第13話

 その日の夕方、ゴミを食べ尽くしたスライムは1匹残らず森の奥に戻っていった。

 ゴブリンたちは家の前にスライムがいても平気だったけれど、私はスライムがまた侵入するのが怖くて、作業効率がかなり落ちてしまった。

 本当なら4つ目のブロックも片付きそうだったのに、終業時間が来ても、まだ物が残っている。

 それもこれもスライムのせいだわ!

 私は心の中で腹を立てながら家の外に出た。

 もちろん、周囲にスライムがいないことをしっかり確認してから──。


 家の前に山になっていたゴミは、本当に、見事なまでに消えていた。

 食べかすはもちろんのこと、木の枝、板きれ、壊れた箱、ぼろ布、何でもかんでも食べていったんだ。

 割れた皿やびて曲がった鉄釘までなくなっていたのには驚いた。

 スライムって陶器や金属も食べるんだぁ。


 私は夕暮れの中のゴブリンの家を振り返った。

 巨大な木の下に、木の根に守られるように作られた家。

 スライムは何でも溶かして食べるけど、生えている草や木や地面そのものは溶かさない。

 おそらく、生きているものと石や土は食べられないんだ。

 だからゴブリンたちも平気で素手でつかんでいたんだろう。

 そうわかっても、私は絶対にやりたくないけど……。


 家の入り口に扉代わりに下げた布は、裾がぼろぼろになっていた。

 そういえば、ゴブリンたちの服もぼろぼろだったし、物の中に紛れて落ちていた服も裾が傷んでいた。

 みんなスライムにやられたのかもしれない。

 ときどき家の中まで侵入してきて食べ荒らしていったのかも──。


 私の背筋をぞぞぞっと寒気が駆け下りていった。

 こ、この仕事、ここまでってことにしてもらうわけには……いかないよね……。

 身震いしながら、もう一度スライムが食べ尽くしていった痕を見る。

 そうか、家の近くにゴミを捨てたのも良くなかったんだ。

 だから餌を目当てにスライムが群がってきたのね。


 そう考えると、なおさらゴブリンたちがゴミを溜め込んだ理由がわかった。

 スライムが近寄らないように、ゴミは家から遠い場所に捨てなくちゃいけない。

 でも、それは面倒なことだから、ついつい家の中にゴミを溜めるようになって、いつしかそれが当たり前になってしまった。

 ゴミは積もり積もって地層になって、もうどこに何があるのか誰にもわからない。

 それが今のあの家の状態──。


 過去に読んだ片付けの本の一節が、頭の中によみがえってきた。

『汚部屋と呼ばれる部屋や家の住人にも、そうなってしまった理由があるものです。

 病気や体力がないせいで片付けをすることができない。仕事の勤務時間の関係で、ゴミ収集車がくる曜日や時間にゴミが出せない。高齢でゴミの日が覚えられない。あるいはゴミを適切に分類できない。ゴミ出しの間違いを口うるさい近所の人に叱られて、怖くてゴミ出しができなくなって、家に溜め込んでしまった人もいます。』


 この森に守らなくちゃいけないゴミの日や分別はないけれど、その代わりに、スライムという厄介者やっかいものがいた。

 他にも原因はあるけれど、一番の原因はやっぱりスライム。

 あれをなんとかしないと、いくら家を片付けても、すぐにまたゴミだらけに戻ってしまうだろう。

 なんとかできないかなぁ。


 頭をひねって考えていると、ふと地面にゴミがひとかたまり残っていることに気づいた。

 木の枝や食べかすなどがこんもりと。

 周囲はすっかり食べ尽くされているのに、ここだけスライムは食べなかったらしい。

 どうしてだろう?


 好奇心にかられてゴミをかき分けてみたけれど、特に変わったところはなかった。

 他の場所にあったのと同じような内容のゴミが積み重なっているだけ。

 ゴミの一番下にも枯れ葉があるだけだった。

 時間が経っているんだろう。すっかり乾いてカサカサになってる。

 これだって、スライムなら絶対喜んで食べそうなんだけどなぁ。


 不思議に思いながら枯れ葉の軸をつまんでくるりと回すと、とたんに、ぷんと香りが鼻をついた。

 あ、これって……


 もしかして、「あれ」?


 嗅いだことがある香りを思い出したとき、携帯でメロディが鳴った。

 終業時刻だ。

 一瞬で自分の家に戻ってきた私の手には、まだ葉っぱが握られていた──。


(つづく)

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