010 白箱は今解き放たれる④

「ねえねえ、シーナちゃん」

「ちゃん付けはやめてって言ってるでしょう」

「照れるなって」

「は?」

「ごめんちゃい」


 そう言ってミソギは笑った。

 テントは二、三人で組んで泊まる。

 シーナはミソギと組んでいた。

 シーナは眠りを妨げられたことで、少々苛立っている様子にも見えた。


 シーナは白箱でも孤立を好んでいた。

 基本的に一人でいることが多い。

 あまり仲間にも馴れ合うことはない。

 それでも、シーナは白箱でも優秀な魔法使い見習いであったため、女子からも尊敬されていた。


 ミソギもその一人だった。


「シーナちゃん」

「……なに?」


 ちゃん付けについて追及しなかった。

 というより、追及することを諦めていた。シーナはため息をつきつつ返答する。


「シーナちゃんはさ、この卒業試験が終わったらなにする?」

「……何するも戦争に送られるのがオチでしょう。私たちは戦うために育てられてるのだから」

「違う違う。そうじゃなくて。何かやりたこととかないの? 新しいお洋服がほしい! とか?」

「くだらない」


 シーナは切り捨てるように言った。


「……生きるのだけで精一杯よ」


 シーナはボソリと零す。


 シーナは外界にあるグループのリーダーだった。穏便派のように気ままなスタイルではない。外界を生き抜くためにはどんな手段を使っても生き抜くスタイルだった。


 仲間を裏切るのは当たり前。

 信じられるのは自分。

 徹底的な実力主義。


 シーナはそうやって生き抜いてきた。


 それは今もこれからも。


「……シーナちゃんはさ。いいよね」

「……ミソギ?」


 ミソギの雰囲気が少し変わった。

 シーナは不審に思いつつミソギの方に向こうとした。


「……っ?」


 シーナの動きが不自然に止まる。

 そこで、異常事態に気づく。


(おかしい……、動けない……!)


「シーナちゃんは優秀で、クリア様にも認められてるから……きっと、この試験も合格できちゃうんだろうなぁ」


 シーナは身体を動かそうとするが、身動き一つ取ることができない。まるで何かが身体に巻き付いているかのような感覚があった。

 シーナは視線だけ自分の身体を向けた。


 そこで、見た。


(蛇……!?)


 二匹の蛇がシーナの身体を拘束していた。そして、そのシーナを見下ろすようにミソギが立っていた。

 ミソギは寂しそうな顔で言った。


「ごめんね。シーナちゃん」


 ミソギはテントから飛び出す。

 瞬間、シーナは上空から大量のマナを知覚した。攻撃魔法。それも無数の攻撃だと気づいたときには、シーナは魔法を発動していた。


大氷河アイスレンジッッ!!」


 シーナにテント、巻き付いていた蛇諸共を含めたシーナを触れていたものすべてが一瞬にして凍り出す。シーナは目の前に厚い氷の盾を形成させていた。


 遅れて、凍ったテントを突き抜けて無数の光の矢が襲いかかる。氷の盾は亀裂を生み出しながらも光の矢を弾いた。


 光の矢は五秒ほど続いた。


 シーナは光の矢が止まるとテントから抜け出す。抜け出すと同時に、鼻に嫌な匂いが突いた。


 その匂いをシーナは知っていた。

 血の匂いだ。


 光の矢は広範囲に及んだ模様だった。

 拠点がほぼ全滅している。


(何がどうなってるわけ……!?)


 まずは逃げよう。

 シーナはそう判断して、すぐさま行動に移そうとしたが、背後から物音が聞こえた。


『グルルゥゥ……!!』


 狼型の化け物。

 それが一度に五体。

 化け物の襲来にしてはタイミングが良すぎる。


「チッ……! 私の邪魔をしないで……!」


 化け物が一斉に襲いかかる。

 同時にシーナも氷撃を放つ。

 地面から鋭い氷が化け物に向かう。数匹が反射的に回避するが、回避に遅れた化け物が一瞬にして凍りつく。


(逃したのは、三匹……! 想像以上にすばしつこい……!)


 化け物は的を絞らせないようにするためか、ジグザグでそれぞれが好き勝手にシーナに駆け出す。

 魔法が上手く定まらない。


「邪魔を、しないでって言ってるでしょうが!!」


 シーナから圧倒的な冷気が全方位に放たれる。冷気は化け物に触れた瞬間、徐々に身体を凍らせていく。

 シーナに一番距離が近かった化け物が最後に一矢報いるかのごとく、突進してきた。

 シーナは魔法を発動しようとするが、突然吐き気に襲われる。


 この現象は知っていた。

 魔法の酷使から来る代償。

 マナ枯渇症だ。


(こんなところで、死ぬわけには……!)



