015 卒業生

 三日目終了と同時に、俺たちは最初の地点――密林地帯の出入り口に到着した。


 俺たちが到着すると、既にクリアとクラウド含む部下たちが待機していた。後ろには巨大な車が控えていた。薄暗くて見えなかったが、車には何か絵が書いているようにも見えた。


 あの絵、どこか見覚えが……。


「試験合格おめでとうございます。あなたたちは今日このときをもって、ウルティア家の一員になりましたわ」


 は? はあ?

 ウルティア家の一員?


「積もる話はあるでしょうけど、今日はここまで。試験で疲れたでしょう? 私の屋敷に案内しますわ」


 そこから先は驚くほど物事が早く進んだ。俺たち四人は促されるがままに車に乗せられ、クリアが言う屋敷に向かわされる。

 乗せられた車も高級感あふれる造りだった。ソファのような造りの椅子が向き合うようにあり、清潔感が保たれている。窓は相変わらずないが、行きと比べると随分と対応の仕方が変わった。


「薄気味悪いわ……」


 シーナがボソリと呟く。

 好待遇に慣れていないシーナは居心地の悪さを感じているのだろう。俺も同じだ。フカフカの椅子より硬い床の方がいい。


「まあ考えても仕方ないし今は休もうよ」


 ミチルはこの状況でも変わらなかった。


「エルルゥも寝てろよ」

「あ、はいっ」


 エルルゥは素直に頷くと俺の隣で寝始めた。遅れて寝息が聞こえる。

 エルルゥはあの出来事以降、本当に俺の為に行動するようになった。今の俺とエルルゥの関係は主人と従者に近い。

 それが悪いことなのは重々承知であるのはわかりきっているが、エルルゥが自分の生き方を見つけるまでは仕方ないことだろう。


 ……そう無理やり完結させた。


 シーナはあれほど文句も言いつつもエルルゥの睡眠に釣られるように寝ていた。


 いつもは仏頂面だが、寝顔だけ見れば年相応の少女同然だ。


「エルルゥちゃん。無事立ち直れてよかったよ」


 ミチルが一瞬だけエルルゥに視線を向けながら言った。


「……そうだな」

「どうせハルの差し金だろ?」

「言い方に悪意を感じる」

「まああんな屍みたいよりは全然良いけどね」


 ミチルは俺とエルルゥの会話の内容こそ知らないが、大体は把握している様子だ。

 エルルゥが明るく振る舞う姿を見て、最初こそシーナとミチルは戸惑いの表情を見せていたが、そういうことだと納得することにした。特に追及もしなかった。


「で、クリア様の話どう思った?」

「なんとも。何せ俺たちには学がない」

「それもそうだねー」

「今日はもう寝る。とにかく疲れた」

「寝顔、見とこうか?」

「ははは、死にたいの?」

「冗談だって」


 俺はミチルとの会話を区切りをつけると、目を瞑った。

 こうして、深い眠りにつけるのは久しぶりかもしれない。ここ最近は常に考え事をしていた。寝不足の毎日だった。


 今だけは休息を。

 俺は眠った。

 深い眠りに落ちた。




 * * *




 夢を見た。

 俺の過去……前世という表現が的確か。

 俺が東国の最強部隊デウスマキナで名が売れ始めた頃の記憶。


 その戦闘は酷い有様だった。

 作戦名〈魔人戦線〉

 東西の戦争が続く中、西国から災厄とも呼ばれた存在が現れた。

 彼は真祖でもなく、ただの一兵卒に紛れて東国の領域に単独で侵入し、数百人規模の人間を皆殺しにした。


 完全なダークホース。

 真祖でないのに、真祖に近い実力。

 東国は彼をコードネーム〈災厄の魔人〉と命名。最優先処分レッドリストに記される。

 東西の戦争の中でも東国は数百年ぶりに劣勢に立たされた。

 東国は即座に災厄の魔人討伐の為に戦力を投入する。デウスマキナ部隊も数千の部下を連れて魔人討伐を行った。


 最後にとどめを刺したのは俺だった。

 それまでの間に百人以上の部下が……仲間が死んだ。デウスマキナ部隊から死者が出た。


 これは、その後の記憶だ。


『やあやあ咲也。こんなところでおサボりかい?』

『サボってませーん。ちょっと休憩してただけですー』


 レプリカが話しかけてきた。

