Out of Service
半月を送り届けるために列車のような怪異は元来た川を遡る、半月から見て比良坂自身は滅茶苦茶な要求自体には慣れているように思えた。
半月に何故か変な目で見られているのに気付き、まだ車内から姿を消していなかった比良坂は口を開く。
「領収書についてですが、一応形式上名前が必要なのでお願いしましたが、偽名ですら無いのは驚きました」
真名を悪用されるのを危惧してリスク分散のための団体名や二つ名、偽名などを使うのは私どもでは普通のことでありますが、と比良坂は言った。
「本名すらとうに忘れてしまったよ、この姿の真名も忘れてしまったけど、そもそも今は別の真名をヤマから貰って人間生活を送っているから悪用された所で問題は無かったりするが」
むしろ失敗して酷い目に遭うだろう、と半月は笑った。
「あぁ、だから見た目の割に現代社会に詳しかったんですね。列車に乗るの初めてと言う割にはかなり乗り慣れてるように感じましたから」
車掌は納得した、バスだとしつこく指摘され続けたことも。
「昔、何を思ったのかヤマが僕のことを供儀の死体に詰め込んで捧げてきた人間に戻したんですよ」
もう、夜が明ける、明日は学校休もうと半月はぼやいた。
しれっと凄い事を言われ比良坂はギョッとする。
「そ、それは……夏なので日の出の時間が早いから私も早めに戻らないとですね」
そう言って比良坂は姿を消した、これ以上半月の事情に関わりたくなかったのだろう。
『まもなく霊峰山麓辻地蔵前に停まります』
「お待たせしました」
車掌が再び姿を現し列車からタラップが降りてドアが開く。
「はい、切符はこれ」
半月は袖から切符を出した。切符には『霊峰山麓辻地蔵前行き』と書かれている。
「確かに」
比良坂は受け取った切符を回収箱にしまった。
「未回収の切符は後で返却したほうが良いのかな?」
今も忍が持っているであろう、元々は半月が持っていた切符について比良坂に問う。
「いえ、そこまでして頂かなくとも問題は御座いません、そのうち跡形も無く消える筈ですから」
捨て置いても問題無いと比良坂は返した。
「そうか、わかった」
「消えるまでは私の一部として探知出来ますが、今回の徴収で手打ちになってますのでご安心下さい」
今回の徴収の副産物で怪異そのものが半月の攻撃の傷も含めて全快した関係で回収出来なくても全く問題無いことも契約でこちらからは手出し出来ないと半月に返答した。
「……そうか」
「あ、こちらからも、『入山許可証』は今お返しすれば宜しいでしょうか?」
車掌が例の御札を懐から取り出す。
「ここはまだヤマの領域だからやめた方がいい。いきなり領域外まで吹っ飛ばされたり、暇潰しにヤマの
実はヤマの領域は郊外のすぐ近くまで一部あったりするんだ、と半月は言う。
「最寄りの鉄道駅まで行くにも追いかけ回されるから今回は列車にしまって置くように」
「承知しました。ではいつお返しすればよろしいでしょうか?」
出来れば街の鉄道駅がこの列車という特性の関係で一番容易なのですが、と比良坂は言う。
比良坂もとい『列車の怪異』は『異界』から『この世』に干渉したり『界渡り』するときどこかしらの線路と鉄道駅を使わないといけないからだろう。
「そのうち効力をなくすまでそのまま持っていていればいい、その御札は今、お前さんしか持てないようになってるからな」
「……宜しいのですか?」
「どうやら、ヤマ自身が今回『入山許可証』の所有を比良坂に認めたようだからな」
「はぁ、しかしどのようにしてそれをお客様は判別出来るのでしょうか」
「まだここはヤマの領域だ。
領域内なら手順を踏まなくても出来ることは沢山ある、と半月は語る。
「左様でございますか」
比良坂は『入山許可証』を懐にしまった。
「後、この『入山許可証』は僕たちヤマのモノからは、ヤマの領域から遠く離れたとしても感知出来る様になってるんだ」
そこはそっちの切符と同じだな、と半月は説明する。
「お前さんのあの鬼上司が今度『入山許可証』を触ったら、文字通り痛い目を見るから注意しておくように」
気を付けないと被害が出るぞ、と半月は注意を促した。
「では、また何かあったら頼む」
そう言って半月は列車から降りて行った。
「ご利用頂きありがとう御座いました」
正直これ以上関わりたくないと心の中で思いつつも『入山許可証』がある限りヤマとの繋がりが在り続けると諦念が生まれていた。
半月に笑顔でお見送りをされて自称列車はヤマから出発した。
「……!?」
半月の姿が見えなくなった後も誰かに見られてる感覚が消えず、寧ろ警戒あるいは敵意を持って監視している重圧が増えるのを感じ、人間ではないのに脂汗をかいてしまいそうになる。
こちらからは見られているのはわかっていても探知は出来ず、その割には隠す気が無い敵意、殺意が送られ続けていて明らかに格上の存在だと比良坂は流石に気付いていた。
その感覚は最寄りの鉄道駅に戻っても消えず、結果文字通りヤマの領域の外縁である郊外の駅を出るまで誰かにずっと見られ続けていた。
比良坂は思わず懐に入れていた『
「……っ」
比良坂はヤマの干渉によって最寄りの鉄道駅から線路を走っても自身の拠点とする異界に戻ることが出来なかった。その為、街の割と近いところまで『この世』で走る羽目になり日の出の時刻ギリギリに『界渡り』をすることになった。
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