009 ジョーカーは誰だ?

裏切り者ジョーカーね……。ほんと、クソみたいな試験だな』

『でしょー? いやぁクリア様っていい性格してるよ』

『で、これ他に知ってるのは?』

『僕と君だけ。他の人には教えられないでしょ? 今のメンツにいるかもしれないのに』

『っ……、なんで俺に話した?』

『君が一番信用できるから』

『は?』

『いや、ごめん。間違えた。君が一番。何考えてんだかわからないし、優秀すぎるから』

『……何が言いたいんだよ』

『この試験ね。結構簡単なんだよ。僕らエリート組にとって。わざわざ仲間を集めなくても単独で生き抜けるほどの実力は持て余しているし、何よりも弱い奴は足手まとい。僕たちは自ら足枷をつけてるわけだ』

『……』

『じゃあ君の行動は? 君は多分、白箱の連中を救いたいのさ。誰一人欠けずに。それこそ英雄ヒーローのようにさ』

『違う』

『違わない。君なんて特にそうだ。一人で何でもこなせるのにそうしない。だからこそ君をとりあえず信頼できるわけ』

『意味わかんねえな……』



『まあようはさ。君は自分で思ったより良い奴ってことさ』



 ……ああ。意味わかんねえ。


 ミチルとの会話から一時間ほどが経ち。

 俺たちは食事を取っていた。

 視界の先には、白箱の仲間たちが楽しそうに食事を取っている。余裕が持てるようになったのか、張り詰めていた空気が弛緩している。


 この中に、裏切り者がいる。


 俺はミチルとの会話を思い出す。


『ちなみに裏切り者は誰か見当はついてる?』

『知らねえよ。お前なんじゃねえよ』

『そんなひどい……! 僕と君の仲じゃないか……!』

『どんな仲だ。気色悪いからやめろ』

『と、まあ冗談はさておき。裏切り者は自然に見つかるよ。問題はその後。裏切り者の処遇についてさ。君ならどうする?』

『俺は――、』



「ハルくん? 大丈夫ですか?」

「……あ?」


 エルルゥが心配そうに俺に話しかけた。

 俺は考え事に没頭していたせいか、無愛想な返事になってしまう。


「い、いえ。その、心ここにあらずみたいな感じだったので……」

「ちょっと考え事してただけ。何も問題ない」


 裏切り者を見つける。

 それが今すべきこと。


 ぶっちゃければ、裏切り者の正体はわかっていた。


 何故すぐに気付けなかったのか。

 そこが問題。

 前世の俺なら即気づくはずなのに。

 ぬるま湯な生活に慣れてしまったのか。


 あるいは、気付きたくなかったのか。


 裏切り者は今夜確実に行動に出る。

 今日が卒業試験二日目。明日が最終日であるのを考えると、今日の夜に動くのがベスト。


 そうして、夜はやってきた。




 * * *




 ハルたちは食事を取り終えると、二人ずつ交代で夜番をすることになった。


 最初に選ばれたのはトゥトゥとヒカリ。


 森の小枝や葉とレントの土魔法を応用して、簡易的なテントを数組作り、そこで軽い睡眠をする。


 交代時間までハルは軽く睡眠を取ることにした。人数が増えたことにより、睡眠時間も増えて、わずかながらも精神に余裕を持てる。


 ハルは一人、テントで寝ていた。


 カサリ、と。

 テントに誰かが入る気配がした。


 それは、ゆっくりとハルへと近づいていく。ゆっくり、ゆっくりと近づいていき。


「アカリか?」

「わっ!?」


 ハルはボソリと言った。

 アカリは咄嗟に名を呼ばれたことに驚いたのか、尻餅をつく。尻餅をついた衝撃でテントが揺れた。


「おい、テント壊すなよ……」

「は、ハル……! 起きてたの?」

「なんだ? 夜這いか?」

「ヨバイ?」

「いや、なんでもない」


 ハルは起き上がる。

 アカリが驚きながらハルの前に座った。

 テントはそれほど大きくないので、二人だけでも少々手狭だ。


「で、何のよう?」

「ちょっと、ハルに会いたくなって……」

「は? 俺に?」

「……こうやって二日目を過ぎていってるけどさ。本当にいつ死ぬかわからないんだよね……。多分、ハルが見つけてくれなかったら今生きてなかったかもしれないし。そう思うとさ。眠れなくなって。……ごめん。弱音吐いて」

「……死ぬのが怖いのは当たり前だろ」

「あはは、相変わらずハルは優しいね」


 アカリはそう言うとくすりと笑った。


「ハルはさ。覚えてる? あたしがクリア様に処分されそうになって助けてくれたときのこと」

「助けたわけじゃない」

「だとしてもっ。あたしは嬉しかった。あのときのお礼。ちゃんと言えなかったから。ありがとうね」

「……ああ。どういたしまして」


 ハルは素直に受け取った。

 傍から見れば、奇妙な光景に映っただろう。あの無愛想でひねくれ者のハルが素直に礼を受け取る姿。白箱でも一度も無かった光景。


 ハルは大きく息を吐いた。

 そして、アカリに言った。



「お前が裏切り者なんだろう?」



 アカリはハルの言葉に無言だった。

 それは同時に肯定の意を示していた。


 驚くことはない。

 最初から答えはあった。


 ただハルが無意識のうちに気づかないフリをしていただけ。答えから目を背けていただけだ。


 この試験には最初の難関がある。

 それは森に巣食う化け物から生き抜くことではない。


 試験と同時にクリアに宙に投げ出された時だ。自由落下していく中、どうすれば地面に激突せずに済むか。咄嗟の判断を求められている。この時から既にふるいにかけられている。


 ハルは減速で落下速度を落とす。

 エルルゥは精霊に風を呼ばす。


 では、アカリはどうした?


