012 白箱は今解き放たれる⑥

 僕――ミチルは外界出身じゃない。

 誰にも言ったことはないけど、というか言うつもりは元から無いんだけど、貴族の養子として育てられた。


 後から知ったけど、その貴族は西国でも名誉ある貴族だったらしい。小さい頃から英才教育という名の地獄はなかなかこらえた。


 僕が外界に捨てられたのは当時九歳。

 血筋の通った子供が生まれ、養子の僕が不要になったからだ。

 魔法使いの社会は血筋こそが絶対。はじまりの魔法使いに近い血筋であればあるほど名誉なことであると言われる。

 養子だった僕は呆気なく捨てられた。


 外界でもどうにか生き抜いた。

 いつかは捨てられると予想はしていたので、元貴族だった時に知識は豊富に得るのを努めていた。


 そうして、現在。


「こっちは四人。思ったより多いなぁ」


 作戦が開始され、分断が成功した後、僕の前には四人の裏切り者と対峙していた。


「ちっ、分断された……。さっさとルカルの元に戻らないと」


 ルカル君は今頃死んでるだろうね。

 口にはしないけど。


「ミチル。見逃してはくれないよな?」


 いつもルカルと一緒に行動していた、ヒロが言う。

 思わず笑ってしまいそうになった。


「すると思う?」

「気まぐれなお前ならしてくれるんじゃないかなーと」

「残念! ここで逃したら俺が殺されちゃうよ」


 多分、ハルに。

 アイツはきっと容赦しない。


「そっか。じゃあ仕方ない、なッ!」


 会話の中で僕の隙を窺うようにヒロは魔法を発動していた。

 ヒロが魔法を発動すると同時に、残りの三人が動き出している。


 一人じゃ勝てないと最初から理解しているから、同時に攻撃を仕掛ける。


 ヒロの魔法は鎌鼬を生み出す魔法。手を振る、という動作を限定として風の刃を繰り出すことができる。


 他の者もそれぞれ、霧を生み出す。空気砲を放つ。岩石を生み出す魔法。


 全部、ハルからの知識。

 相変わらず底が見えない。


 ヒロが両手を振るうと十字に重なった鎌鼬が僕を襲う。四方で囲うようにそれぞれ魔法を放った。


 魔法が着弾するまでせいぜい三秒ほど。


「雷よ――」


 僕は魔法を発動すると同時に跳躍した。

 地面を蹴り出した瞬間、バチッと雷撃が撒き散った。


 上空に飛ぶように魔法を回避。

 四方から放たれた魔法は激突すると砂埃を散らせた。


「まずは、一人目――」


 滞空状態から僕はヒロに向けて片腕を構えた。

 指は銃のようにポーズを決める。

 形に意味はない。

 しいて言うならジンクス。


「ライトニング」


 人差し指から雷が放たれた。

 亜音速の雷撃が砂埃を吹き飛ばし、ヒロに向かって飛来する。

 ヒロは一瞬の間だけ、放たれた雷撃を見て目を見開いた。

 着弾。雷が落ちたような音が響く。

 後に残るのは黒焦げになった死体。


 僕の魔法は、雷撃を生み出し放つこと。

 通常は身体に雷を纏わせ、身体能力を無理やり強化させる。使用後に全身が筋肉痛になるので多用できない。というか、したくない。

 ヒロに使用した技は、ライトニング。

 指という一点に雷を集中させて放つ。

 雷を溜める時間が長ければ長いほど威力、射程距離が上昇する。


 僕は遠距離向きらしい。

 この一年半でよくわかった。


「ヒロ――!」


 五時の方向から声。

 砂埃が完全に晴れてないけど、声で大体の位置は掴んだ。


「二人目っと」


 ライトニングを放つ。

 遅れて悲鳴。

 着弾したと確認すると同時に着地。

 次の攻撃に移そうとして背後からマナの揺らぎを感知。僕は無意識に回避行動に移っていた。


 先程僕の頭があった位置に岩石が放たれた。岩石は標的を外すと地面に着弾して破裂した。


 雷を纏ってなかったら死んでたかも。


 などと思っていたらいつの間にか周囲に霧が発生していた。

 霧を生み出すのはルーク君。岩石を放ったのはヘル君。どっちも顔見知り。先程岩石を避けられた教訓から気配を絶ちに来ている。

