011 白箱は今解き放たれる⑤

 日が昇る。

 卒業試験、三日目。


 試験の全貌は昨夜明かされた。

 成績優秀者と落ちこぼれによる殺し合い。優秀者はハンディーキャップとして、人数、地理、事前知識と不利な立場に立たされている。


 しかし、それでも落ちこぼれ達は優勢ではないという自覚があった。本来であれば、昨夜の襲撃ですべてを終わらせる予定であったからだ。

 結果は四人の生き残りを出してしまったこと。それも四人のうち三人は白箱でもトップクラスの優秀者だった。


 ゆえに、落ちこぼれ組の暫定リーダーであったルカルは焦燥感に駆けられていた。


「アカリ! 何故ハルを殺さなかった!? 失態だぞッ!」

「そ、それは……。わかってるんだけど……」


 昨夜、襲撃の際にハルの監視をかいくぐり落ちこぼれ組に戻ってきたアカリはハル存命の報告をした。


 ハルだけは襲撃で殺さなければならない存在だった。彼は白箱でも一番の成績……実質、白箱最強の男だ。現在生きていると考えるだけでも恐ろしいことだ。


「ルカル! アカリのこと考えて言ってよ! こっちは仲間を売ったようなもんなんだよ!?」


 ミソギがルカルに非難した。

 ミソギの後ろでは、ヒカリが身体を丸め込むようにして身動き一つ取らない。


 一番精神的にダメージが大きのはヒカリだ。彼女は昨夜で光の矢を放ち、トゥトゥとレントを殺した。


 ヒカリはもう、使い物にならないかもしれない。誰もがそう悟っていた。


「……ごめん。八つ当たりしてた……」


 ルカルは素直に謝った。

 ルカルは戦略と指揮を務めただけで、実行役はアカリ、ヒカリ、ミソギ、アスマの四人だ。

 惨劇の様子を外から見たたけの立場に過ぎない。


「私こそ、ごめん。気が立ってるから……」


 ミソギは視線を落とした。

 落ちこぼれ組の雰囲気は最悪だ。


「アスマもごめん」

「僕は、足止めしか、してなかったから……」


 アスマは肩身の狭そうな心境だった。


「今後の行動について、方針を再確認しておく」


 ルカルがそう言うと、雰囲気に緊張感が生まれた。

 現在、ルカルの元に集まっている裏切り者たちの人数は、十六人。既に殺した人数は九人。


 数の有利は圧倒的にルカル側にあった。

 しかし、だ。


「この勝負、俺達の負けだ。残り時間は全力で逃げ切ることに徹底する」

「で、でも。クリア様の条件では……」

「九人は殺したんだ。戦果としては十分なハズ。クリア様に直談判するほうがまだ生存率はある」


 実際、クリアが直談判に応じる可能性は低い。

 だが、クリアは気まぐれだ。ハルがアカリの件で直談判した前例もある。ハル側と激突するよりはよっぽど生存率は高い。


「ルカル、この人数だぜ? 二日目みたいに戦略練って、罠仕掛けて、騙しゃあなんとかなるんじゃ――」

「駄目だ。アイツらには……ハルには勝てない」


 ルカルは即座に否定した。

 ルカルと親しい友人であったヒロはルカルの考えに納得のいかない表情だ。


「ハルは良いヤツだ。白箱でも俺達とも仲良くしてくれた。情がある。こっちは裏切り者認定でトゥトゥとレント、ネウリ、ハウトを殺したんだ。確実に俺達を恨んでる。本気出されたら即殺される」

「……あたしも、ルカルに賛成」


 アカリが同意する。

 落ちこぼれ組は逃亡の方針で固まる。


「向こうに気配察知は?」

「エルルゥがいる。だけど、アカリより精度も範囲も狭い」

「できる限り広範囲に広げよう。逃げようとしているのを悟らせるな。距離を保ちつつ、時間を稼ぐ」


 一度方針を固めれば戦略は次々と練られていく。

 落ちこぼれ組、とは言っても、元は白箱に選ばれた被験者達だ。外界出身の彼らにとって『生き残ること』という点においてはハル側にも劣らない。


「アカリはテレパシーがあるノノと行動しろ。ノノは五分ごとに連絡しろよ」

「りょーかいよ」


 外界でも顔馴染みだった少女ノノは軽快な声音で答える。


「それじゃあ――」


 ルカルが行動を開始する号令をしようとした直後だった。


 ヒヤリとした冷気がルカルの肌を撫でた。


「これは……!」


 森に流れ込む冷気がルカルたちを包み込む。白い冷気は視界を隠した。

 ルカルはこの冷気が目隠しのために使われているのだと遅れて気づく。



『やばっ! みんな! これ襲撃――』



 ルカルの脳内に直接響く声。

 これは、ノノの魔法テレパシーだ。

 半径数十メートル規模で指定した人物に念話をすることができる能力。

 