 そこは東国にある巨大な広間。

 そこには碑石が無数にあり、名が刻まれている。今まで東西の戦争で死んでいった仲間たちの名が、刻まれているのだ。


『先週の戦争は酷かったね。ボクも今度ばかりは死ぬかと思ったな』

『死者数、三百二十六人。まだ幼い子供もいた』

『……きみ、無理してないよね?』

『はあ? 俺が? ないない』

『あるよ。きみは彼らが死んだのは全部自分のせいだと思ってるでしょ?何もかも背負い過ぎなんだよ』

『いやいやいやそんなわけ――』

『ほらほらボクの胸に飛び込んで泣いていいんだぜ?』

『お前の胸は鉄の鎧だろうが。鼻が折れるわ』


 俺は否定した。


『泣くなら一人で泣くね。お前らに泣き顔なんて見せるかよ』

『まあ咲也の泣き顔はブサいからね』

『見たことねえだろ』


 このときのレプリカは妙に食い下がらなかった。いつもなら軽口を叩いて終わりなのに、このときだけは違った。



『本当に救われたいと願っているのはきみなんじゃないの?』



 このときの俺は。

 なんて答えたんだっけ?




 * * *




「では、改めて。ようこそ私の屋敷へ。今日からあなたたちの家でもあるから慣れていってちょうだい」


 屋敷に到着したのは五時間ほどだ。

 クリアの屋敷は豪邸だった。話によれば、これは小さい部類に入るらしい。それでも引くレベルには屋敷は大きかった。

 屋敷に到着すると、俺たちは真っ先に風呂へと直行させられ、半ば強制的に身体を洗浄させられた。ボロボロの白服から新品の白服に。

 その後、休む暇もないままクリアの部屋らしき書斎に呼び出された。


「あなたたちには戸籍を用意してあります。我が家の一員という形で表には出すつもりです。これからは私の部下として働いてもらいますね」


 クリアは淡々と説明していく。

 もっと他に説明しておくことがあるはずのに。聞くべきこともあるはずなのに。

 死んだ白箱の連中たちは?

 この試験の意図は?


 クリアにとっては、あくまでも実験の被験者モルモットに過ぎないということか……。


「何か親類関係で要望があるなら今言ってちょうだい」

「あ、じゃあ僕はハルの兄という設定も可能ですか?」


 ミチルがまさかの質問。

 クリアもノリノリで答える。


「もちろん可能よ」

「だってさ、ハル」

「死んでもお断りだ」

「シーナちゃんは僕の姉にすれば」

「死んでもお断りよ」


 ミチルは俺とシーナから拒否られたことで露骨に肩を落とした。クリアを前にしても変わらない態度を続けられているのは、肝の座ったヤツだ。


「あ、あの……」


 エルルゥが挙手した。


「わ、わたしはハルくん……の下に付きたいです」


 なっ!?

 思わず声が出そうになった。

 クリアも意外な質問だったのか、興味深そうな表情だ。


「つまりハルの従者になりたい、と解釈して構わないかしら?」

「は、はい」

「へえ。どういう風の吹き回しかしら……」


 クリアが俺を見た。

 俺は思わず視線を逸らした。

 エルルゥに近づき小声で話す。


「おい、何のつもりだ」

「わたしはハルくんの為に生きるって決めたんですから。これくらい当然です」

「どういった思考回路……」


 エルルゥはどうやら折れそうになかった。再びクリアに視線を戻すと首を横に振る。


「なるほど。承認します。あなたには従者としての教育も準備しておきますね」

「あ、ありがとうございますっ!」


 要望はある程度答えるつもりのようだ。

 俺も乗ったほうがいいのか。

 何が正解で何が間違いなのか、がまるでわからない。


 ここは乗ろう。


「俺からもいいですか」

「もちろん。何がいい?」

「俺には学がありません。本がほしいです」

「ああ、なら問題はないわ」

「?」

「ハル以外に何かあるかしら?」


 特に返答はなかった。

 クリアは一度俺たちを見渡すと頷く。


「これからのあなたたちの行動について話しておきます。それがハルの要望にも繋がるでしょうね。――あなたたちには教育機関に通ってもらいますわ」


 教育機関?