 瞬間、化け物の頭上から何かが落下……否、衝突した。

 衝突したと同時に、化け物の身体が八割ほど消し飛ぶ。シーナは衝撃で思わず尻餅をついてしまった。


 シーナの前に誰かが立った。

 白髪と赤色の双眸。

 幼い容姿体型でとても同い年には思えない姿をした、少年。


「大丈夫か、シーナ?」


 ハルが、そこにいた。

 ハルは手を差し伸べていた。


「……あ、」


 シーナはそれを見て、ふと体の奥からある感情が湧き上がった。

 体に熱がこもる。妙に頬が熱くなる。

 その感情を一言で表すなら。


 ――怒り。


 助けられてしまったという屈辱。

 守られたことに対する怒り。

 相手にも、自分にも。


 一番助けられたくなかった相手に、シーナは助けられてしまった。


 それが何よりも許せないのだ。


「私はッ――!」


 シーナは何か言おうとしたが、それよりも早くてハルの頭上からミチルが落ちてきた。

 ハルは情けない声を上げながら下敷きとなってしまう。

 ミチルはシーナを見て、にこりと笑った。シーナの嫌いな笑みだ。


「大丈夫かい、シーナちゃん」

「ちゃん付けは止めて」

「相変わらずツレないなー」

「それよりもどけっ!」


 ハルが力ずくでミチルを投げ飛ばした。ミチルは軽やかに着地する。


「お前、そんなに死にたいか?」

「いやいや。軽いノリさ。慣れていこう」

「ふざけるな」

「もっと肩の力を落とせばいいのに」


 ミチルをやれやれと言いそうな顔で笑っている。

 対して、下敷きにされたハルは苛立っていた。


「二人の話は心底どうでもいいので、現状を教えてくれない?」


 シーナが間に入って言う。

 ハルは切り替えように説明した。

 できるだけ正確に早く。


「裏切り者が複数人で、その人たちとの争いが試験の目的ってこと?」 

「詳しい考察は後で考えろ」

「貴方達以外に生き残りは?」

「僕とハル、エルルゥちゃんだけ。エルルゥちゃんは離れたところで待機してもらってるよ」

「というか使い物にならん」


 ハルはビシッと突きつけた。

 ミチルは呆れた様子でため息をつく。

 ハルは続けてシーナに言う。


「今は安全圏まで逃げる。シーナもしっかりと情報共有したいだろ」

「……そうね」

「よしっ。話はまとまったね。じゃあ退散しよう」


 そうして、シーナたちはエルルゥと合流すると拠点から去った。


 シーナが拠点から離れて数分後、再び拠点だった場所には、無数の光の矢が放たれていた。




 * * *




「現状の情報共有をしよう」


 俺は一言目にそう言った。

 現在、俺、エルルゥ、ミチル、シーナの四人は拠点から三キロほど離れた場所にある洞窟を仮の本拠地としていた。


 洞窟というより、穴に近い。

 洞窟の上には大木が伸びており、それが偶然隠れ蓑になっている。


 四人でもかなりキツイ。

 全員の肩が触れ合うほど。


「裏切り者は最大で二十一。つうか半数は裏切り者は確定していいだろ。俺たちのチームにいたアカリ、ヒカリ、アスマは確定だ」

「ミソギもよ」

「なーる」


 シーナが加えるように言った。

 シーナの顔は疲れの色が濃く現れている。ミソギは確かシーナによく話しかけていた。傍から見てもそこそこ仲の良い関係だった。

 ショックもあるのだろう。多分。


「ミソギちゃんもか。どうりで。化け物を大量に現れたのはミソギちゃんの魔法ってことか」


 ミチルはうんうんと頷いている。

 こいつはこの事態であっても変わらない様子を貫いている。元々の性分か。あるいは、そう振る舞っているのか。

 正直わからん。


「あの、アカリ、は?」


 エルルゥがここで初めて口を開く。

 エルルゥは襲撃を受けた際、ショックもあったせいか、ほとんど使い物にならなかった。半ば俺が引きずる形でここまで連れてきた。

 エルルゥとアカリの関係を俺は知らないので、質問の意図も不明。


「いつの間にか消えてた」

「というかハルが逃しちゃったんでしょう? 使えないー」

「あ?」

「そう怒るなって」

「それより説明して」


 シーナは逸るように話を促す。


「……裏切り者たちは恐らく事前に試験内容を知っていたんだろうな。クリアと何らかの取引が行われていて、そのために行動している。裏切り者たちにとっての試験内容は特定の人物……この場合俺たちを殺すこと、だろうな」


