童貞=処女好き

「情報を集めるゴブ。少し時間が欲しいゴブ」

 

 そう言い残し、ゴブ蔵はダンジョンを出た。


 取り残されたアルフレード達は、二人きりの部屋のベッドの上で抱きしめ合っていた。

 だが、そこにピンク色の雰囲気は無い。


 ドン、ドン、ドンッ!


「ひぃっ!? まままマスター!? これ、大丈夫なんですかぁ……?」

「と、当然だろう!」


 侵入者達の扉ドンに震えるリリムを前に、アルフレードは内心を隠して胸を張る。

 だが、怯えて抱きついて来たリリムとがっつりと抱き合っているので、側から見れば怯えは隠せていない。


「……いつもより激しいな」


 不安になったアルフレードは、怯えて離れないリリムを抱え、モニターを見に行った。


「ひぃっ!?」


 映像を見たリリムが顔を真っ青にした。

 扉を破壊する為に用意されたチェーンソーが、今まさに回り始めたのだ。


「まままマスター……?」


 けたたましい音に震えていたアルフレードだが、涙声のリリムに見上げられて我に帰る。


 ――今の俺はこいつらのボスだ。成り行きを指を咥えて眺めていて良い立場じゃない。


 アルフレードは『不可視の手』を発動する。

 侵入者達のすぐ側に召喚された不可視の手は、アルフレードの遠隔操作によって侵入者達を襲う。


「な、なんだ!?」

「何が起きてる?」


 不可視の手には侵入者達を倒すほどの力は無い。

 だが、見えない攻撃は侵入者を精神的に疲弊させた。


「逃げるぞ! 見えない敵となんて戦ってられるか!」

「あ、ああ……」


 ちりじりになって逃げていく侵入者達。

 それを見たアルフレードは叫んだ。


「追撃じゃあぁぁぁあああ!!」

「マスター……カッコいい!」


 リリムに煽てられ気を良くしたアルフレードは、執拗に侵入者達を追いかけ回した。

 見えないが確かに存在する敵に追いかけ回された侵入者達は恐怖のあまり撤退を決める。


 アルフレードが落ち着いた頃には、ダンジョンはもぬけの殻になっていた。


「ちっ……追い払えるなら最初からそうしなさいよ」


 ぼそっと呟いたリリムの声はアルフレードに届いた。

 その豹変した姿にアルフレードは首を傾げていると、リリムは慌てた様子で顔を伏せた。


「あわわわわわわ……」


 初めて会った頃のように慌てふためくリリムだが、その態度は演じているような嘘くささがあった。

 

 指摘される。

 リリムはそう考え、ちらっとアルフレードの顔を覗いた。


「怖かったなぁ」

「……え? そ、そうですね!」


 アルフレードは良くも悪くも、細かいことを気にする性格ではなかった。

 


 ☆

 


 男の精を糧にして生きるサキュバス。

 その姿は美しく可憐で、男を狂わせる魔性な存在だ。


 リリムも例に漏れることのない容姿で、当然の如く、男にちやほやされて生きてきた。


「あなたもそろそろ、自分で男を食べても良い頃ね」


 母からそう伝えられたリリムは、初めての狩りくらいは、好みの男を狩ろうと決める。

 中々好みの男が見つからず、同年代のサキュバス達がリリムを置いて初めてを済ましていく。

 だが、リリムに焦りはなかった。

 リリムは相手さえ見つければ、確実に堕とせるという絶対の自信があったのだ。


 その日もリリムはベンチに座って男漁りをしていた。

 わざと隣を空けて、ナンパ目的で隣に座ってくる男を品定め……だが、リリムのお眼鏡にかなうものは中々現れない。


 今日もダメかと考えていた時、今までとは少し違う男がリリムの隣に腰掛けた。


「な、なんで俺がダンジョンマスターなんかに……まさか、これが左遷というやつか!?」


 隣に座り頭を抱えていたのは、魔王にダンジョンマスターになる事を命じられ、困惑していたアルフレードだった。


 ――ふーん、そういう作戦って訳ね。


 リリムはアルフレードの態度を、ナンパ目的と悟られる事なく近づき、距離を詰める作戦だと解釈した。


 ――ありきたりだけど……乗ってあげるか。


「お兄さん、大丈夫ですかぁ……?」


 リリムは瞳を潤ませアルフレードの顔を覗き込み、猫撫で声でそう言う。


 ――さぁ、舞い上がりなさい! 超絶美少女があなたの作戦で釣れたわよ!


