第12話

 次の日、私は約束通り、たくさんおにぎりを作ってゴブリンの家へ行った。

 クッキーを焼く時間がなかったから、お茶菓子には家にあったスナック菓子を適当に持っていった。


 片付け3日目。

 9つに分けたブロックの4つ目に取りかかる。

 この頃にはゴブリンたちも作業のやり方にすっかり慣れて、自分から足元の物を拾っては「イル」なら箱へ、「イラナイ」なら外へ捨てていた。

 このブロックは部屋の中でも特に物の多いエリアだったから、たちまち箱は満杯になったし、家の前にはまたゴミの山ができた。


 箱の中身はともかく、外のゴミときたら、本当に量が半端じゃない。

 昨日の昼ご飯のときもそうだったけど、彼らには食べ終えたあとのものを「捨てる」という概念がないらしい。

 骨でも皮でも木の実の殻でも、食べられないものは何でもかんでも床にポイ捨てする。

 もちろんゴミ箱もない。

 これじゃゴミも溜まるはずだよね、と妙に納得してしまった。


 そんなふうに今までずっと家の中に溜め込んできたものを、次々排出しているから、ゴミの山はどんどん大きくなっていった。

 カビが生えたり腐ったりしているものもかなりある。

 ほんとにもう!

 こんな中で生活してたら、いくらゴブリンでも病気になっちゃうよ!?


 叱りたくなる気持ちをぐっと我慢して、とにかく手を動かし続けた。

 今はまず家をリセットするのが先。

 それから、家を綺麗にしておくやり方を教えてあげなくちゃ……。


 昼になって、家から持っていったおにぎりを配ったら、ゴブリンたちは大喜びだった。

 お茶の時間に出したスナック菓子は、やたら辛い芋せんべいに変わってしまって、ゴブリンたちにはあまり受けなかったから、おにぎりを喜んでもらえて、私もほっとした。

 数をたくさん作るために塩おにぎりにしてきたけれど、彼らに渡すときには、白いご飯が堅めの雑穀になっていた。

 でも、それが口に合ったようで、2個目のおにぎりに手を出すゴブリンもいた。

 甘い味や塩味は好き、辛いのは苦手、歯ごたえがあるものは大好き、というところかな。

 そんなことを考えていたら。


 ドサリ


 頭上から床に何かが音をたてて落ちてきた。

 直径30センチくらいの透き通った生き物が、床の上でふるふる揺れ動いている──


 ぎゃぁ、スライム!!!!


 スライムはゲームや漫画のスライムのように目がついていたりしなかった。

 半透明のゼリーの塊のようで、決まった形もなくて、伸び縮みしながら床の上を這い出す。

 その動きはまるでナメクジのよう──


 何を隠そう、私はナメクジが大の苦手。

 この世界にはいなかったけど、私はGがつく虫は平気だったりする。

 黒光りのする虫を見つけたら、殺虫剤や丸めた雑誌を手に追い回して、シュッバシッと退治することもできる。

 だけど、だけど……

 ナメクジだけはダメなの! これだけはどうしても苦手なの!!


 突然落ちてきたスライムが巨大なナメクジに見えて、私は飛び上がって逃げた。

 その目の前に、またもう一匹がドサリ。

 私、絶叫!!!!!


 すると、トンガリ君が立ち上がって、素手で(!)スライムを捕まえた。

 そのままポイッと家の外へ放り出す。

 お姉ちゃんゴブリンも、むんずとスライムをつかんで、やっぱり家の外へポイ!

 つ、強い……


 リーダーが天井を指さして何か言った。

 木の根の間から窓のように外の光を取り入れている穴から、三匹目のスライムが入り込もうとしていた。

 トンガリ君がパンチでスライムを吹き飛ばして天井の穴へ手を突っ込む。

 ズズッとこすれる音がして、石が穴をふさいだ。

 どうやら穴のすぐ外側に石が置いてあって、必要に応じて穴を閉じられるようになっているらしい。


 家の入り口からこわごわ外を見た私は、また悲鳴を上げてしまった。

 何十匹ものスライムが、家の前のゴミの山に群がっている。

 うわ、気持ち悪い!

 うわ、ゴミを食べてる……!!


 昨日も今日も、朝ゴブリンの家に来てみたら、前日外に出したゴミの山が綺麗さっぱり消えていた。

 トンガリ君たちが遠くへ捨てに行ってくれたのかと思っていたのだけれど、どうやらこんなふうにスライムが食べていたらしい。

 うわぁぁぁ。


 でも……


 でもまあ……


 考えようによっては、スライムもありがたい存在かもしれない。

 なにしろ、あんなに大量のゴミを、片っ端から食べて片付けてくれるんだから。

 集団でやってくるゴミ回収業車ってところかな。

 気持ち悪いから、私は絶対近づきたくないけど。


 家の外のゴミの山を食べ尽くすと、スライムの大群は森に戻っていったけれど、数匹は後に残って、ゴミが出るのを待ち構えていた。

 ゴミが放り投げられてくると、すぐに飛びついて、溶かすように消化していく。


 初日に「いる」「いらない」を教えるために物を外に放り出したら、トンガリ君が血相を変えて取りに行ったけど、それはこのせいだったんだ。

 家の外に出しておいた物は、何でもかんでもスライムが溶かして食べてしまう。

 ゴブリンたちの大事な物も、外に出すと食べられてしまうから、物は家の中に入れておくしかなくて、結果として、家の中が物だらけになってしまったんだろう。


 もちろん、だからといって、食べかすまで家の中に残しておいていいわけではないけれど。


 ゴブリンの家が汚部屋になった一番の理由がわかって、私はため息をついてしまった。


(つづく)

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