逢魔が刻の列車
First Train
数多くの怪異にとっての活動時間は主に夜であり、渡守列車の比良坂も例に漏れず基本的に夕方前から就業する。
書類仕事が更に残っている為昼下がり半ばから車掌の比良坂は出勤していた。
「おはようございます、轍さん」
「おう、起きなかったら、叩いて起こそうかと思ってたぞ」
物騒な
轍は自分の机に向かって座り何かしらの書類作成をしていたようだ。
「やめてくださいよー、この前は轍さんの怪力で叩かれたせいで車体がボコって凹んで治るまでに時間掛かったんですから――」
「減らず口はいいから、さっさと始末書と報告書それぞれ作成してこい」
比良坂は話し出すと話が長いので轍は遮り仕事の命令をして、引き出しから出した書類作成用の用紙を渡す。
比良坂も轍に話を遮られる事は今に始まった事ではないので気にせず用紙を受け取った。
「はい、夕方前までには終わらせます」
では失礼します、と比良坂は列車に戻っていった。
「轍さん、書類書き終わりました」
夕方前に比良坂は轍に始末書と報告書を提出した。
「おう、思ったよりも早かったな、ヤバいミスさえなければなぁ……」
手際は良いのにな、とぼやきつつ比良坂から書類一式を受け取った。
「確かに受け取ったぞ」
面と向かって言われる事にも慣れてる比良坂は顔色一つ変えずに、書類に書いた事について話し出す。
「報告書の方に書きましたが、昨日轍さんには報告しなかった事がありまして……」
「うん? なんだぁ?」
「こちらについてです」
比良坂はそう言って懐から『霊峰入山許可証』の御札を取り出した。
「うぉっ!? お前、まだ返してなかったのかよ!?」
轍も御札を見てギョっとし、座っている状態で跳び上がらんばかりに体をビクっとさせ思わず声を荒らげた。
「……返そうとしたら効力無くすまで持っているようにと、言われました」
本当にどうしましょう、と遠い目をしながら比良坂は言った。
「俺等が触ったら火傷どころじゃないからなぁ」
昨日の違和感はコレかぁ、と轍は自身のおでこをペチっと叩いた。
「昨日はあの呪物死体が強すぎて最初全く気付かなかったんだが、お前が死体から離れだしたところで違和感を覚えたんだよ、そうか、御札だったかぁ」
「私が『霊峰』そのものに認められたから、そのまま持っておくように、と言われました」
遠い場所を見つめてるような顔で比良坂は話した。
「あー……もしかして、それは首輪か何かか?」
轍はもしかして、と比良坂に訊く。
「はい……ヤマの領域どころかそこからある程度離れた場所でもヤマの
「ああ――――」
比良坂の肯定の言葉を聞いて轍は変な声を出して両手で顔を覆いそのまま上を向く。
「轍さん?」
比良坂は上司である轍の行動を見てギョッとする。
「あーいや、気付いちまっただけだ……別に狂っちゃいねぇ」
上司への報告が辛いと轍はぼやく。
「何に気付いたんですか?」
比良坂は轍に問う。
「……良いか?今回、手打ちにするために先方が差し出した品は明らかに対価として大きいと言うか、とにかく多すぎるのはわかっているな?」
顔から手を離し本来の就業時間前からげんなりした顔で轍は比良坂に言う。
「流石にそれは……」
わかりますよ、と比良坂は答えた。
「じゃあ、先方は、なんで、こんなに、多く渡したんだ?」
一つ一つ区切り強調しながら轍は比良坂に言った。
「えーと、厄介払いでしょうか?」
価値が高いものはかなりの危険物でしたし、と比良坂は言った。
「んなもん、ヤマの中に置いておくだけで色々呪うなり何なりに使えるんだから、そう言うのに
そうじゃない、と轍は首を振る。
「では何故……?」
比良坂は事態の重さに気付き眉を顰めた。
「コチラに対する威嚇行為だよ」
そう言って轍は説明を始めた。
