オーク顔だけど推しに会いたい(読み切り)
縁肇
第1話
「今日こそ…」
青山竜太は自分にそう言い聞かせながら、鏡の前で髪を整えた。額に浮かぶ小さな角を隠そうとするも、どうやっても完全には隠しきれない。それでも鏡に向かって笑顔の練習を繰り返す。
「これで大丈夫…なはず…」
彼の表情は不安そのものだった。今日、高橋リサのオンライン握手会に参加する。リサは竜太の推しアイドル。学校帰りにふと見かけたポスターに写る彼女の笑顔に惹かれ、気づけば応援するようになっていた。彼女の歌声と明るい笑顔は、いつも竜太に力を与えてくれた。
「頑張れ、竜太。今日こそリサちゃんにちゃんと想いを伝えよう」
自分を励ましつつ、パソコンを起動する。しかし、その心の中にはどうしても消えない不安があった。自分の顔を見たリサがどう思うか、他のファンとは明らかに違う自分にどう反応するか。考えれば考えるほど、心臓が早鐘を打ち、手は冷たく汗ばんでくる。
思わず、竜太は立ち上がり、リビングへと向かった。そこには父、青山剛が座っていた。剛は仕事から帰るといつも玄関に座り、静かに晩酌を楽しんでいた。父もまたオークの血を引いている。ゴツゴツとした顔立ち、太く屈強な腕、そしてその背中には竜太と同じく小さな角があった。
「父さん…」
竜太の声に、剛はゆっくりと顔を上げた。その目は優しく、竜太を包み込むようだった。
「どうした、竜太?今日はリサちゃんの握手会だろう?」
「うん…でも、僕…やっぱり怖いよ。こんな顔だし…」
剛はしばらく黙って竜太を見つめ、酒を一口飲んだ。彼が再び口を開いたとき、その声はどこか懐かしい響きを帯びていた。
「竜太、お前がまだ小さい頃、俺も似たような気持ちを抱いていたよ。お前の母さんに初めて会ったときのことを覚えている。あの時、俺も怖かった。こんな見た目じゃ、きっと受け入れられないだろうって」
剛の目が遠くを見つめた。竜太が初めて聞く父の話だった。
「でもな、母さんは俺の外見じゃなくて、俺の心を見てくれた。お前も、きっとリサちゃんに伝わるはずだ。お前がどれだけ彼女を応援しているか、それを素直に伝えるんだ」
竜太は父の言葉に少しだけ勇気をもらった気がした。自分の見た目に悩むのは父も同じだった。だからこそ、竜太はその言葉を信じたいと思った。
「ありがとう、父さん…僕、頑張るよ」
竜太は握手会が始まる時間が近づくと、再び自分の部屋に戻った。画面に表示されるカウントダウンを見つめながら、胸の鼓動が激しくなるのを感じた。心の中では、リサの笑顔と、もし嫌われたらどうしようという不安が交錯していた。
やがて、画面にリサの姿が映し出された。彼女は明るい笑顔で、竜太を見つめた。
「こんにちは、青山さん!今日はありがとうね!」
その瞬間、竜太の心は凍りついた。彼女の前で何を話せばいいのか、すべてが頭の中から消え去ってしまった。
「え、えっと…リサちゃん…僕、君の大ファンで…」
竜太は絞り出すように言葉を紡いだ。手が震え、声が震える。自分の不器用さがもどかしかった。
「いつも…君の歌に励まされて…勇気をもらってるんだ。でも…僕は…こんな顔だし…リサちゃんに会うのが怖かったんだ」
思わず涙が溢れそうになる。竜太は急いで画面から顔を背けた。
しかし、リサはそんな竜太に優しく微笑んだ。
「竜太さん、ありがとう。そんな風に思ってくれて嬉しいよ。外見なんて関係ないよ。私にとって大切なのは、あなたが応援してくれているその気持ち。それが何よりも嬉しいんだ」
リサの言葉に、竜太は少しずつ落ち着きを取り戻した。彼女の優しさが、竜太の心に染み渡る。リサの笑顔が彼の不安を溶かしていく。
「リサちゃん…ありがとう」
竜太の声は小さかったが、確かに彼の心から出た言葉だった。握手会の時間はすぐに終わりを迎えたが、竜太の心には温かさが残った。
その夜、竜太は父のもとへ行き、再び礼を言った。
「父さん、僕…リサちゃんにちゃんと伝えられたよ。彼女、僕の気持ちを分かってくれたんだ」
剛は静かに頷き、竜太の肩を優しく叩いた。
「そうか、それでいいんだ。竜太、お前はお前のままで十分なんだ」
竜太はその言葉を胸に刻んだ。彼はこれからもリサを応援し続ける。自分の外見に怯えるのではなく、リサの笑顔を力に変えて生きていく決意をしたのだ。
次の日、竜太は鏡の前に立ち、昨日と同じように自分の顔を見つめた。だが、今日は少しだけ違った。鏡に映る自分の顔が、ほんの少し誇らしく感じられたのだ。
「僕は僕だ。このままでいい」
竜太は微笑み、リサの歌を口ずさみながら学校へと向かった。
オーク顔だけど推しに会いたい(読み切り) 縁肇 @keinn2016
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