしもドロップ品が有益な効力を持っているとは限らないからだという。
俺は通路に置いていた袋に指輪を入れると、小部屋のさらに奥へと足を進めた。
疲れがあったが、指輪が本当に金になるのかがわからない以上、無理を押してでも保険としてもう1つはドロップ品を得ておきたいと思った。
次の小部屋にはスケルトンが1体居た。
かつて、自分は確かにスケルトンだったはずだが、もうそれは今朝に見た夢であったかのように、あいまいな記憶になっていた。
スケルトンに向かって走ると、体をひねりながら槍で殴った。しかし、スケルトンには何の効果もなく、かえってこちらの手がしびれた。
スケルトンは動きが遅く、捕まることは無いだろうが、こちらも槍で殴るだけでは効果が薄いように思われた。
スケルトンに捕まらないように走り続けながら、数度にわたって槍で殴ってみたが、やはりこの槍では敵わないようだった。
「はぁ、はぁ、はぁ......」
気づいたら、体力が限界に近づいてきていた。
「ここは、一旦退こう」
俺は一つ前の小部屋に戻ると、作戦を考え始めた。
まずこの短槍の攻撃では重みにかけると感じた。槍自体のリーチが比較的短いため、遠心力を乗せても押し倒すことも敵わないだろう。
「やっぱり今日のところは帰って休むべきか...?」
そう思って振り返った時、床に転がっているゴブリンの亡骸が見えた。
俺は、次の瞬間にはゴブリンの解体を始めていた。両手を血で濡らし、槍の先を何度も振り下ろし、気が遠くなるような時間をかけてゴブリンの頭を動体から切り離すことに成功した。
今もとめどなく血が溢れるゴブリンの首を、出血したときのために持ってきていた布で槍に縛り付ける。
「できた...」
手で握ってみると、想像以上の重みがある。振れば体ごと持っていかれそうだ。
濃密な血の香りがあたりに漂い、吐き気を催したが、何とか飲み込んだ。
スケルトンの小部屋に戻ってきたときには、手元の槍はまともに振れそうな程度には軽くなっていた。
スケルトンは自分とは違う方向を向いており、絶好のチャンスだった。
ある程度の距離までは静かに近寄り、その後全速でスケルトンに肉薄すると、重くなった槍をスケルトンの頸椎付近へと頭上から振り下ろした。
「ぱきっ」
衝撃でよろめいたスケルトンをもう一度殴ると、確かな鈍い手ごたえと共に頭蓋骨が地面に転がり落ちた。
冒険者ギルドで閲覧できる魔物の情報では、スケルトン等の人骨系の魔物は頭部を破壊されない限り復活し続けるという。
「イレーナさんに魔物の情報を予習しておくよう言われなかったらどうなっていたことか...」
カタカタと震える頭蓋骨を叩き潰すと、何か、自分が一段階成長したという実感があった。
「さすがに今日はこれで終わりにしよう」
ゴブリンの頭部を槍から外し、荷物を背負うと、部屋の真ん中に金属の縁で装飾された宝箱を見つけた。
期待に心を躍らせながら蓋を開くと、そこに入って居たのは黄色い液体の詰まった小瓶と、赤色の液体が詰まった小瓶だった。
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