 アカリの魔法は気配察知。

 落下死から逃れられる術はほぼ無い。

 唯一の手段である身体能力を特化させるマナ制御もアカリは未熟。


 アカリがあの時、生きているのはほぼ不可能なのだ。


 裏切り者がいるという意図が不明。

 白箱の仲間を殺す理由があるのだ。


「アカリ。お前、クリアに処分を盾に裏切り者の役をされているんだろ?」

「……何もかも、お見通しだね」

「ついでに言えば、ここに来た理由は俺を殺すためか?」

「うん。出来なかったけどね」


 アカリはそう言うと、寂しそうに笑った。

 最初に暗殺の手が来る場合、真っ先にハルの元に来るのは想定済みだった。今集まっているチームをまとめ上げているのは実質的ハルの影響が大きい。

 ハルを潰すだけでも、チームは瓦解とはいかぬものの、一時的な機能停止に陥る可能性はあり得る。


「できるわけないじゃん。今命があるのはハルのおかげなんだよ? あたしが、ハルを殺すことなんてできない」

「……一応、拘束させてもらう」

「……うん。ごめんね」


 ハルはアカリを拘束しようとする。

 拘束するための道具は森にあった木の蔓を紐状にしたものだ。あくまでも簡易的なもので、逃げ出そうと思えば逃げ出せてしまう粗悪品だが、アカリが逃げ出すことはないだろう。


 ハルはそう直感した。


「……アカリは荒事にゃ向かねえよ。この試験が終わったら俺がクリアに直談判する」

「そ、そんなことしたらハル! 今度こそ死んじゃう――」

「お前はもう人を殺すまでしたんだ。裏切り者の役にして見れば十分な戦果だろ」


 一瞬、会話に沈黙が生まれた。

 この沈黙が、決定打となった。



「え? 人殺し……? 誰が、死んだの?」



「………………………………は?」



 アカリの反応はハルの予想を覆すものだった。


 その反応はおかしい。

 まるでアカリが人を殺していないかのような反応。


 しかし、アカリは確かに裏切り者。

 それは、アカリ自身も認めている。


「…………まさか、」


 ハルがその答えに気づくと同時に。

 アカリが反射的に叫んでいた。


「ハル! 今すぐ逃げてッッッ!!!」


 不意に、ハルはマナを知覚する。

 拘束途中であったアカリを抱えながら、テントから飛び出していた。


 瞬間、テントが爆発。


 それだけではない。

 ハルのいた拠点に向けて、上空から無数の光の矢が襲いかかってきた。

 拠点に着弾と同時に、爆発。


 その魔法には見覚えがあった。


(ヒカリの、光を凝縮して放つ魔法……!)


 ハルは状況を確認しようと動こうとした。


「――!!」


 唐突に、後ろから無数の殺気。

 ハルは全力で跳躍して回避行動に移っていた。

 先程までハルのいた場所に何かが突進してくる。


『ガァァァ……』


 熊型の化け物。人喰い熊を連想させた。

 化け物は熊型のみではない。多種多様な化け物たちが拠点を同時に襲っていた。


 ハルは化け物に攻撃しようと、魔法を放とうとした。


「加速――」



 ガクっ。



 ハルの視界が下にズレた。

 ハルは視線を落として気づく。


 ハルの足が地面ではなく、影に埋まっていた。

 この魔法はアスマの魔法。

 動きが硬直したハルに目掛けて化け物たちが襲いかかる。


「――雷よ」


 化け物たちの上空に稲妻が走った。

 落雷は化け物たちを感染させ、身体を痺れさす。化け物の動きが止まった。ハルは影から力ずくに抜け出し、アカリを片手に抱えると、化け物に向かって駆け出した。


「――迅雷ッ!!」


 加速+減速の合わせ技。

 倍速された拳は衝撃で化け物たちの上半身を消滅させた。


「お見事。流石は白箱一のエリート」

「ミチルか」


 雷で援護したのはミチルだった。

 魔法の影響か、ミチルの周囲で時折バチッと雷撃音が響く。


「被害は?」


 ハルは訊いた。

 ミチルは首を横に振る。


「最悪。最初の襲撃でトゥトゥもレントも即死。シーナちゃんはわかんない。じゃあ次は僕の質問。……そっちのアカリちゃん」


 ミチルはアカリを指差す。


「君はどちら側?」

「……あ、あたしは」

「ああ、もういいや。反応で理解した」


 ミチルはそれ以上追及しなかった。

 代わりにハルに言う。


「ハルはどれくらい現状を把握してる?」

「ついさっき理解したばかりだよ。ほんと、クソみたいな試験だな。これ」

「いや、今は心底同感」

「まずは生きてるヤツ探すぞ」

「生きてるヤツが『味方』であればいいけどねー」


 この試験はサバイバルではなかった。

 クリアは最初に言っていた。



 ――ここはかつて生態実験が行われていた場所で化け物共がうようよと生息しています。食糧も自身で補給してください。、卒業と認めますわ



 クリアは生き抜くではなく、生き残ると表現した。


 生き残る。

 サバイバルで指す表現ではない。


「裏切り者は複数……いや、。これはいわば、僕らと裏切り者の生存競争。ハル。君の答えは変わらないかい?」


 ミチルは問うた。

 裏切り者の処遇について。

 ハルは答えた。



「裏切り者は、皆殺しだ」






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