013 祈りと叫び

『アカリには、別のことを頼みたい』


 アカリはその会話を振り返っていた。

 襲撃が失敗した直後、ルカルが個人的に言ってきた。


『別のことって?』

『この勝負は勝てない。もう俺たちには後がない。可能な限りの成果を出すしかない』


 クリアとの取引内容は個人によって異なる。当然、ルカルとアカリも異なる取引を行っている。

 裏切り者……もとい落ちこぼれ組の取引条件はエリート組の抹殺。あるいは、それに近い成果を出すこと。


『俺は戦いを捨てる。アイツらも説得するつもりだ。その時、アカリだけは別ルートで逃げろ。お前は気配察知もあるんだし、一番生存率が高い』

『そ、そんな! 皆をおいて一人で逃げるなんて……!』

『アカリ。ルールを忘れたのか?』

『っ……。‘‘他人よりも生きることを大切に’’……』

『そうだ。ならお前の役目を果たせ』


 その時、アカリは頷けなかった。

 自分だけ生き残ることが許せなかった。


 アカリは走っている。

 ただ一点の目的地に向かって。


 アカリの魔法である気配察知は無意識下レベルで常時発動されている。意識することで半径数キロ圏内の気配を捉えることもできる。人間レーダーと表現してもいい。


 だからこそ、アカリにはわかった。

 自分の仲間たちの気配が一人、一人と消えていくことに。


(ルカル、ミソギ、ヒカリ、ノノ、ヒロ。みんな――)


 アカリは戦争孤児である。

 外界にいる約二割に分類する。

 東国との戦争に両親が参加し、アカリは身寄りのいない孤児となった。両親の戦死と同時に、アカリは外界へと捨てられた。

 アカリは生まれつき外界のグループに属していた。グループにいるだけでも生存率が上がった。ルカル、ヒロ、ノノの三人とは幼馴染みということになる。


 将来の夢なんてなかった。

 ただ毎日生き抜くことで精一杯だ。

 しかし、アカリはそれで良かった。

 普通の生活とは程遠いものだが、そんな日常で過ごせればいいと思っていた。

 ただ、それだけだった。


「――見つけた」


 アカリの気配察知はある人物を感知した。アカリは不慣れなマナ制御をこなし、その人物に向けて走る速度を上げた。

 アカリは逃走という選択肢を捨てた。

 逃げたところで殺される。

 クリアとはそういう存在だ。

 殺されかけたアカリだけが理解できた。


 そうして、アカリはその人物と対峙した。


「見つけたよ、エルルゥちゃん」

「……アカリ」


 アカリの目的はただ一つ。

 エリート組で最も弱いと推測されるエルルゥを殺すことだ。




 * * *

 



 ……なんで、アカリがここに。

 

 わたしは、思わず名を呼んでしまった。

 アカリの姿がボロボロだ。

 服装は所々破けており、泥で汚れている。だが、それに特別意味はない。


 今ここにアカリがいること。

 それ自体が問題だ。

 アカリは、ハルくんたちが撃退する手はずだったはず。


 アカリ一人だけ逃げることができた?

 わからない。情報が足りない。


「やっぱりエルルゥちゃんだけは離脱してると思った」

「それは、どういう……」

「ごめんね。エルルゥちゃん」

「え?」


 瞬間、アカリが地面を蹴った。

 わたしに距離を詰めようとしてくる。

 アカリの右足がブレた。

 少なくとも、わたしにはそう見えた。


 横から衝撃。

 アカリの回し蹴りが見事にわたしの脇腹に直撃し、わたしは横に吹き飛ばされた。地面を転がる。


 痛い。痛い。痛い。

 なんでアカリが攻撃してくる?