 ノノのテレパシーは不自然に途切れた。


『あ、ルカル。ごめ』


 ブチッと無理やりテレパシーが切れる。

 ルカルは一瞬にして状況を把握した。


 ノノが、死んだ。


 ルカルは思考を切り替えた。

 ルカルは魔法を発動。全身の筋肉が張り詰めて、赤い文様のようなものが浮かび上がる。


「吹っ、飛べッッ……!!」


 ルカルは地面に向けて拳を振り下ろす。

 極限までに上昇した身体能力から繰り出される拳は地面に激突すると同時に衝撃波が生まれる。

 ルカルを中心として半径数十メートル圏内に漂っていた白い冷気が一気に消し飛ぶ。


 視界が晴れると同時に、ルカルは叫んでいた。


「誰か――ッ!?」


 他のメンバーの死体が地面にあった。

 人数は目に入る限りで六人。その中にはノノも含まれている。

 あの一瞬のうちに数を半数近く失った。他のメンバーの姿が見えない。死体が近くにないのを見ると、分断された可能性が高い。


(こんなことができるやつなんてそういないだろ……)


「誰か、いるか……?」

「ああ、いるぜ」


 ルカルの背後から声が返ってきた。

 その声をルカルはよく知っている。

 ルカルは振り向くと同時に言った。


「……よお、ハル」


 白い髪色に赤色の双眸を持つ少年。

 ハルが、立っていた。


 


 * * *

 



