第14話

 翌朝、私は段ボール箱を抱えてゴブリンの家に行った。

 箱の中に入っているのは、前日の夕方ホームセンターに駆け込んで買い占めてきたハーブ苗のポット。

 ハーブの種類は「ミント」。

 そう。前日私がゴブリンの森から持ち帰った葉っぱは、私の世界に来たとたん、ミントの葉に変わったのだ。


 案の定、ゴブリンの森に来たら、段ボール箱は木箱に変わったし、ミントの苗も葉っぱの形が変わってしまった。

 でも、香りだけは変わらない。

 ミントに香りが似ていて、形が違うから、こっちの世界のはミントモドキと呼ぼうか。

 さあ、ミントモドキを使って実験だわ。


 前日、私が挨拶もしないで帰っていったから、ゴブリンたちはほっとした顔で私を出迎えてくれた。

 前日片付けたところにまた物が散らかっていたけれど、今日はそれもどうでも良かった。

 さっさと分別してゴミを家の外に放り出すと、スライムが来るのを待った。


 ほどなく、森の奥からスライムが現れた。

 朝になってゴミが出てくるのを待ち構えていたんだろう。

 後から後からぞろぞろやってくる。

 目も鼻も口もない、半透明の巨大ナメクジの大群。

 やっぱり気持ち悪いぃ……!


 でも、私は思いきって家の外に出た。

 家の前に置いてあったミントモドキの箱をスライムのほうへ押す。

 ズズズズ……

 すると、スライムが体にさざ波を立て始めた。

 近づいてくる箱から逃げるように、震えながら後ずさっていく。


 さらに箱を押すと、スライムはますます後退していった。

 私はゴミの山のそばに箱を置いて家に戻った。

 スライムの様子を観察。

 スライムは距離を置いたまま、いつまでたってもゴミに近づかない。


 やっぱり!

 スライムはミントモドキの香りが苦手なんだ。

 モグラやコウモリの忌避剤きひざいがあるように、ミントモドキはスライムの忌避剤になるのね。

 そうとわかれば!


「まだ片付けを始めないんですか?」って顔をしているゴブリンたちに、私は身振り手振りで伝えて、苗を家の周りに植えていった。

 家に入り込まないように、ゴミの山と家の入り口の間には、一列になるように念入りに植えた。

 あ、しまった。苗が足りなくなっちゃった。

 もう少し苗があれば、家がある木の根の周りをぐるっと囲めたのに。


 その頃には、ゴブリンたちも私が何をやっているのか理解してくれていた。

 なにしろ、ミントモドキを植えている私たちには、スライムが絶対近づいてこなかったから。

 お姉ちゃんゴブリンがリーダーに何かをいい、リーダーがトンガリ君に何かを伝えた。

 トンガリ君は木箱を抱えてお姉ちゃんと一緒に出かけていって、じきに戻ってきた。

 箱の中には立派に育ったミントモドキが何株も入っていた。


 ああ、お姉ちゃんゴブリンの趣味は木の実や木の葉集めだったね。

 ミントモドキが生えている場所も知っていたんだ。

 お姉ちゃん、ありがとう!


 ミントモドキの植え付けに一時間半くらいかかってしまったけれど、それが終わってからの片付け作業は、今まで以上にはかどった。

 ゴミをミントモドキのラインの外側に捨てるようにしたから。

 スライムはすぐゴミを食べに来るけれど、ミントモドキを超えてこちら側には来ない。

 安心して片付けられるようになったし、大物を一時的に家の外に出して、片付けが終わってから戻す、なんてこともできるようになった。

 ああ、やりやすい!


 4番目のブロックから発掘されたのは、木製の機織はたおり機だった。

 ゴブリンは布もれるんだ、と私は感心してしまった。

 そうか、彼らが着ている服も自分たちで布から作ったものだったんだね。

 機織り機がゴミに埋もれてしまって、布が織れなくなって、服も新調できなくなったんだ。


 まだ布を織るための糸や道具は見つかっていなかったけれど、姿を現した機織り機を、リーダーが愛おしそうにでていた。

「早くこれで布を織りたい」

 そう考えているのがわかった。

 この頃には、私もこの家のゴブリンたちの関係を理解していた。

 私がリーダーと呼んでいたこのゴブリンは……


「キキー!!」

 トンガリ君が大声を上げた。

 歓声だ。

 物の中から拾い上げた物を手に飛び上がっている。

 それは先端に丸い白い石がついた10センチくらいの木の棒だった。

 頭上に掲げて踊り回っている。

 捜し物がついに見つかったんだ。


 トンガリ君はすぐにリーダーの元へ駆けていくと、石がついた棒を差し出した。

 リーダーはうなずき、太い腕で自分の長い髪をかき上げた。

 その髪をくるりと頭の上で丸めると、トンガリ君に背を向ける。

 トンガリ君が丸めた髪に棒を刺す。

 捜し物はかんざしだった。

 リーダーが照れたように振り返り、また後ろを向いた。

 かんざしを刺した髪を見せて「どう、似合う?」と言うように──。


 そう、リーダーのゴブリンは体が一番大きかったけれど、男ではなく女だった。

 そして、トンガリ君はその夫。

 かんざしはきっと私たちで言う結婚指輪か婚約指輪みたいなものだったんだろう。

 だから、ゴミだらけの家の中で見つからなくなって、必死で探していたんだ。


 家にいた他のゴブリンは、二人の子どもたち。

 好奇心旺盛だったのは一番年上のお兄ちゃん、目立たないけれど髪が長くておとなしいお姉ちゃんがいて、その下に、石集めが好きな小さいお兄ちゃんと、木の実や木の葉が好きな小さなお姉ちゃんがいて、一番下がチビちゃん。

 チビちゃんは女の子らしい。


 つまり、この家はママゴブリンとパパゴブリンの夫婦と、5人の子どもたちからなる、ゴブリンファミリーの住まいだったというわけ。

 森にスライムがいるせいと、大勢の子どもたちに手がかかるせいで、家の片付けまで手が回らなくて、家の中がとんでもないことになってしまったんだろう。

 その状況はよくわかるわ。

 うちも子どもたちが小さかった頃は、家の中がすごい状態だったもの……。


 トンガリ君、いや、パパゴブリンが私の前で胸を叩いてぺこぺこ頭を下げた。

 うん、感謝してくれてるんだね。

 かんざしはとても大切な物だったんだろう。

 ママは見つからなくてあきらめかけていたけれど、パパはあきらめなかった。

 異世界からヘルパーまで呼んで探して、とうとう見つけたんだ。


 そう、捜し物は見つかった。

 そして、私の労働契約は「捜し物が見つかるまで」。

 私の契約期間は終了してしまった。


 私はどうなるんだろう?

 この家は?

 片付けはやっと4ブロック目が終わるところで、あと5ブロックも残っているのに。

 とびきりの笑顔で感謝してくれるパパを見ながら、私は複雑な気持ちでいた──。


(つづく)

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