014 わたしに生きる意味をください
作戦を開始してから約二時間後。
試験はほぼ終了した。
問題はその後。俺たちは放心状態となったエルルゥを連れて、最初の拠点に戻った。
むやみな戦闘は避ける。卒業試験が終わるまでの時間、ひっそりと拠点で身を隠していた。
「この試験って結局なんの意味があったんだろうねー」
「……」
現在、簡易的に作った拠点で見張りの交代をしつつ、試験終了までの時間を潰していた。
外は暗雲で曇り、薄暗い。
見張り一人では危険ということで、二人体制で行っている。今の見張りはシーナとエルルゥ。
俺は寝転がり仮眠中。
という素振りを見せている。
「えー、無視?」
「……うるせぇよ」
「やっぱり起きてるじゃん」
「さっきまで寝てた」
「ふーん。で、この試験の意図わかった?」
「なんもわかんない」
「真面目に答えてよー」
ミチルは質問そのものより、時間潰しといった理由があるのだろう。正直、今は誰とも話す気分ではない。
「結構気に食わないんだよね、この試験」
ミチルの声音に真剣味が籠もっている気がした。
「まるで、
「お前でもイラつくことあるんだな」
「君は僕をなんだと思ってんのさ?」
ゲーム。言い得て妙だ。
この試験にも意図はきっとある。
『――外界にいるあなたたちは来たるべき戦争に参加するために育成することが決定しました』
白箱に連れていかれたときの記憶。
その時、クリアはそう言った。
「
来たるべきって、なんだ?
ただの言い間違いか?
いや、違う。ふと言った台詞だからこそ、真実味がある。クリアは未来に見据えて何かに備えている……?
「ハル、なにか言った?」
「別に」
俺は寝返りを打った。
ミチルの視線から逃れるように。
「でも、試験でわかったこともある」
背後からミチルの声。
「君は、思った以上に仲間思いなヤツだ」
「……」
「君は、きっと何か隠し事をしているだろ?それについては別にいい。僕にもあるし、過去について詮索しないのは外界の暗黙のルールだったからね。だからこそ、わかる。――君は今回の試験、何よりも他人のために行動していた」
「……人殺して頭おかしくなったか?」
「僕は、君を尊敬するよ」
尊敬。尊敬か。
誰よりも似合わない言葉だと。
俺は思った。
「交代の時間よ」
「ああ」
シーナが出入り口から現れた。
シーナの表情からも疲れの色が見えた。
「エルルゥは?」
俺はシーナに訊いた。
シーナは一瞬だけ言いづらそうな表情をしたが、首を横に振りながら答えた。
「ダメね。さっきから一言も喋らない」
「そうか」
予想通りの答えだった。
「で、次の交代するのは?」
シーナは無理やり話題を変えた。
ミチルが立候補しようとしたが、俺が答えも出さずに出入り口から出た。
「俺の番」
「次は僕の番だった気がするけど。まあいっか」
ミチルは何かを察したように先に行けよと促した。相変わらず察しの良い奴。
「シーナちゃん。暇だし遊ばない?」
「寝るわ。変なことしたら殺すから」
「マジですか」
背後から不穏な会話を聞き取りつつ、俺はエルルゥの元に向かったのだった。
* * *
エルルゥは湖沿いにぽつんと座り込んでいた。
エルルゥの視線は湖の水面に向けられている。水面に映る自分の顔をじっと見ている。
「おい、屍」
「……ハルくん?」
エルルゥは俺が声をかけるまで全く気づいていなかった。これは重症ものだ。
エルルゥの現状は酷いものだ。
アカリを殺してしまった罪悪感で心が壊れてしまい、生きた屍と化している。受け答えもハッキリせず、身動きすらロクにしようともしない。
アカリを殺した直後、エルルゥは自殺しようと図った。それは間一髪阻止することができたが、それ以降、心を完全に閉ざしてしまっている。
エルルゥはもともと戦闘には向かない子だ。
クリアが言う『来たるべき戦争』の戦力としては最有力候補。それはあくまでも魔法という素質のみ。エルルゥには戦う覚悟もそれに耐えうる精神力もない。
エルルゥはまだ幼い少女に過ぎない。
否、この言い方は適切じゃなかった。
白箱にいた者たちは、みんな子供だった。いつの間にか当たり前の事実を忘れていたほどだ。
「……隣座るぞ」
「……」
エルルゥは答えなかった。
ちょいとイラついたので無言で隣に座ってやった。
「お前、いつまでそうしているつもりだ?」
俺は湖に目を向けながら言う。
エルルゥは答えない。
「なんでお前が被害者みたいになってるんだろうな。アカリを殺したのはお前だろ。被害者ぶるなよ」
隣から身体が震えた気配がした。
「お前が流した涙も、罪悪感も、後悔も、全部。この場において意味はない。それに、エルルゥ。お前、本当は生き残って良かったって思ってるだろ?」
「――違う!!」
衝撃。
俺は数メートルほど吹き飛ばされた。
咄嗟に受け身を取って衝撃を緩和したが、いきなりの攻撃に流石にビビった。エルルゥに視線を向けると、仄かな光がエルルゥの周囲に舞っていた。
エルルゥの魔法は本人の感情の振れ幅によって無意識下に発動される。
エルルゥは地面に膝をついていた。
震える身体を両腕で押さえつけている。
「いえ、違う……! わたしは! あのとき、生きたいと願ってしまったんです! わたしがあのとき願わなければ……! わたしなんて生きる価値もないのにっ……!」