 考えるまでもない。

 アカリが、裏切り者だから。


「アカリは、わたしを、殺すの?」

「そうだよ」


 アカリが再び蹴りを繰り出す。

 わたしは無意識のうちに両手を前にして防御の姿勢を取っていた。

 正面から衝撃。また吹き飛ばされた。

 そのまま木に激突した。

 肺にあった空気が無理やり吐き出されるように、うめき声を上げてしまった。


 痛い。痛い。痛い。


 腕が上手く動かない。

 アカリの蹴りを直に受けてしまった。

 アカリのマナ制御は出力の調整こそ上手くできていないが、体術でここぞとばかりに繰り出す攻撃ではマナ制御を最大出力まで上げることを無意識のうちに会得している。


 つまり、火事場のなんちゃら。


「わたし以外、みんな死んだの。私はみんなの分まで、生きなきゃいけない」

「っ……」


 なぜ、わたしたちは殺し合わなければならない。

 なぜ、わたしたちは魔法使いにならなければならない。

 なぜ、わたしは殺されなければならない。


 なぜ。なぜ。なぜ。



 わたしが生まれてきた意味は一体?



「こんなの、おかしい、です。わたしたちは、なんでこんな目に遭わなければいけないんですかっ。わたしたちが、なにか悪いことでもしたんですかっ? わたしたちは、……わたしはっ」


 涙が流れていた。


 親の顔も知らない。

 外界という閉鎖的空間。

 殺し合いを強制する白箱。

 

 すべて誰のせいでもない。

 ただ偶然起きただけ。


「わたしは、なんのためにっっっ」

「それは、私にだってわからないよ」


 アカリはわたしの前に立っていた。

 ゆっくりと腕を伸ばし、わたしの首を掴む。


「ごめん。ごめんね――」


 アカリの首を掴む力が強まる。

 息が、できなくなる。


 このまま、わたしは死んでいく。

 何もできないまま。

 わたしはなぜ生まれたのだろう。

 誰の記憶にも残らず消えていく。

 それは、もう存在しないのと同じだ。


 死にたくない。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。


「わたしは、」

「?」



「〈〉」



 わたしは、願った。

 願ってしまった。


 ザワッと周囲の景色が変わった。

 仄かな光がわたしの周囲に集まり出す。


「きゃっ!」


 バチッとアカリの腕が弾かれた。

 わたしの周りに光が――精霊たちが渦まくように囲い出す。光をわたしの前に凝縮されていき、バチッ、バチッと火花を散らせた。


 光が一瞬閉じる。

 それは刹那の時間。


 凝縮した光がアカリに放たれた。

 アカリは一瞬身構えた様子を見せたが、すぐに解いた。ただ晴れやかな表情を浮かべながら言った。


「――ハル、大好き」


 レーザーとも言える一撃はアカリを消滅させた。


 残るのは、わたし一人。



「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」


 

 なにかが、壊れた音がした。




 * * *   




 俺たちは高密度のマナが感知をした。

 

「あの方角。エルルゥがいたところよね?」

「これ、?」

「知るかよ」


 嫌な予感しかしない。

 マナは一点に集中している。


 そうして、俺たちは到着し。

 それを、見た。


「あれ、なに?」


 シーナが呟いた。

 俺の視界の先にはエルルゥとアカリがいた。エルルゥの身体には仄かな光が渦巻いているように見える。

 何度か見た光景。

 あの光が、精霊。


 エルルゥの前に光が凝縮していた。


 あれはマズい。

 本能的に感じ取った。


 俺は咄嗟に動こうとしたが間に合わない。そうしているうちに、アカリと目が合った。


 アカリは晴れやかな表情だった。

 まるで報われたかのような。

 そんな表情だ。


 アカリが何か紡いだ。

 俺は聞き取れなかった。


 瞬間、レーザーとも言える光が放たれた。アカリを消滅させ、それだけでは済まず密林を焼き払った。

 レーザーは数秒ほど。それでも被害は酷い。エルルゥの正面から森だった場所が焼け野原と化している。


 奇しくも、の光景と重なった。


 俺はエルルゥの元に駆け寄る。


「おい! エルルゥッ!」

「あ、ああ……」


 一目見て悟った。

 コイツはもう駄目だと。

 エルルゥの顔は病人以上に顔を青ざめ、身体中は震え、地面に座り込んでいる。


 心が、死んでいる。


「わたしが、アカリを。わたしがっ!」

「エルルゥッ!!」


 俺の声は届かなかった。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 エルルゥの悲鳴が森中に響き渡った。






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