チはチでミに巡る

 夏休みの半ば山のお社のほうりの兄妹はお寺に預けられ、そこで過ごしていた。

 来年高校生の銀嶺ぎんれいは掃除や台所での手伝いなどを行っていた。

 お寺での居候としての仕事であり修行の一環でもある。

 妹の実子みのりこは小学生になったばかりなので、掃除のお手伝いをしたり、勉強をしていた。

 夕飯の支度に取り掛かる前の時間に居間にいた実子は銀嶺に話し掛けた。


「銀にー、宿題終わった?」

「……歴史だけが終わってない」


 話し掛けられた銀嶺は渋い顔をして実子に返答した。

 それを聞いた実子はきょとんとした顔をしたあと小学生になったばかりとは思えない様な淡々とした口調で話しだした。


「そうなの?じゃあ手伝うよ」

「……済まないが頼む」

「じゃあ――」


 実子の言葉は幼い子供が自分自身もやりたいと手伝いたいとせがむ幼稚でも向上心強い言葉ではなく自身に力がある状態を自覚して発した言葉のようだった。

 その証拠に低学年の実子は銀嶺が差し出した中学の単元である歴史のドリルを顔色変えずにスラスラと読み銀嶺にヒントを言ってスムーズに宿題を進めていったのだった。


「ありがとう。本当にミコはすごいな……こんなに物知りで、いやわかってはいるんだけど」


 宿題を実子に手伝ってもらい終わらせた銀嶺は謝辞を述べ感嘆した。


「別に僕…いや私は知っていることしか答えられないけどね、昔培ったモノなら漢字も書けるが今の体では長い文を書こうとすると腕が辛くなるので誰かに書いてもらわないといけないんだよね」


 実子は謙遜でもなんでもなく本心からその様に思っているようだった。根幹はなかなかストックな自分自身に厳しいことが窺える。


「僕に出来ることならなるべくミコに協力するよ」

「それは頼りにしてるよ」


 実子に対して銀嶺はそう言い、何かあったら言ってくれと返事をした。


「歴史を見ると私達は何者なのか、どの様な場所から来て場所に存在するのか、場合によって何が起こった時どうすれば良いのか考えるための土台が手に入るから勉強はしておくべきだと僕は言っておこう」

「そ、そうか……」


 実子は銀嶺にかく語る。

 すると作務衣姿の二人の父親より歳は若いが老けた見た目の坊主頭のお坊さんがやってきた。

 苦労性な雰囲気漂わせる僧侶はこの寺の住職である姫川隆晶りゅうしょうである。

 夕飯の時間になったようで二人を呼びに来たようだ。


「実子ちゃんほんとに凄いこと言ってるけど当主の言う通りなんだな……」

「和尚」

「後でお経とか書物見てみるかい?」

「良いの?」

「と、その前に夕飯だな。峰晶も帰ってきたから夕飯にするぞ」


 峰晶は隆晶の一人息子でありこの寺の跡継ぎで現在高校生である。

 隆晶の妻は既に病気で先立っており銀嶺達が預けられてない時は寺には二人で暮らしている。

 部活から帰ってきたのだろう、因みに通っている高校から山までもかなりの距離なので麓集落からバスでもかなり時間がかかる。


「はーい」

「僕も手伝います!」


 実子と銀嶺は返事をして銀嶺はすぐに台所へ向かうのを見届けた後、隆晶が実子に対し口を開いた。

 

「しかしまあ、実子ちゃんの中身は本当に違うんだね……銀流の言ってた通りだ」

「まぁ、別にそこまで隠してないけど」


 隆晶のしみじみとした言葉に実子はそっけなくならない程度に返す。


「銀嶺くんに対して諭してたね、そしてソレを素直に受け入れてる銀嶺くんも凄いけど」

「…銀にーが6年生の頃から勉強見てるの僕だからね」

「えぇ……」

「受験勉強も英語以外は助けてるよ」

「……銀嶺くん今年受験だったね。そろそろ行こうか」

「はーい」


 隆晶と実子はゆっくりと食堂スペースへ移動を始めた。

 

 

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