 トゥトゥ、レント、カイも含まれていたのだろう。


「裏切り者……というより、敵側は何を基準に決められている?」


 シーナが訊く。

 それについての答えは持っている。


「白箱は一定の成果を上げなければ処分だ。処分の免除。つまりは命だろうな」

「そうなると必然的に僕らの行動も決まってくるわけだ」


 ミチルは俺に続けて言う。


「優秀な僕らVS処分免除という餌を吊るされた落ちこぼれ達。ついでに敵側は多数、試験内容を事前に知っている、地の利があるのトリプルコンボ。どちらかが生き残るまでの殺し合いってわけだ」

「殺し合い……」


 エルルゥがミチルの言葉にピクリと震えた。

 その様子を俺は見た。

 あえて、気づかないフリをした。


「明日が決戦だ。俺らも迎え撃つ。つうかそれが合格条件だろうな」

「その件については同意するけど、一つだけいい?」

「はいはい、どうぞ」


 シーナが問うた。


「今この中に裏切り者がいないっていうのはないの?」


 一瞬の間だけ沈黙。

 一番反応していたのはエルルゥ。

 シーナはエルルゥを疑っているのだ。

 エルルゥは魔法こそかなり優秀であるが、精神は未熟だ。どちらかといえば裏切り者側に近い状態。


 俺は、鼻で笑ってやった。


「裏切り者はここにはいない」


 俺は断言した。

 シーナは眉をひそめる。


「どこに根拠が……」

「今から俺たちは仲間だ」

「なっ……!」

「……!?」

「ははっ! そういうことか!」


 いち早く気づいたミチルが笑った。


「仮にこの中に裏切り者が出た場合、

「ハル。それじゃあ最早脅しさ」


 ミチルは未だ笑いをこらえるように言う。


「あなたが裏切り者ではない理由もないでしょ?」

「仮に俺が裏切り者である場合、お前たちは既に皆殺しだろ」

「そう思い込ませているだけかもしれない」

「そう疑心暗鬼にさせるのが試験の目的かもしれないって言ったのはお前だろ。シーナ」

「――っ!」


 シーナは押し黙る。


「エルルゥも何か言え」

「え!? わ、わたし!?」


 俺はエルルゥに促す。 

 エルルゥは俺に言われて驚いた様子を浮かべていたが、顔つきが少しだけ変わった。

 本人も理解しているはずだ。

 シーナが自分を疑っていることを。


「わ、わたしは、バカで鈍臭くて……正直、ハルくんたちが話している内容もよくわからないですけど」


 わかってなかったのかー。

 わかりやすく説明したつもりだったんだけど。


「シーナさんが、わたしを疑うのも、その、わかります。で、でも。わ、わたし。仲間の中で疑い合って、空気がギクシャクしていくのは、良くないって思うんです」


 予想していた言葉と、違う。



「だって、わたしたち、まだ何も知らないじゃないですか。好きな食べ物も、好きなお天気も、好きなことも。何も、知らない。もっと、識るべきなんだと、思うんですっ。だから、その――」



 エルルゥはつっかえながらも己の本音を語っていた。

 俺はその姿を見て、思ってしまった。

 心底、羨ましいと思ってしまった。



「――わたしたち、もっと分かり合うべきだと、思いますっ」



 ……終わり?


「え? 終わり?」


 ミチルが驚きの声音で聞く。

 エルルゥはミチルの反応に首を傾げた。


「ははっ、」


 俺は、思わず笑ってしまった。

 エルルゥは自分のことより、他人を優先したのだ。現在進行形で疑われているにも関わらず、だ。


 とんだお人好しだ。

 その姿は、東国の姫城――セイナ姫のようだ。


「で、シーナ。仲間になれそうか?」

「――ムリよ。絶対ムリ」


 シーナは即答した。

 シーナは頬を赤く染めながら続ける。


「だけど、協力はする」

「素直じゃないなー。シーナちゃんは」

「ちゃん付けしないで。あくまでも試験までの間だから!」


 ミチルはシーナをからかい、シーナは徹底的に無視する構図。

 いつの間にか、俺たちの雰囲気は良い方向に進んでいた。


「んじゃ、戦略立てるぞ。やられたら千倍にしてやり返す。鉄則だ」

「どこの鉄則よ。……同意はするけど」

「え? するの? シーナちゃんって案外ハルと同じ思考回路?」

「わ、わたしも手伝います!」


 この雰囲気を懐かしく思った。

 前世の、春峰咲也の記憶。

 かつての仲間との、思い出。


 いつか、この三人を俺は、裏切ることになる。


「ハルくん? 大丈夫?」

「おーい、ハル。寝てるの?」

「貴方が言い出したことなんだからしっかりして」

 

 心配された。

 今は、彼らの味方。

 すべては、東国の未来の為に。


「たまにはお前らも考えろよ」


 こうして、卒業試験二日目の夜は過ぎていった。






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