『作戦について再確認しておく』

『あー、別にいいって』

『じゃあお前は耳と目と呼吸でも止めてろ』

『遠回りに死ねって言ってるようなもんじゃん』

『ミチルのことはいいからさっさと話して』

『シーナちゃん冷たい』

『ちゃん付けするな』

『お前ら二人ともうるせぇ! 黙って聞けねえのか! エルルゥを見習え!』


 ハルがビシッとエルルゥを指差す。

 エルルゥはハルに指されてビクッと体を震わせた。


『わ、わたしなんて……そんな……』


 エルルゥはどこまでも謙虚だった。


『気を取り直して。作戦の再確認。

 まず、エルルゥの精霊で位置とメンバーの把握。できる限り詳細な情報を得る。

 次にシーナが冷気で目隠し&分断。できるだけ広範囲に出しとけよ。冷気にも時間制限があるからその間に俺とミチルで数を極力減らす

 最後に三つに分断したグループを俺らで叩く。以上!』

『私、冷気を狙って出すなんて高度なこと完璧じゃないんだけど』


 シーナが真っ先に言う。


『じゃあ今成功しろ。じゃなきゃ分断するとき、お前に人数増やす』

『はあ!?』

『で、ミチル。お前は厄介そうなヒロは潰せよ。俺はテレパシーのノノを潰す』

『……君って全員の能力とか把握しているんだよね? ちょっとだけ尊敬』

『崇めとけば?』


 シーナが珍しく冗談を言う。

 シーナも戦闘で緊張しているのかもしれない。


『……わ、わたしは、』

『お前は、常に位置だけ把握してろ』

『で、でも……!』

『お前には無理だ』


 ハルは否定した。

 ハッキリとした否定だった。

 エルルゥは黙り込んでしまう。


『向こうのリーダーは多分ルチルだ。成績云々はともかく人望あるからな、あいつは』


 ハルは空を見上げた。


『んじゃ、準備しろ。しくじるなよ』


 ハルたちが動き出そうとする直後、呼び止める声がかかる。

 意外にも、それはエルルゥだった。


『……あの、アカリは、どうなるんですか?』


 ハルの表情がピクリと動いた。

 ハルとアカリ、そしてトゥトゥの三人は特別仲が良かった記憶がエルルゥにはあった。

 何よりも、エルルゥはアカリがハルに好意を持っている事実を知っている。無意識のうちに訊いてしまっていた。


『……あいつも裏切り者だからな』


 ハルはそれ以上言わなかった。


『分断した担当の人がケリをつける。それでいいでしょ』


 答えを出したのはシーナ。

 他に答えが出ないまま、その方針が決定した。



『――反撃だ』


 直後、シーナはルカル達に向けて、白い冷気を放った。




 * * *



 俺はルカルに対面した後、すぐに戦闘を開始しなかった。


「お前ら、クリアに脅されてるんだろ?」


 俺は直球で訊いた。


「いや、違うな。取引を持ちかけられただけだ」


 ルカルは即座に否定した。


「処分しない代わりに俺らを殺せってか?」

「半分正解。処分じゃなくて外界に帰してくれるって取引だ」


 意外な答えに俺はわずかに詰まった。


「意外な答えだろ? まあ取引は個人で行われているからな。

「……そうか」

「外界にはな、妹がいるんだ。白箱に無理やり連れてこられたから一年半も一人きりにしちまってる」


 同情はしない。できない。


「ハル。だから死んでくれ」


 ルカルが地面を蹴り出した。

 たった一歩で俺との距離が縮まる。


 ルカルの魔法は身体強化。

 最高で通常の身体能力の五倍ほど引き上げることができる。

 対人戦闘も成績も上位であるが、将来性が見込めなかった。身体強化はマナ制御の扱い次第ではルカルの魔法を超える。


 ルカルは身体強化という魔法で生まれついてしまっただけで、処分扱いとなっている。


 ルカルは腕を振りかぶっていた。

 赤色の文様が全身に現れている。


「――減速、解除」


 俺は、魔法を解いた。

 同時に、加速を発動する。


「加速、三倍」


 俺はルカルの攻撃に合わせるように腕を動かし、攻撃を弾いた。


 ルカルは動揺せず続けず攻撃。

 俺は徹底的に防御し、攻撃を弾き、反撃した。


 それは、組み手に近い。

 かつての、訓練中を思い出す。

 俺と組み手が十分以上続くのは、トゥトゥとルカルだけだった。


「ッッッ――!!」


 ルカルの文様の色が濃くなる。

 同時に、攻撃の速度が上がった。


「……っ」


 俺が攻撃を弾くと僅かな痛みを身体が訴える。


 一年半。俺もただ時間を過ごしていたわけじゃない。

 あくまでも魔法が加速であるとバレないように、加速のみの応用を考え続けた。


「ハルッッ――!!」


 先程よりも威力と速度ともに数倍の拳が放たれる。

 俺は、弾くことはしなかった。


 ルカルの攻撃を回避した。


「……!?」


 ルカルの攻撃を回避し続ける。

 弾くのはやめた。

 すべて避けきる。


 加速した思考とによって、敵の攻撃を事前に予測する。


 擬似的な未来予知。

 一秒間未満の事象を予測する。


 ルカルの攻撃は完全に当たらない。


「ハルッ! 戦えよッッ!」


 ルカルが叫んだ。

 マナ制御も乱れていた。

 ルカル自身の限界だ。


「ああ、これが今の俺の、全力だ――」


 加速、十倍。

 現段階、最高ギア。



 十倍加速は俺自身の体感速度が十倍となり、『外の世界』が減速する。時間のズレが明確に生じ始める。

 ルカルの視点から見て、俺は刹那そのもの。ルカルにとっての一秒が、俺にとっては一瞬の出来事となる。

 ハルは拳を一度、放つ。

 それだけだ。



 戦闘は終了していた。

 俺とルカルは向き合う形で対峙している。ルカルの動きは不自然に止まっている。


「流石、ハル。やっぱ勝てねぇ」

「当たり前だろ」


 ルカルは楽しそうに笑うと同時に吐血した。大量の血が飛び散る。

 ルカルの鳩尾には、風穴が空いていた。

 ルカルはそのまま後ろに倒れた。



「ミミ。いま、……そっちに、にぃちゃんも……行くぜ」

    


 ルカルは最後にそう呟くと絶命した。


「なんだよ、あの話嘘かよ……」


 モヤモヤする。

 殺すことに、これほど躊躇いを覚えたのは初めてだ。


「っ……ごほっ……」


 咳が出る。

 思わず手で口を押さえた。

 この後の展開も読める。


 手には血がべっとり。

 口の中も血の味。気分も最悪。


 わかっている。

 わかっていることだ。


「ルカル。お前の命は無駄にはしない」


 俺は、東国を救う。

 この、終わらない戦争に終止符を打つ。







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