「まず、最初に主に生きていた少女の代わりの対価として
表向きはこうだが、と轍は続けた。
「これだけの価値がある少女を
「え――」
「更に」
轍は比良坂の言葉を遮り話を続ける。
「渡されたものは価値は高いが取り扱いにほとほと困るってレベルじゃない呪物の死体だ、それが決して友好的ではないなんて程度を越してる事を示している」
まぁ、事の発端が発端だから当たり前だが、と轍はこぼす。
「そしてそれを躊躇いもなく押し付ける事そのものがそうとうな威嚇行為だ、まずあの呪物の死体だが、俺が死体袋を持った時見るだけでもヤバかったのにお前が去ったら更にヤバさを増してたぞ」
「え!?」
「まず、お前さんは
「えぇ、まぁ」
だから、この仕事やってる訳ですし、と轍の問に答える。
「そのせいでお前自身は強く出られる分、死体や霊魂に対して大雑把になりがちだ、危機感も抱き難い」
「それは否定出来ませんね」
話題の説明に比良坂は頷いた。
「下手すりゃお前帰って来る途中で
「…………っ!?」
轍の話についに、比良坂は言葉を失った。
「あまりに鈍感で図太いから助かったと言うかヤマ自身が赦したから首輪だけで済んでいるが」
「……」
比良坂はただ、目を瞠る。
「因みにお前の書いた査定結果の紙を死体袋から剥ぎ取った途端に更にヤバくなったからな!!」
まぁ俺なら大丈夫だかな、とこぼす。
「と、まぁ、お前さん自身の一部の切符や筆記物が死体や霊魂を抑えつける効果が少なからずあるわけだ。査定結果も間違ったことは書いてないが他人から見たらお前が思っている以上にヤバいからな!?」
まじで気を付けろよ、と轍は言った。
「はい……」
比良坂はずーんという言葉が似合いそうな落ち込み方をしていた。
「あと、もう一つ、あの呪物を躊躇いもなく手放せるという胆力と他の死体もついでに色々押し付ける余裕があるとこちらに示している、つまり『お前らがおいたをした相手はこれだけの力を持っているぞ』という威嚇行為だ」
実際に『霊峰』は神秘の失せた時代にも関わらず古き良き怪異や道理が多く存在する強い勢力だしな、と轍は言った。
「――っ」
声にならない声を比良坂は発している。
「でもお前は無事に帰ってこられた、下手すりゃ廃車寸前の車体が元に戻った状態で帰ってきた」
本当に凄いことだ、と轍は言った。
「それと引き換えに時限爆弾になりかねない呪物の死体と首輪を引っ提げてな」
本当に気を付けないと
「……」
比良坂はもはや何も言えなくなっていた。そして下を向いた。
「とまぁ、説教はここまでにしておくか」
そろそろ出発準備を始めるか、ざっと比良坂から受け取った書類一式に目を通したあと、轍は他の書類も持って上役の元に向かおうと立ち上がる。
「あと、最後に『入山許可証』を預かっているようだが、まぁ、近づくだけで感知されるモノだから山の
「……心当たりがあります」
半月に別れる前に言われたことを比良坂は思い出した。
「お前『
報告に行きたくない、と轍はぼやきながら歩き出し部屋を出る。
出る寸前に体を翻し比良坂に向かって話す。
「もうそろそろ日が暮れる前だ、出発準備を始めろ」
もう少しで黄昏時だと轍は言い部屋を去った。
「了解しました」
車掌の比良坂も部屋を去り外の
『この世』ではそろそろ、日が傾いて
やがて日は地に隠れ
本日も定刻通り比良坂鉄道が出発した。
お読み頂きありがとうございます。『比良坂鉄道の夜』本編完結になります。
人間Sideの続編が『日の下に帰れども』https://kakuyomu.jp/works/16818093078668196163
として続いています。良ければ是非
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