第16話

 月曜日。

 私は始業時刻を待ちわびてゴブリンの家へ行った。

 2日間も休みが入ってしまって、家の状態が心配だった。

 どうなってるだろう?

 全体の3分の2も片付けたのに、また元に戻っちゃってるかしら。


 急いで家に入ろうとして、おや、と思った。

 聞いたことのない音がする。

 パタン、パタン、パタン、パタン……

 規則正しい音が繰り返されている。


 家の中はあまり散らかっていなかった。

 少しは物が出しっぱなしになっていたけれど、食べかすはなかったし、汚れた食器や鍋もひとまとめにして部屋の隅に置いてあった。

 なにより、中に入ったとたん、部屋が暖かかった。

 かまどに煙突が取り付けられて、火が燃えていた。


 パタン、パタン、パタン……

 規則正しい音が響き続ける。

 部屋の真ん中の機織はたおり機で、ママゴブリンが一心不乱に布を織っていた。

 その足元に蓋付きの木箱があって、いろいろな色の糸の束がのぞいていた。

 機織りに必要な材料や道具の箱が見つかったんだ。

 かまども復元されているし、どうやら自分たちで片付けを進めていたらしい。

 証拠に、部屋の3ブロックに残っていたゴミの山は、1ブロック半くらいまで減っていた。

 おかげで家の中がかなり広く感じられる。


 そうか~。

 休みの間も自分たちで頑張ったんだね。

 偉いなぁ。

 感激しながらゴブリンたちを見回して、あれ、と思った。

 部屋の中にはママゴブリンの他に、大きいお兄ちゃんと大きいお姉ちゃんとチビちゃんがいたけれど、誰とも視線が合わなかった。

 私が家に入っても、みんな私を見ようともしない。


 ママは機織りに夢中。

 大きいお兄ちゃんは壁により掛かって座って、発掘された本を読んでいた。

 ゴブリンは字や本も読めたんだね。

 大きい姉ちゃんは鏡を壁に立てかけ、くしと花が咲いた木の枝で、ママのように自分の髪をまとめようとしている。

 チビちゃんは床の上に短い木の枝をブロックのように並べて遊んでる。

 みんな自分のやりたいことをやっていて、片付けを始めようとする人がいない。

 みんな、どうしちゃったの?

 えぇと……小さいお兄ちゃんやお姉ちゃんもいないし、パパゴブリンもいないけど、どこに行ったんだろう?


 私がとまどっていると、入り口の布が動いて、外からパパが入ってきた。

 私を見て驚いた顔をする。

 あ、そうか。

 ゴブリンに週末なんてものはわからないから、私が急に手伝いに来なくなったと思ったんだね。


 7日のうちの2日間が休みになることを、どう説明しようか悩んでいたら、パパが近づいてきて何かを言った。

 もちろん意味は全然わからないんだけど、パパは手を振り、持っていたかごの中身を見せて話し続ける。

 そんなこんなを考え合わせるうちに、私にもパパが言いたいことがわかってきた。


 パパは籠の中に木の実や草の実、草の葉などを採ってきていた。

 大きな葉っぱに包んだ魚まで入っている。

 かまどを復元したから、料理して食べる材料を集めに行っていたんだろう。


 パパはさらに部屋に残ったゴミの山を示して、得意そうな表情をした。

「自分たちでこれだけ片付けたんですよ。すごいでしょう。自分たちでもできたんですよ」

 そう言っているようだった。

 ちりっと私の胸が不安でうずいた。

 部屋からいらない物を出して床を広くして、それで満足していることが感じられたから。


 違うんだ。

 片付けや断捨離というと、物を分別してどんどん捨てることだと思っている人は多いし、捨てて部屋が広くなると、それで片付けは完了したと満足する人も多いんだけど。

 本当は片付けの作業はそこまでで、まだ半分。

 その後の散らからない仕組しくみ作りをしっかりやらないと、部屋はじきにまた元に戻っちゃうんだ──。


 実際、ゴミはまだ1ブロック半残っているのに、誰も片付けようとしなかった。

 部屋が広くなったから、このくらいでもう充分、と思っているんだ。

 でも、部屋にゴミが残っていると、部屋の中にゴミを捨てるのに抵抗を感じないから、ゴミはまた急速に増えていくだろう。

 せっかくこれだけ片付けた家の中が、またゴミだらけの汚部屋に戻る様子が見えるようで、私は悲しくなった。

「もうちょっと頑張ろうよ」

「ゴミを全部捨てて家の中を整えたら、今とは比べものにならないくらい暮らしやすくなるよ」

 そう言ってみたけれど、やっぱり私のことばは通じない。


 残ったゴミの山にキノコが生えていた。

 作りもののような真っ赤な色のキノコ。

 あれ、きっと毒キノコだろうな。

「あんなのが生えてくるんだから、せめてゴミだけでも全部片付けよう」

 喉元までこみ上げてきたことばを呑み込む。

 私のことばはわかってもらえないし、そもそも雇用された側が雇用主にそんなことは言えない。

「ヘルパーの仕事はもうけっこうです」と言われたら、それに従うしかないから。


 ピポーン。

 エプロンのポケットで携帯が鳴った。

 画面に並んだ文字は──



『契約終了希望』

 依頼主が契約終了を希望しています。


 契約を終了しますか?

『はい / いいえ』


【注意】依頼主による一方的な契約解除です。不当解雇にあたる可能性があるため、労働相談窓口を利用することができます。連絡先は…



 不当解雇の労働相談って──。


 私は胸が詰まった。

 ゴブリン相手に弁護士を雇って裁判を起こそうって?

 そんなこと、ゴブリンたちにはわからないよね。

 それに、「ヘルパーと一緒に片付けを続けなさい」って誰かに命令されたって、無理矢理やらされた片付けじゃ、本当の片付けにならないよね。

 家を綺麗にしておくのって、そこで暮らす人たちの気持ちが何より大事なんだもの……。


 私はため息をついた。

 本人たちに片付ける気持ちがなくなってしまったのなら、仕方ない。

 私の仕事はここまでだわ。

 本当に、最後まで手伝ってあげたかったけど、どうしようもないよね。

 最初の依頼だったかんざしは見つけてあげられたんだから、それだけでも良かったよね。

 そんなふうに自分を説得して「契約を終了しますか?」の質問に「はい」を押そうとする。


 そのとき。

 急に機織りの音が止まって、ママゴブリンが金切り声を上げた。

 機織りの道具を放り出して走って行く。

 その先にチビちゃんが倒れていた──。


(つづく)

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