 正直、いつ攻撃されるか全くわからない。


「こりゃあゴリ押し、かなッ!」


 僕は全周囲に向けて雷撃を放った。

 バチッと無秩序に雷撃が撒き散らされ、雷撃は宙だけには及ばず地面にも伝った。


 数秒後、霧が晴れた。


「そんなとこにいたか。全然気づかなかった……」


 霧が晴れるとルーク君とヘル君が倒れている。地面を伝って流れ込んだ雷撃で痺れたのだ。

 雷撃は人体を痺れるほどに抑えつつ、雷撃音は派手に鳴らした。行動不要にする目的を悟らせないようにするためだ。

 力技でねじ伏せた感じがして僕好みなやり方ではないけど。


「ちっ。こんな、強引な方法取るとは」

「そう? 僕は割と勝負のためなら手段は取らない主義だぜ?」

「あはは、そういえばそうか」


 ルーク君とヘル君は身動きしない。

 諦めている様子にも見えた。


「最後の友人の頼みだ。楽に逝かせてくれ」

「同じく」


 否、諦めていた。

 胸辺りがチクリとした。

 これは……苛立っている?

 僕が? 何に?


「うん、任せてよ」


 僕は内心を悟らせないように、魔法を放った。一瞬にして光る雷撃。


「……さて、ハルの元に向かいますか」




 * * * 




「やっぱり、さっきのはシーナちゃんだったか」

「ちゃん付けしないで」


 シーナはミソギと対峙していた。

 シーナ達が立つ場所は辺り一帯銀世界に覆われている。木々や地面至るところが白く染まっていた。

 シーナは分断が成功できた同時に全体に凍らせる魔法を放っていた。分断できた人数は五人。想定よりも多い人数であったため、先手必勝とばかり魔法を放ったのだ。


 結果、ほぼ全滅。

 ミソギは咄嗟に化け物たちを使役して身代わりにしたらしい。氷の氷像の中に蛇型の化け物があった。


(ハルのやつ。本当に人数押し付けてきた……あり得ないっ!)


 シーナは憤慨しつつ、ミソギを見た。


「私を殺すの?」

「ええ、殺すわよ」

「そっか」


 ミソギは動揺一つしなかった。

 

「良かった。私も殺されるならシーナちゃんがいい」

「……っ、」


 シーナの表情が歪む。

 ミソギの破滅的な物言いに怒りを覚えていた。


「だから最後に私がちゃんと落ちこぼれであるのを証明してほしい」


 ミソギがそう言うと同時に口笛を吹いた。森中に響き渡った口笛の音。遅れて、ミソギの背後から大きな物音が聞こえる。


 そうして、ミソギの背後から現れたのは、巨大な怪鳥。体長は凡そ五メートルほど。大きな二対の翼と鋭い爪を持った鳥型の化け物だ。


、目の前の敵を倒して!」


 ミソギが命令すると同時に、怪鳥がシーナに襲いかかる。

 シーナは氷を右に放ち、その勢いで怪鳥の突撃を回避した。軽い身のこなしで地面に手をつくと、シーナは魔法を発動する。


「――銀世界ッ」


 手をついた矢先から地面から巨大な氷柱が生え、怪鳥を襲う。怪鳥は咄嗟に上空に飛行して氷柱を回避した。


 怪鳥は上空からシーナを見下ろしている。出方を窺っているように見える。


 シーナの魔法も無限ではない。マナが枯渇すれば魔法使いとして機能しなくなる。シーナは怪鳥ではなく、ミソギに狙いをシフトした。


大氷河アイスレンジッ」

「みんな、助けて!」


 巨大な氷撃がミソギを襲うと同時に、ミソギか叫ぶ。

 瞬間、森中から動物たちが一斉に集まる。鳥、リス、化け物を含めた動物たちがミソギの前に立ち、一瞬にして壁が出来上がった。

 大氷河と激突した瞬間、壁が凍りついた。ミソギは大氷河から逃れて無事だ。

 大氷河を放った隙を狙うように怪鳥が上空から飛来する。シーナは舌打ちしながら回避。


(ミソギの考えは大体読めた……)


 ミソギは時間稼ぎを狙っていた。

 怪鳥を主軸として使役し、シーナの隙を常に狙い続ける。当然シーナも怪鳥を無視できなくなる。

 シーナが使役者であるミソギを攻撃しようとするなら、事前に使役していた動物達を盾にすることで攻撃から逃れる。シーナは攻撃されば隙が出来るので怪鳥からの不意打ちもあり、追撃することもできない。