エルルゥは涙を流す。
「わたしがあのとき死んでいればアカリは生き抜けました! ハルくんは言ってました。たしかにその通りでした。わたしは半端な覚悟で戦いに入り込んでしまった。そのせいでアカリは死んでしまった。わたしさえ。わたしがいなければっっっ――」
「うるせえエエええええええッッッ!!」
堪忍袋の緒が切れた、と言うべきか。
俺は、キレた。
多分、転生して初めて感情を表に出したかもしれない。怒声が思った以上に森中に響いた。
エルルゥは俺の怒声に呆気を取られた表情を浮かべた。
俺はエルルゥの正面に立った。
両手でエルルゥの頬を引っ張った。
「っ!? い、
「お前の自己嫌悪なんて心底どうでもいいんだよ。耳が腐る!」
「しょ、
引っ張ったエルルゥの頬は随分柔らかい。引っ張り具合が実にいい。名残惜しさを覚えつつ、エルルゥの頬から手を離す。
エルルゥは少しだけ冷静さを取り戻していた。
「なら、なんでわたしたちはこんな状況なんですか? ……クリア様は、言ってした。わたしたちが選ばれたのは『偶然』だって。死ぬために生きなければいけないなら、わたしたちは。わたしは、なんのために生まれてきたんですか?」
「お前、死にたいの?」
「……死にたくないです。でも、生きる意味がわかりません」
矛盾している。
アカリへの罪悪感と生きたいと願ってしまう自分。両者の葛藤。
「最初にお前に言っておこう。俺たちに生きる意味なんてない」
「…………え?」
「俺たちはこの世に生を受けただけの『人間』だ。生きる意味や価値なんて、そんな御大層なものはもともと備わってねえんだよ」
自分で言っていて笑いそうになった。
この言葉も、受け売り。
かつて東国の姫にも同じようなことを言われた。
『私も、あなたも。何一つ変わらない人間です。だから、あなたは――』
「――お前は、生きてていいんだ」
「わ、わたしが……?」
エルルゥと目が合う。
涙で揺れる瞳。その瞳は問うている。
本当に自分は生きていいのか、という迷いがあった。
「お前、そんなに生きる理由がほしいのか?」
「だ、だって。わ、わたしはいつもそればかり考えて生きてきたから……」
これは重症だ。
常の敬語口調も崩れて弱々しい。
いや、もともと弱いか。
「なら、俺がお前に生きる意味を与えてやる。お前が自分で生きる意味を見つけるまでの間、
「ハルくんの、ため?」
「お前は今後一切命を断つようなアホなことは許さない。アカリを殺したことが罪悪感なら、殺した罪を背負い、アイツらの分まで生きろ。自己嫌悪するお前の代わりに俺がお前を罰してやる」
「――!」
死んでいく奴らを何度も見てきた。
先輩も後輩も親しかった友人たちも。
いつも彼らの屍の上に俺は立っていた。
悪魔とか、化け物とか。
裏から揶揄されていたことを知っていた。それでも戦い続けた。戦い続けることが彼らにとっての懺悔だと思っていた。
だけど、本当はただ一言。
誰かに言ってほしかっただけかもしれない。
「エルルゥ。自分を許してやれ」
「わ、わたしは……。わたしはっ……!」
エルルゥは泣いた。
ただただ泣き続けた。
エルルゥが泣き止んだ頃には空は夕暮れ色に染まりかけていた。
いつの間にか時間が経っていた。
「ハルくん」
「ん?」
エルルゥは俺に向き合った。
目元には涙の跡がある。
エルルゥが自分を許したのか、それは俺にはわからない。
「わたしは、あなたの為に生きます」
「勝手にしてくれ」
誰かの為に生きることは決して報われるとは限らない。
それでも今だけは、その選択を取った自分を許してほしい。
そう、願った。
「ほら、交代時間だ。お前はまず寝ろ」
「はいっ……!」
エルルゥは簡易拠点に行く直前に足を止まった。
「ありがとう、ハルくん」
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
そうして、数時間後。
卒業試験は終わりを迎えた。
* * *
「マナ放出率、百二十%。五秒ほどで反応は消失しました」
某所某日。
その報告を受けたクリアは笑みを浮かべた。クリアはその場にいた者たちに口を開いた。
「今回の実験は終了です。撤収作業に取り掛かってくださいな」
クリアがそう言うと同時に背後から気配を感知した。クリアの間合いに入り込んでくるまで、気配に気づくことができなかった。
「あら、珍しいわね。来ていらしたのですか?今回は良い結果が出ましたわ」
クリアはそう言って、資料を手にする。
「これが今回のレポートですの。確認しておいてくださいね」
クリアは資料を渡す。
その人物は資料を受け取り、ざっと資料に目を通していた。一瞬だけ視線が留まったのをクリアは見逃さない。
用事が済むと、その人物はすぐに去ってしまった。
クリアはその人物を見送った後。
「精霊……。精霊ですか……」
ポツリと呟くクリア。
「エルルゥだけにしか見えない存在。扱う魔法には属性が関係なし。……本当にそんなものが、この世に存在するのでしょうか?」
その疑問は誰の耳にも届かない。
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