 リリムはほくそ笑みながらアルフレードの返事を待つ。

 だが、いつまで経っても、アルフレードからの返事はなかった。

 

「リリで良かったら、話を聞きますよ?」


 リリムは顔を引き攣らせながらもう一度話しかける。

 アルフレードはハッとした顔になり、何故か持っていた弁当を広げた。


「やっぱ嫌な事があったらやけ食いに限るな……うまっ」


 無視され続けたリリムは苛立ちを飲み込み笑みを浮かべる。

 なんとしても、鼻の下を伸ばさせてやると決意したリリムは、アルフレードに身体を寄せた。


「わぁ、美味しそう♡ リリも食べたいなぁ」


 アルフレードの胸元に身体を預けたリリムは、甘い声でそう言い、あーんと口を広げた。


 ――ここまでしてあげたんだから、さっさと鼻の下を伸ばしなさいよね。


 だが、アルフレードはリリムの思惑とは違う反応を見せた。


「……誰?」

「え……?」


 今気付いたとばかりのアルフレードの反応。

 じっとリリムを見つめたアルフレードの顔は段々と青ざめていく。


「そ、そんなに弁当が欲しいならあげるから! 話しかけないでくれ! 呪われるだろ!!」

「はぁ!? いくら何でも失れ――」


 アルフレードは逃げるように去っていく。

 取り残されたリリムの怒りは頂点に達し、わなわなと震えながらアルフレードが使っていた箸を手に持った。


「あの男……絶対に許さない……!!」


 自分に鼻の下を伸ばさない男は初めてだった。

 そのうえ、あまりにも失礼な態度で逃げていく。


 リリムは告白してもいないのに、振られたような気分になり、酷くプライドを傷つけられた。


「決めた! 初めての獲物はあいつにする……!」


 リリムは執念深い性格だった。

 自分を袖にした男を虜にする為、すぐに行動を始める。


「あの男、絶対に童貞ね。リリに振り向かないんだもん、絶対にそうだわ」


 アルフレードの態度は、女慣れしていない童貞故の態度だとリリムは解釈する。


「相手が童貞なら、リリも処女でいるべき……童貞なんて、みんな処女大好きだし」


 リリムの中で童貞は、気弱な処女好きと固まっていた。

 気弱は演じれば良い。だが、問題はサキュバスである自分が、童貞アルフレードを堕とすまでの間、処女のままでいられるのかだった。


 厳選した男漁りのせいで、現状は処女であるリリムだが、サキュバス故に当然性欲は強い。

 人間で例えるなら、性欲と食欲を足したような強烈な欲求だ。無策のまま、いつまでも我慢できるとはリリムは考えなかった。


「ミルル! いる!?」


 リリムは妹を頼ると決める。

 サキュバスでありながら、男には目もくれず、危険故に今は廃れた黒魔術に没頭する変わり者だ。

 

「えへへ……お姉ちゃん、お帰り」


 ミルルは目を覆う長い前髪が暗い印象を与えているが、よく見れば、リリムに似た整った顔立ちだ。

 だが、暗い印象と黒魔術が趣味というのも相まって、不気味がられる事が多い。


「あなたの黒魔術で、私に誓約をかけなさい」

「……どんな?」

「このお箸の持ち主を食べるまで、他の男は食べられないように……!」


 ミルルは目を丸くする。

 

 黒魔術は誓約と対価をその身に刻む魔術だ。

 誓約が重いほど強い対価を得られるのだが、重すぎる誓約は対象者を蝕む諸刃の剣だ。


「出来るけど、もし食べられなかったら、お姉ちゃんは一生処女だよ?」


 サキュバスの身でありながら、生涯を処女のまま送る羽目になる可能性のある誓約。

 サキュバスにとっては非常に重い誓約だ。

 ミルルは姉がどんな対価を得る気なんだと、内心わくわくしていた。

 

「なに……? 私が童貞を落とせないって言う気?」

「そうじゃないけど……」

「ならとっととやりなさい!」

「えへへ……実験できるなら、私は何でも良いけど。それで、対価は何が欲しいの?」


 リリムの目的は自身の欲求から処女を守る事だ。

 それ故に、受け取る対価については考えていなかった。


「……え? まさか、考えてないの?」

「ふ、ふんっ!」


 考え無しだった事がバレバレなリリムの態度を見て、ミルルは焦りを覚える。

 このまま冷静になられては、せっかくの実験材料が手元から離れてしまうからだ。


「対価は後からでも大丈夫だよ。さぁ、早く済ませよう? 私の方は準備万端だから!」

「そ、そうね」


 了解を得たミルルは、食い気味にリリムの服を捲った。

 そして、お臍の下辺りに魔術陣を描いていく。


「はうっ!? ああっ♡ やめ――」


 ミルルが魔術陣にマナを与えると、リリムの身体を得体の知れぬ感覚が襲った。

 痛みにも、快感にも似たその感覚に、リリムは身を悶えさせる。


「えへへ……今更止めるなんて出来ないよ」

「ああっ!!♡」


 ミルルが満足するまで弄ばれたリリムは、姉としての尊厳を失いながらも目的を達した。

 そして、しばらくして、冷静になった時、ここまでする事はなかったと後悔し、枕を涙で濡らした。

 


 


 

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