 時間稼ぎさればするほどシーナのマナは消耗していき、やがてマナ枯渇症になる。ミソギはシーナが魔法使いとして機能しなくなるのを待っているのだ。


 ミソギの魔法は動物使役。

 事前にマークした動物を操ることができる。森林という限定的空間において、ミソギの魔法は百%以上の効果を発揮していた。


「シーナちゃん。私たちってなんの為に生まれてきたの?」


 怪鳥が連続的にシーナを襲う。

 シーナはミソギとの距離を縮めることができない。


「死にたくない。死にたくないよ! 私だってやりたいこと、したいこと! 沢山あったんだよ! 白箱なんて、行きたくなかった!」


 シーナの動きがわずかに硬直した。

 度重なる疲労により、足にガタが来た。マナ制御で身体能力を高めてはいるものの、実際は少女同然の体力しかない。


 怪鳥がここぞとばかり、突撃する。

 シーナの回避行動が間に合わない。


「私は、外界に帰りたい――!!」


 怪鳥がシーナに激突。

 ……することはなかった。


「……え?」


 怪鳥の動きがシーナの目前で不自然に止まっていた。


「白銀世界。気づかなかった? 私はずっと見えない冷気をあなたたちに浴びせ続けていた」


 怪鳥の肌が白に染まり始める。

 それだけではない。使役者であるミソギの体も下から白く染まり始めていた。

 シーナもミソギ同様、時間稼ぎが目的だった。


 怪鳥は完全に凍結される。

 シーナはミソギの前に立った。


「流石……、シーナちゃん」

「私があなたの立場でも、外界には戻りたくない」

「……」

「白箱は確かに嫌な場所よ。でも、私はただ立ち止まるなんて、生きる為だけに生活する日常には、戻りたくない。私は最後まで生き抜いてみせる」

「ははは、シーナちゃんは、やっぱり強いなぁ」


 ミソギの体はほぼ凍りついていた。

 いつもの、白箱で見せていた変わらない笑みを浮かべながらミソギは言った。



「私たちの分まで長生きしてね。シーナちゃんっ」



 ミソギは完全に凍結した。


「ちゃん付けしないでって言ったのに」


 シーナはボソリと呟いた。

 もう、後には引けない。

 シーナはそれを決定的に感じ取った。


「ハルたちの元に報告」


 シーナは凍った死体分を数えた。


(…………あれ?)


 分断してシーナが対峙した人数は五人。

 一人、人数が合わなかった。


「ヒカリがいない……!」


 シーナは慌ててマナ制御を使い、近くの人影を感知しようとした。

 ヒカリらしき反応はすぐに見つかった。

 不思議なことに、反応はその場から一歩も動いてない。

 シーナを急ぎ足にそこに向かう。

 

 数分でそこに着いた。


「……なんで、」


 シーナは拳を強く握り締めていた。

 ヒカリは確かにそこにいた。

 大木に寄りかかって、手首を切った状態でいた。


 自殺だった。


「……なんでよ!」


 シーナは叫んだ。

 それは怒りだった。

 その怒りの矛先はどこだったのか。

 シーナ自身にもわからない。


 ヒカリは襲撃の際、トゥトゥとレントを殺した。その重責に耐えられなかった。

 シーナはヒカリの死体に近寄り、魔法を発動した。ヒカリの死体を覆うように凍結させた。


 せめて腐らないように。


「――私は、必ず生き抜いてみせる」


 シーナは歩き出した。

 振り向くことは、しなかった。




 * * *





 俺たちが再び集合したのは作戦開始か約一時間ほど。


「シーナが最後か」

「……悪い? どこかの誰かが多めに増やしたからでしょ」


 すごい怒っていた。

 イライラのオーラがすごい。


「まあまあ落ち着いて。一応、作戦は成功でしょ?」

 

 ミチルが助け舟に入った。

 初めてミチルに好意的に思えた。


「エルルゥの方に合流しよう。後は時間まで待てば試験は終わりだ」

「結局生き残ったのは四人だけか……」


 ミチルが感慨深そうにボヤく。

 白箱のほとんどは全滅だ。

 本当に、最悪な試験だ。


「エルルゥちゃんってどこ?」

「ここから北に一キロ離れた場所だ」

「最初の地点からも近いね」


 俺たちはエルルゥの元に向かおうとした。


「……で、結局誰がアカリを殺したの?」


 シーナが訊いてきた。

 一瞬だけ沈黙があった。


「……ん?」


 俺はミチルを見た。


「いや、いなかったよ」


 ミチルは首を横に振った。

 訊いてきたシーナも違う。

 もちろん、俺も違う。


 つまり、どういうことだ。



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………



 俺はそれに気づくと走り出した。

 

「ちょ、なに!?」

「急に、走らないでよっ!」


 後ろからミチルとシーナの苦言が聞こえた。


「説明、しなさいよ!」


 シーナが問うた。

 俺は簡潔に、正確に答えた。



「アカリの狙いはエルルゥだ! アイツ、エルルゥを殺すつもりだッ!」





 

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