第10話

 結局、私たちは10時半まで片付けを続けた。

 子どもたちは戦力にはならなかったけど、他のゴブリンたちが一生懸命働いてくれたから、2つめのブロックも半分くらいに物が減っていた。


「お疲れ様。

 さあ、午前のお茶にしましょう」

 私が声をかけると、ゴブリンたちはすぐ集まってきた。

 チビちゃんたちも宝物の袋を大事に抱えてやってくる。


 クッキーをひとり2つずつ配ったら、みんな「大丈夫?」ってくらい大喜びして、夢中で食べた。

 ゴブリンの味覚は人間と似てるのかもしれないなぁ、なんて、それを見ながら考えた。

 私は家からマグポットに入れてきた熱いお茶も飲んだ。

 ふぅ、生き返る。


 すると、それを見ていたリーダーが、おもむろにの木箱の中をあさり始めた。

 この頃には「いる」ものの木箱は2つ目になっていたのだけれど、そこから筒のような物を見つけ出すと、トンガリ君に差し出して何かを言う。

 トンガリ君はすぐに筒を持って家を飛び出し、すぐにまた戻ってきた。

 筒を受け取ったリーダーは、チビちゃんを招いて筒を口にあてがった。

 ごくごくとチビちゃんが咽を鳴らす。

 あ、水筒だ!


 よく見ると、筒は植物の茎を切って作ってあった。

 竹のように節があって茎の中が空洞になっているらしい。

 へぇ、竹の水筒ね。

 日本でも昔は使っていたから、親近感。


 水筒の中身は水のようだった。

 なるほど、トンガリ君はこれを汲みに行ったのね。

 でもって、片付けをしたおかげで水筒がすぐ見つかったわけで。

 さっそく片付けの効果が出てきたようで、私としても嬉しかった。


 一方、お兄ちゃんゴブリンはもうクッキーを食べ終えて、また宝物探しを始めていた。

 部屋の中をうろうろしながら、拾っては袋に入れ、拾っては袋に入れ。

 ところが、お兄ちゃんは宝物の数が多いようで、袋はもう満杯になっていた。

 入れた物が入りきらなくてこぼれるから、お兄ちゃんがキーキー怒り出す。


 それを見て、トンガリ君が何か言った。

 袋の中身を減らせ、と言っているらしい。

 お兄ちゃんは言うことを聞かない。

 さっきのチビちゃんのように「イル!」「イル!」を連発している。

 宝物の量が多いタイプか~……。


 私は家の中を見回して、ゴミの中から頭を出している板きれを見つけた。

 ブロックの間の仕切りにしたような板だ。

「誰かちょっと手伝って」

 と言うと、トンガリ君がすぐに来てくれた。

 この人、いや、このゴブリン、とてもまめよね。

 頼み事にいやと言わないもの。


 私はトンガリ君と一緒に、片付けが終わった1番目のブロックの壁に板を載せた。

 壁と言っても、木の根が絡まりながら土を抱えているようなところだから、いたるところにデコボコがある。

 適当なところに板を置いて、さらに、昨日途中で切れてしまった蔓草2本を輪にして板の両端を載せ、蔓草を上の根っこに縛り付ければ──はい、棚のできあがり。


 ここに入ったときから気がついていたのだけれど、この家には収納が少なすぎる。

 特に作り付けの収納はまったくない。

 まあ、木の根の下の穴だから仕方ないかもしれないけれど、収納がなければ、物は床に直置きするしかない。

 やがて物を置くスペースが足りなくなってくるから、物の上に物を置くようになり、時間とともにそれが地層のように積み重なって、どうしようもなくなっていくんだ。


 ふと実家の義母の趣味の部屋を片付けたときのことを思い出して、私は苦笑いをした。

 あのときも本当に大変だったなぁ。

 手芸や裁縫が大好きな人で、布や毛糸といった手芸の材料や道具が部屋中に積み重なっていたっけ。

 義母の部屋には収納はあったけれど、そこも毛糸や端切れでいっぱいになって、結局床に置くようになっていったんだよね。

 材料ごとに整理して、手芸の好きな人たちにもらってもらえたから良かったけど……。


 ゴブリンの家に話を戻すと、ここには収納らしい収納がまったくない。

 だから板と蔓草で棚を作った。

 ゴブリンたちは、なにをしてるんだろう、という顔。

 私はお兄ちゃんを招くと、「ちょっとごめんね」と言いながら、彼の袋から宝物をひとつ取った。

 綺麗な半透明の黄色い石。

 もしかしたら黄水晶かな?

 それを「いる」と言いながら棚に載せてみせる。


 お兄ちゃんがますますきょとんとした顔をしたから、もうひとつ宝物を出して棚に載せてみせると、リーダーが察してくれた。

 お兄ちゃんに向かって何かを言うと、お兄ちゃんはすぐに理解して、他の宝物も棚に並べ始めた。

 次々棚に並んでいくのは石、石、石、石……。

 しかも、どれも綺麗な色や特徴的な形をしている。

 そうか。

 キミは珍しい石を集めるのが趣味だったのね。


 とうとう袋の石を全部棚に載せると、お兄ちゃんはものすごく満足そうな顔になった。

 棚の端から端へ眺めて歩いて、引き返してまた、端から端へ眺めていく。

 そしてまた引き返して……

 うん、コレクションを綺麗に並べて眺めるのって、すごく楽しいよね。

 棚にはまだ余裕があるから、もっと集めても大丈夫だね。


 すると、お姉ちゃん(勝手に女の子にしているけれど)がトンガリ君に訴え始めた。

 自分も宝物を置く棚が欲しい、と言っているらしい。

 トンガリ君、ほいほいとまた板を見つけてくると、どこからかロープのような蔓草も見つけてきて、お兄ちゃんの棚の隣にもうひとつ棚を作った。

 う~ん、トンガリ君は本当にまめだね!

 すごく面倒見がいい。


 トンガリ君が戻ってきたから、「お疲れ様」とクッキーをもうひとつあげようとしたら、なんとトンガリ君は受け取らなかった。

 お姉ちゃんが新しい棚に宝物を並べていく様子を、ただ満足そうに眺めている。

 お姉ちゃんの宝物はいろんな形の木の実や木の葉や鳥の羽根。

 ふふ……そっか。

 お姉ちゃんの嬉しそうな顔が、トンガリ君にはなによりのご褒美なんだね。


 携帯の時計は11時を過ぎていた。

 さて、そろそろまた片付けに戻りましょう。

「お昼まで、もうひと頑張りしようね!」

 ゴブリンたちに声をかけながら、そういえばゴブリンって何を食べるんだろう、と私は考えた──。


(つづく)


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