 つまるところ学校か。


「一応、あなたたちには戦力ですから知識や情報を含む学力が無いに越したことはないです。そこで三年間自分を磨いてください。ハルもそれでいいでしょう?」

「……はい」

「学園については一週間後に連絡する予定です。今日の連絡はこれまで。各々に個人部屋を用意してあるからゆっくり休んでちょうだい。あ、エルルゥはハルと同じ部屋がいいかしら?」

「それでよろしくお願い――」

「結構ですっ!」


 俺は即座に却下した。


 話は終わる。

 クリアの書斎から出ると大きくため息をついた。


「結局何もわからなかったわね」


 シーナは苛立っている様子だ。

 気持ちはわかる。


「僕は今日は休むよ。またねー」


 ミチルは意外にも部屋に向かってしまった。俺も戻ろうとしたが、シーナに呼び止められた。


「ねえ、あんた。これからどうするつもり?」

「……なんで俺にその質問を?」

「消去法よ」

「ふーん」


 まあ俺でも同じ質問をするならシーナにしている。ミチルは論外だ。 

 

「これから考える予定」

「……ハルはクリア様が怖くないの?」

「今は楽観的に考える努力をしてる。外界出身の俺らが真祖の一家になったなんて大出世だろ。はい、ポジティブマジック」

「本当に楽観的ね……」


 シーナはため息をついた。

 ……どうもらしくない。

 シーナはいつも冷静で先を見通す。

 強い芯を持った女の子だ。


「なにか問題か? まあ問題だらけだけど」

「……別に。ちょっと自分の身の回りの変化に追いついてないだけ。悪かったわね」


 シーナは歩き出してしまう。

 呼び止めようか迷った。

 これはシーナの問題。

 いちいち俺が首を突っ込む必要はない。


「シーナ」


 それなのに。

 なぜか呼び止めてしまった。


「……なに?」

「お前が何を考えてるのか俺には全く理解できないけど、お前は自分の思った通りに行動していいと思う。多分。多分だけど」

「なにそれ」


 シーナは鼻で笑って去ってしまった。

 不思議と呼び止めたことに後悔はなかった。


「ハルくん」


 エルルゥが俺の袖先を引っ張った。


「ん?」

「部屋に戻りましょう」

「……ああ、そうだな」


 エルルゥはこれから従者となる。

 俺も今後の立ち回り方を考えなければならない。

 とりあえず最初は知識でも得ようか。 

 そんなことを考えながら部屋に向かった。



「あ、わたしはハルくんの従者になるんですし、様付けで呼んだ方がいいかもしれませんっ」

「やめてくれ」

「でも表向きが従者になるなら……」

「うわー、やだわー」

「……は、ハル様」

「……むずがゆい。二度と言うな」

「はい……」


 なんで残念そうな顔をする。




 * * *




 ハル達が書斎から去った後。

 クリアはふっと息をついた。


「もう出てきてもいいですよ、

「――御意」


 唐突に、書斎の影からアスマが現れた。

 白箱でハル達と共に育った仲間、のはずだった。


「監視役、ご苦労さまね」

「もったいなきお言葉です、クリア様」

「あなたの魔法はやっぱり監視役にはぴったりね」


 アスマの魔法は影に出入りする。

 しかし、それだけではない。

 自分の存在を希薄にする。それは認識阻害の類いではなく、アスマという人間自体を世界から隔離されることができる。まさに影を薄くする魔法だ。


「……次の任務は?」

「そうね。あなたは諜報員スパイとしてこれから働かせるつもり。今は休みなさいな」

「御意です」


 アスマはそう言うと影に潜った。

 気配も消えていく。

 アスマがいなくなると、クリアはクスリと笑った。



「さあて、ようやく『彼ら』を引きずりおろすためのカードが揃いそうですわ」






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